要旨
任意売却でも競売でも、家が他人へ移れば税の上では譲渡です。国税庁のタックスアンサーNo.3102は、譲渡所得の申告を譲渡した日の属する年の翌年2月16日から3月15日の間に行うよう示しています。納める税額が出ない年に所得税法120条1項の申告義務は生じませんが、特例の側が申告書への記載を条件にしていることがあります。
鍵を渡し、登記も移り、ようやく終わったと思った数か月後に、税務署から書類が届くことがあります。届かないこともあります。どちらになるのかが分からないまま年が明けて、2月になって初めて調べ始める方がいます。
本稿が扱うのは、任意売却または競売で家を手放した方が、いつ、何を出すことになるのかという一点です。国税庁のタックスアンサー No.3102「譲渡所得の申告期限」は、譲渡所得の申告を「資産を譲渡した日の属する年の翌年の2月16日から3月15日の間に行ってください」と書いています1。条文と資料は、いずれも2026年8月27日に確認しています。
見るのは三つです。競売で家を失った場合も税の上では「譲渡」に当たること。どの年の分になるかを決めているのが何であるか。そして、出さなかったとき、納められないときに何が置かれているか。
図1 二つの手放し方の違い。出典:民事執行法79条。左右のどちらが有利かを示す図ではない。国税庁No.3105は、この二つをどちらも「譲渡」に含めている。
1. 取り上げられた家も、税の上では「売った」ことになる
国税庁のタックスアンサー No.3105「譲渡所得の対象となる資産と課税方法」は、譲渡の範囲を次のように書いています。「譲渡とは、有償無償を問わず、所有資産を移転させる一切の行為をいいますので、通常の売買のほか、交換、競売、公売、代物弁済、財産分与、収用、法人に対する現物出資なども含まれます」。競売と公売が、名指しで並んでいます。
自分で売ると決めたわけではない。値段も自分では決めていない。それでも、所有していた資産が他人へ移った以上、税の側は同じ箱に入れて数えます。ここで多くの方がつまずきます。手放した実感が「失った」であるのに、書類の上の言葉は「譲渡」だからです。
では、その譲渡でいくらの所得が出たとされるのか。国税庁のタックスアンサー No.3202「譲渡所得の計算のしかた(分離課税)」は、「譲渡所得の金額は、土地や建物を売った金額(収入金額)から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します」と書いています。式に入るのは三つだけです。
図2 譲渡所得の金額を組み立てる三つの要素。出典:国税庁No.3202。残っている債務の額は、この三つのどこにも入っていない。
残債は、この式のどこにも出てきません。売った代金が債権者に全部持っていかれても、式の上では「収入金額」として数えられます。手元に一円も残らなかったことと、譲渡所得が出たかどうかは、別の物差しで測られているということです。オーバーローンだったのだから所得などあるはずがない、という感覚は、この式とはかみ合いません。
取得費の側にも、先に申し上げておくべきことがあります。同ページは、取得費が分からないときの扱いとして、譲渡価額の5パーセントを取得費とする方法に触れています2。親から受け継いだ家、40年前に建てた家で、購入時の契約書も領収書も残っていない。そういうときに、実際に払った額よりずっと小さい数字で計算が始まることがあります。
もっとも、譲渡損失で終わる方も少なくないと私は見ています。件数の裏づけとなる資料を持っていないので、これは推測です。国税庁のタックスアンサー No.3203「不動産を譲渡して譲渡損失が生じた場合」は、土地建物の譲渡で生じた損失を、他の土地建物の譲渡所得から控除できるとしています。ただし、「その控除をしてもなお控除しきれない損失の金額は、事業所得や給与所得など他の所得と損益通算することはできません」とも書いています3。損が出たから給与の税が戻る、という筋には原則として乗りません。
図3 譲渡損失の扱いの原則と例外。出典:国税庁No.3203。特例に当たるかどうかは条件が細かく、本稿はそこに立ち入らない。
税額が出る形になった場合に、居住していた家についてどんな控除の枠が置かれているかは、売ったときの税|居住用財産の3000万円控除に条文の位置から書きました。手続の場面で誰がどの税を納める義務を負うのかは、印紙税・登録免許税・消費税の実際に整理してあります。
2. どの年の分になるか、そしていつまでに出すか
申告の期限は「譲渡した日の属する年の翌年」を起点に置かれています。だから最初に決まらなければならないのは、譲渡した日がいつかということです。競売については、民事執行法が時点を一行で定めています。
民事執行法79条(不動産の取得の時期)
買受人は、代金を納付した時に不動産を取得する。
開札の日でも、売却許可決定の日でもありません。代金が納付された時です4。この一行があるために、12月に開札があっても、買受人の納付が年明けになれば、所有権が動いた日は次の年に入ります。納付までの段取りは競売で家はいつ他人のものになるかに書きました。
図4 譲渡した日の決まり方と申告の年の関係。出典:民事執行法79条、国税庁No.3102。任意売却で契約の日と引渡しの日が年をまたぐ場合の扱いは、本稿では断定していない。
ここで、私に断定できないことを先に書いておきます。任意売却で、売買契約が12月、決済と引渡しが1月にずれ込んだとき、どちらの年の分になるのか。国税庁のNo.3102は根拠法令等として所得税基本通達も挙げていますが、私はその通達の本文を今日の時点で確認できていません。だから、この点については分からないと書きます。年をまたぎそうな日程になったら、決済の前に税務署か税理士に確かめてください。段取りの順番として、それは決済のあとではなく前の仕事です。
期限そのものは、所得税法に条文として置かれています。
所得税法120条1項(確定所得申告)
居住者は、その年分の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額が……雑損控除その他の控除の額の合計額を超える場合において、……所得税の額の合計額が配当控除の額を超えるとき(……)は、第百二十三条第一項(確定損失申告)の規定による申告書を提出する場合を除き、第三期(その年の翌年二月十六日から三月十五日までの期間をいう。以下この節において同じ。)において、税務署長に対し、次に掲げる事項を記載した申告書を提出しなければならない。
「第三期」という短い語に、2月16日から3月15日という日付が畳み込まれています。No.3102が書いている期間は、この定義そのものです。同ページは例外も並べていて、譲渡した方が亡くなった場合には相続人が「その相続開始のあったことを知った日の翌日から4か月以内」に申告すること、出国する場合には「出国の時までに」申告することが示されています。還付申告となる場合は「2月15日以前でも申告をすることができます」とも書かれています。
図5 譲渡した年と申告の期間。出典:所得税法120条1項、国税庁No.3102。目盛りの間隔は日数の長さを表すものではない。
条文をもう一度読むと、申告書を提出しなければならないのは「所得税の額の合計額が配当控除の額を超えるとき」です。裏返せば、計算の結果として納める税額が出ない年には、この項の義務は生じません。譲渡損失で終わった方が「何も届かなかった」まま年を越すのは、そこに理由があります。
ただし、話はそこで終わりません。特例を使って税額を下げる形にするなら、その特例の側が申告を条件にしていることがあります。保証債務を履行するために資産を譲渡した場合の特例は、その典型です。
所得税法64条3項
前項の規定は、確定申告書、修正申告書又は更正請求書に同項の規定の適用を受ける旨の記載があり、かつ、同項の譲渡をした資産の種類その他財務省令で定める事項を記載した書類の添付がある場合に限り、適用する。
「限り、適用する」と書いてあります。要件を満たしていても、書かなければ届かない仕組みです5。この特例が架けている橋の形は、保証債務を履行するための譲渡に条文の側から書きました。
図6 税額の有無で分かれる申告の位置づけ。出典:所得税法120条1項・64条3項、国税庁No.3102。どちらに当たるかを個別に判定する図ではない。
3. 出さなかったとき、納められないとき
期限を過ぎてから出した場合の扱いは、国税庁のタックスアンサー No.2024「確定申告を忘れたとき」に段階として示されています。同ページは「税務署からの調査の事前通知の前に自主的に期限後申告をした場合は、納付すべき税金のほかに、納付すべき税金に5パーセントの割合を乗じた金額の無申告加算税がかかります」と書いています6。
割合は、いつ出したかで動きます。調査の事前通知を受けたあとに出した場合と、調査を受けたあとに出した場合とでは、より重い区分が置かれています。同ページはまた、法定申告期限から1か月以内に自主的に行われた期限後申告など一定の場合には、無申告加算税が課されないことにも触れています。3月15日を過ぎたら終わり、ではありません。過ぎてからでも、早いほうが軽い設計になっています。
図7 期限後申告の時期による扱いの違い。出典:国税庁No.2024。要件は細かく定められており、当てはまるかどうかを判定する図ではない。
もうひとつ、納める側の事情に置かれている仕組みがあります。国税庁のタックスアンサー No.9206「国税を期限内に納付できないとき」は、換価の猶予と納税の猶予という二つの制度を示し、猶予される期間を「原則として1年以内の期間に限り」とし、「猶予期間中の延滞税が免除または軽減されます」と書いています7。同ページの記載は令和8年4月1日現在の法令等によるとされています。
ここで区別しておきたいのは、申告と納付は別の手続だということです。猶予は納付を待ってもらう話であり、申告書を出さなくてよいという話ではありません。家を手放して収入の見通しが立たない方ほど、この二つを一続きのものとして考えてしまいがちです。
図8 猶予の制度と申告義務の位置の違い。出典:国税庁No.9206、所得税法120条1項。猶予が認められるかどうかを示す図ではない。
ここからは私の考えです。体験として書ける相談の場面が手元にないので、意見として書きます。家を手放した年の12月と翌年1月は、書類を集めるための時間だと私は考えています。売買契約書の写し、仲介手数料の領収書、登記費用の明細、そして買ったときの契約書。競売なら、代金がいつ納付されたかが分かるもの。これらは、あとから探すと出てこないことがあります。手放したその日にまとめて封筒へ入れておくだけで、翌年2月の作業がまるごと変わります。
順番を整えるという言い方をすれば、こうなります。まず、どの年の分かを決める。次に、書類を集める。そのうえで、税額が出るかどうかを確かめる。出るなら納め方を考え、納められないなら猶予の窓口があることを知っておく。この四つは、どれも3月15日より前に置ける仕事です。
- 競売・公売も国税庁の言う「譲渡」に含まれる
- 期限は譲渡した日の属する年の翌年2月16日から3月15日
- 特例は申告書への記載を条件にしていることがある
- 期限を過ぎても、早く出すほど軽い区分が置かれている
先に申し上げること
当社は宅地建物取引業者であり、税務代理・税務書類の作成・税務相談を行いません
8。本稿は条文と国税庁の公表資料の記載を並べたものであって、個別の課税関係の判断ではありません。いくらの税額になるか、特例に当たるかというお尋ねには、当社からお答えできる立場にありません。税務署か税理士にご確認ください。債務の減免や法的な整理が問題になる段階からは、提携する弁護士・司法書士におつなぎします。当社の役割と限界は
私たちの立場に書いています。
小括
国税庁No.3105は、競売と公売を名指しで「譲渡」に含めています。申告の期限は、所得税法120条1項が定める第三期、すなわち譲渡した日の属する年の翌年2月16日から3月15日までです。納める税額が出ない年に120条1項の義務は生じませんが、特例の側が申告書への記載を条件にしていることがあります。任意売却で契約と引渡しが年をまたぐ場合にどちらの年分となるかは、本稿では確かめきれておらず、断定していません。
注
- 国税庁タックスアンサーは法令そのものではなく、国税庁が示す解説である。No.3102「譲渡所得の申告期限」は冒頭に「令和7年4月1日現在法令等」と表示し、根拠法令等として所得税法120条、124条から127条まで、所得税基本通達36-12、租税特別措置法31条・32条・37条の10、国税通則法117条を挙げている。↩
- 国税庁No.3202「譲渡所得の計算のしかた(分離課税)」は、取得費に関して譲渡価額の5パーセントとする扱いに触れている。同ページの根拠法令等には所得税法33条・38条・60条、所得税基本通達33-7、租税特別措置法31条・31条の4・32条等が挙げられている。どの場合にこの扱いによることになるかは、本稿では立ち入らない。↩
- 国税庁No.3203「不動産を譲渡して譲渡損失が生じた場合」の根拠法令等は、所得税法69条、租税特別措置法31条・32条・41条の5・41条の5の2である。繰越控除について同ページは「その譲渡の年の翌年以後3年間」と書いている。要件は細かく、当てはまるかどうかは個別の判断になる。↩
- 民事執行法79条は所有権の取得の時期を定めるものであって、税の上の譲渡の時期をこの条文が直接定めているわけではない。ただし所有権が移った日を条文が一義的に示しているという点で、競売は任意売却より日付の争いが起きにくい構造にある。↩
- 国税庁No.3220「保証債務を履行するために土地建物などを売ったとき」は、手続として「この特例の適用を受けるためには、確定申告書に、この特例の適用を受ける旨を記載するとともに、一定の書類を添付する必要があります」と書いている。根拠法令等は所得税法64条、所得税法施行令180条、所得税基本通達64-1・64-2の2・64-4である。↩
- 国税庁No.2024「確定申告を忘れたとき」は、無申告加算税の割合を、事前通知の前の自主的な期限後申告で5パーセント、事前通知の後で調査の前は納付すべき税額の区分に応じて10パーセント・15パーセント・25パーセント、調査を受けた後は15パーセント・20パーセント・30パーセントと示している。根拠法令等に所得税法120条、国税通則法18条・35条・60条・66条等が挙げられている。↩
- 国税庁No.9206「国税を期限内に納付できないとき」の根拠法令等は、国税通則法37条・40条・46条・46条の2・60条・63条、国税通則法施行令15条の2、国税徴収法151条・151条の2・152条、国税徴収法施行令53条である。同ページは「令和8年4月1日現在法令等」と表示している。猶予が認められるかどうかは申請と審査による。↩
- 税理士法は、税務代理・税務書類の作成・税務相談を税理士等の業務として定めている。当社は宅地建物取引業者としての媒介と段取りの範囲で仕事をしており、この線を越えない。本稿が国税庁の公表資料を引用しているのは、読者がご自身で一次情報に当たれるようにするためである。↩
参考文献