競売で、家の所有権はいつ買受人に移りますか。
民事執行法79条は、買受人は代金を納付した時に不動産を取得すると定めています。所有権移転登記が済んだ時ではなく、売却許可決定が出た時でもありません。納付の期限は、売却許可決定が確定したあと、裁判所書記官が定めます(同法78条1項)。書記官は特に必要があると認めるときに期限を変更することができますが(同条5項)、その要否は元の所有者の側の事情で決まるものではありません。
要旨
民事執行法79条は、買受人は代金を納付した時に不動産を取得すると定めています。登記の時でも決定の時でもありません。納付の期限を決めるのは裁判所書記官です。この一日を境に、登記の嘱託と配当が動きだします。ただし抵当権が消えても、債務そのものは残ります。
キーワード民事執行/代金の納付
開札期日が終わったという知らせのあと、しばらく何も起きない時期があります。落札した人は決まっているのに、家には誰も来ない。相談の電話がふえるのは、この時期です。もう終わったのか、まだ何かできるのか。伺っていると、この二つの問いの間で判断がつかないまま日が過ぎている場合が少なくありません。
この空白を挟んで、手続には一つの区切りがあります。買受人が代金を納めるという一日です。民事執行法79条は、買受人は代金を納付した時に不動産を取得すると定めています。登記が済んだ時でも、裁判所の決定が出た時でもありません1。本稿は、この一日を境に何が変わるのかを、条文にさかのぼって追います。
順に三つを見ます。納付の日を誰が決めるか。79条の一文が何を定め、何を定めていないか。そして所有者でなくなったあと、住まいと債務がどう扱われるか。
通常の不動産売買では、決済の日に売主と買主が同じ席に着きます。代金の支払と所有権移転登記の申請が同じ日に行われ、売主は鍵を渡します。日取りは当事者が相談して決めますから、売主は自分がいつ所有者でなくなるかを、あらかじめ知っています。
競売はそうなっていません。民事執行法78条1項は、売却許可決定が確定したときは、買受人は裁判所書記官の定める期限までに代金を執行裁判所に納付しなければならない、と定めています。期限を定めるのは裁判所書記官です。元の所有者はその日を選べませんし、その場に居合わせることもありません。書記官は特に必要があると認めるときに期限を変更することができますが(同条5項)、変更の要否も元の所有者の側の事情で決まるものではありません。
もっとも、この処分が動かせないものとして置かれているわけではありません。同条6項は、1項または5項の規定による裁判所書記官の処分に対しては、執行裁判所に異議を申し立てることができる、と定めています。読むときに気をつけたいのは、誰が異議を申し立てられるのかを、この項が書いていないことです。条文は主語を置かず、「異議を申し立てることができる」とだけ書きます2。
その結果として起きるのが、自分の家がいつ自分のものでなくなったのかを後から知る、という事態です。手続の日程は事件記録の側にあります。同法17条は、執行裁判所の行う民事執行について、利害関係を有する者は事件の記録の閲覧や謄写などを請求することができる、と定めていますが、ここでも条文は、利害関係を有する者の範囲そのものを書いてはいません。
代金が納付される前であれば、手続を止める余地が理屈のうえでは残ります。民事執行法76条1項本文は、買受けの申出があった後に強制競売の申立てを取り下げるには、最高価買受申出人または買受人および次順位買受申出人の同意を得なければならない、と定めています。債権者が取り下げる意思を持っていても、それだけでは足りないという構造です。
ただし、同項にはただし書が付いています。他に差押債権者がある場合において、取下げにより同法62条1項2号に掲げる事項について変更が生じないときは、同意を要しない、というものです。62条1項2号とは、物件明細書に記載される事項のうち、不動産に係る権利の取得および仮処分の執行で売却によりその効力を失わないものを指します。買受人が何を引き受けて買うのかという前提が動かないなら、同意は要らない。但書は、同意という要件が何のために置かれているかを裏側から示しています。
納付の日に向かって閉じていく扉は、ほかにもあります。同法75条1項は、天災その他自己の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合について、売却許可決定の前であれば売却の不許可の申出を、決定の後であれば代金を納付する時までにその決定の取消しの申立てをすることができるとしています。ただし損傷が軽微であるときは、この限りでない、とされています。
この線の重さは、実務でそのまま効いてきます。任意売却への切替えが話題になるとき、間に合うかどうかを分けているのは、多くの場合ここです。当社にできるのは書面から現在地を確かめることまでで、同意が得られるかどうかを見通すことはしていません。任意売却と競売は、何が違うかに、二つの手続の組み立ての違いを整理しました。
条文は短く、一文しかありません。
買受人は、代金を納付した時に不動産を取得する。
民法では、物権の設定および移転は当事者の意思表示のみによって効力を生じます(176条)。通常の売買であれば、いつ所有権が移るかは契約の解釈の問題になり、争いの種になることもあります。競売では、その問いが条文で塞がれています。代金の納付という事実が、時点をひとつに定めているからです。
一方で、79条が書いていないことも見ておく値打ちがあります。この条文には登記という語がありません。取得の時期を定めているだけで、取得した権利を第三者に主張できるかどうかには触れていない。民法177条は、不動産に関する物権の得喪および変更は、登記をしなければ第三者に対抗することができないと定めます。取得の時期を定める条文と、対抗の要件を定める条文は別に置かれています。両者がどう組み合わさるかは法律の判断に属するため、本稿は並んでいることの指摘にとどめます。
納付という言葉の中身にも、条文が手を入れています。同法78条2項は、買受人が買受けの申出の保証として提供した金銭および77条1項の規定により納付した金銭は代金に充てる、と定めています。保証を金銭以外の方法で提供しているときは、執行裁判所がこれを換価し、換価に要した費用を控除したものを代金に充てます(同条3項)。納付の日に動く現金は、代金の全額とは限りません。
さらに同条4項は、買受人が売却代金から配当または弁済を受けるべき債権者であるときの扱いを定めます。売却許可決定が確定するまでに執行裁判所に申し出て、受けるべき額を差し引いて代金を納付することができる、というものです。同じ79条の「代金を納付した時」が、人によって違う形で満たされるということです3。
この一時点から、複数の効果が同時に走ります。第一に、登記です。民事執行法82条1項は、買受人が代金を納付したときは、裁判所書記官が、買受人の取得した権利の移転の登記、売却により消滅した権利等に係る登記の抹消、差押えまたは仮差押えの登記の抹消を嘱託しなければならない、と定めています。登記は買受人が申請するのではなく、裁判所書記官が嘱託します。そして同条4項により、この嘱託に要する登録免許税その他の費用は買受人の負担とされます4。
「売却により消滅した権利」の中身は、同法59条にあります。1項は、不動産の上に存する先取特権、使用および収益をしない旨の定めのある質権、そして抵当権は売却により消滅する、と定めます。住宅ローンの抵当権も、この規定によって登記簿から消えます。ここで抵当権が消えることと、債務が消えることは別です。消えるのは不動産に付いた担保であって、債権そのものではありません。
同じ59条は、消えないものも書き分けています。2項は、消滅する権利を有する者や差押債権者などに対抗することができない不動産に係る権利の取得は、売却によりその効力を失うとします。これに対し4項は、不動産の上に存する留置権、および使用収益をしない旨の定めのない質権で2項の適用がないものについて、買受人がこれらによって担保される債権を弁済する責めに任ずると定めています5。
第二に、配当の手続が動きます。同法84条1項は、代金の納付があった場合には、執行裁判所は配当表に基づいて配当を実施しなければならない、と定めています。売却代金がどの順で充てられるかは、稿を改めて扱います。
もっとも、納付が当然に行われるとは限りません。同法80条1項は、買受人が代金を納付しないときは売却許可決定は効力を失うとし、この場合において買受人は提供した保証の返還を請求することができない、としています。次順位買受けの申出があるときは、執行裁判所はその申出について売却の許可または不許可の決定をします(同条2項)。納付は、手続の途中にある一つの行為です。
準用の側から見ておきたいこともあります。担保不動産競売に不動産執行の規定を準用する同法188条は、準用の対象から81条を明文で外しています。81条は法定地上権の規定で、土地と建物が債務者の所有に属する場合に、差押えによる売却で所有者を異にするに至ったときは地上権が設定されたものとみなす、というものです。同じ場面を扱う条文が民法388条に置かれているため、住宅ローンの抵当権にもとづく競売では81条は働きません。除外されているものを見ると、その手続がどの法律に根を持っているかが分かります。
担保不動産競売における代金の納付による買受人の不動産の取得は、担保権の不存在又は消滅により妨げられない。
抵当権そのものに問題があったとしても、代金が納付された後は、それを理由に買受人の取得が覆ることはない、という書き方です6。
代金が納付されると、そこに住んでいる人の法律上の立場が変わります。所有者ではなく、他人の不動産の占有者になる。民事執行法83条1項は、執行裁判所は、代金を納付した買受人の申立てにより、債務者または不動産の占有者に対し、不動産を買受人に引き渡すべき旨を命ずることができる、と定めています。申立てができるのは代金を納付した買受人であり、納付の前に引渡命令が出ることはありません。
押さえておきたいのは、納付の日が引渡しの日ではない、ということです。83条は申立てができる状態になることを定めているだけで、いつ明け渡すのかを定めてはいません。所有権が移る時点は79条が一日に固定していますが、占有が移る時期を固定した条文は置かれていない。ひとつの家について、所有と占有が別々の時間で動いている状態が、この時期には生じます。実際の時期がどう決まるかは、稿を改めます。
誰が住んでいるかによっても、条文の働き方は変わります。83条1項ただし書は、事件の記録上、買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者に対しては、引渡命令を出すことができないとしています。同じ建物の中にいても、所有者である債務者と、賃借人として住んでいる人とでは、置かれた位置が違うということです。
納付の前後をまたいで働く規定もあります。同法77条1項は、債務者または不動産の占有者が不動産の価格を減少させ、または引渡しを困難にする行為をするおそれがあるときについて、最高価買受申出人または買受人の申立てにより、引渡命令の執行までの間、一定の保全処分を命ずることができると定めます。納付を境に申立てができる人の呼び名は変わりますが、この規定の及ぶ時間は納付をまたいで続いています。
もう一つ、条文から確かめておきたいことがあります。配当は売却代金の範囲でしか行われません。同法85条1項は、執行裁判所が配当期日において、各債権者の債権の元本および利息その他の附帯の債権の額、執行費用の額、配当の順位および額を定める、と規定しています。売却代金がこれらに足りなければ、足りないまま終わります。家がなくなることと、債務がなくなることは同じではありません。売った後に何が残るかは売ったあとのことに整理しました。
では、いま自分がどの段階にいるのかを、どう確かめるか。手がかりは書面です。売却許可決定の通知、そこに書かれた日付、そして登記記録。買受人の側が何を見て買ったかは、62条の物件明細書に現れます。段階ごとの見分け方は今どこにいるかに並べ、納付の前に選べる道は任意売却とはに置いています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民事執行法79条は、買受人は代金を納付した時に不動産を取得すると定めています。所有権移転登記が済んだ時ではなく、売却許可決定が出た時でもありません。納付の期限は、売却許可決定が確定したあと、裁判所書記官が定めます(同法78条1項)。書記官は特に必要があると認めるときに期限を変更することができますが(同条5項)、その要否は元の所有者の側の事情で決まるものではありません。
民事執行法82条1項は、買受人が代金を納付したときは、裁判所書記官が、買受人の取得した権利の移転の登記、売却により消滅した権利等に係る登記の抹消、差押えまたは仮差押えの登記の抹消を嘱託しなければならないと定めています。買受人が自分で申請するのではありません。売却により消滅する権利には抵当権が含まれます(同法59条1項)。なお嘱託に要する登録免許税その他の費用は、買受人の負担とされています(同法82条4項)。
同じではありません。民事執行法59条1項によって消えるのは、不動産の上に存する抵当権などの担保であって、担保されていた債権そのものではありません。配当は売却代金の範囲でしか行われず、執行裁判所は各債権者の債権の額、執行費用の額、配当の順位および額を配当期日に定めます(同法85条1項)。売却代金がこれらに足りなければ、足りないまま手続が終わります。残った債務の扱いは法律の判断を含みますので、当社は結論を申し上げていません。
条文のうえでは、取下げの余地は残っています。ただし民事執行法76条1項は、買受けの申出があった後に強制競売の申立てを取り下げるには、最高価買受申出人または買受人および次順位買受申出人の同意を得なければならないと定めています。債権者が取り下げる意思を持っていても、それだけでは足りない構造です。当社は同意が得られるかどうかの見通しを申し上げてはおらず、お手元の書面から現在どの段階にあるかを一緒に確かめるところまでを行っています。
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