抵当権の抹消登記は、所有者だけで申請できないのですか。
不動産登記法60条は、権利に関する登記の申請は法令に別段の定めがある場合を除き登記権利者と登記義務者が共同してしなければならないと定めています。抹消によって登記上直接に不利益を受ける登記名義人は抵当権者ですので(同法2条13号)、抵当権者が登記義務者として加わります。確定判決がある場合(63条1項)など単独申請の定めも置かれていますが、いずれも限られた場面についての規定です。
要旨
抹消登記の登記義務者は抵当権者です(不動産登記法2条13号・60条)。登記識別情報も抵当権者の側から出ます(22条)。前提は債権者が抹消に応じることで、応じるかどうかは債権者が決めます。申請の代理は司法書士の業務です。
キーワード契約と登記/抹消登記
決済の日、机の上には封筒が並びます。売主が持参した書類、買主側の金融機関から届いた資金の書面、そして債権者から送られてきた一通。最後の封筒に何が入っているのかを、売主の側が事前に見る機会はあまりありません。中身は、抵当権の抹消登記を申請するための情報です。
先に書いておきます。抵当権の抹消は、債権者が応じてはじめて動きます。応じるかどうかは債権者が決めることで、当社に決める権限はありません。同意が得られなければ、本稿が扱う手続は始まりません。そのうえで本稿は、同意が得られた後に登記所へ何が出されるのかを、不動産登記法の条文から追います。なお、登記の申請の代理は司法書士の業務であり、当社が行うものではありません1。
登記は、法令に別段の定めがある場合を除き、当事者の申請または官庁もしくは公署の嘱託がなければすることができません(不動産登記法16条1項)。では、抵当権の抹消登記の申請人は誰になるのか。不動産登記法は、申請人の側を二つの言葉で呼び分けています。
十二 登記権利者 権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に利益を受ける者をいい、間接に利益を受ける者を除く。
十三 登記義務者 権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に不利益を受ける登記名義人をいい、間接に不利益を受ける登記名義人を除く。
この定義に当てはめます。抵当権は登記記録の乙区に記録され、抵当権者が登記名義人になっています。抹消によって登記上の地位を失うのは、その抵当権者です。だから登記義務者は抵当権者になります。反対に、抹消によって直接に利益を受けるのは、負担が消える不動産の所有者です。登記権利者は所有者ということになります。
両号が「直接」と「間接」を書き分けていることには、意味があります。抵当権が消えれば買主も助かり、次順位の債権者の順位も上がる。けれども条文は、間接に利益を受ける者を定義から外しました。誰が申請人になるかを、登記記録の上での位置だけで決めるという組み立てです。もっとも、直接と間接をどこで分けるかを条文は定義していません。
そして権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者と登記義務者が共同してしなければなりません(同法60条)。所有者だけでは申請人がそろわないのは、この構造の帰結です。抵当権が付いたままでも売れるのか、という問いそのものは抵当権を消さずに家を売れるかで扱いました。
別段の定めも置かれています。共同して申請すべき者の一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決があるときは、他方が単独で申請できます(同法63条1項)。権利が人の死亡または法人の解散によって消滅する旨が登記されている場合の抹消(69条)、買戻しの特約の登記について契約の日から十年を経過した場合の抹消(69条の2)、所在が知れない場合の除権決定による抹消(70条3項)も単独申請の定めです2。
担保権に近いところにも、二つ置かれています。70条4項は、共同して申請すべき者の所在が知れない場合に、被担保債権が消滅したことを証する情報を提供したとき、または弁済期から二十年を経過し、その後に債権額等の全額に相当する金銭が供託されたときに、登記権利者の単独申請を認めます。70条の2は、抹消の相手方となる法人が解散し、清算人の所在も判明しないときに、被担保債権の弁済期から三十年、かつ解散の日から三十年の経過を条件として単独申請を認めます。数字の重さが、この道の例外ぶりを示しています。
人で切ると、もうひとつ条文が出てきます。同法62条は、登記権利者・登記義務者・登記名義人について相続その他の一般承継があったときに、相続人その他の一般承継人が当該登記を申請することができるとしています。所有者が亡くなっている場合も、抵当権者である法人に合併があった場合も、申請人がいなくなるのではなく、承継した者に移るという書き方です。
申請は、情報を登記所に提供して行います。同法18条は、不動産を識別するために必要な事項、申請人の氏名または名称、登記の目的その他の情報をまとめて「申請情報」と呼び、電子情報処理組織を使う方法か、書面を提出する方法によると定めています。
申請情報だけでは足りません。同法61条は、権利に関する登記を申請する場合には、申請情報と併せて登記原因を証する情報を提供しなければならないと定めます。抹消の登記原因は、被担保債権が弁済によって消滅したのか、抵当権が放棄されたのかによって変わります。どちらであるかを示す情報は、抵当権者の側から出ます。
登記原因が申請の話にとどまらないことも、条文に書かれています。同法59条は権利に関する登記の登記事項として、登記の目的(1号)、申請の受付の年月日および受付番号(2号)、登記原因およびその日付(3号)を挙げています。何を原因として、いつ受け付けられた申請で消えたのかが、登記記録に残るということです3。
もうひとつ、共同申請には固有の要求があります。
登記権利者及び登記義務者が共同して権利に関する登記の申請をする場合その他登記名義人が政令で定める登記の申請をする場合には、申請人は、その申請情報と併せて登記義務者(政令で定める登記の申請にあっては、登記名義人。次条第一項、第二項及び第四項各号において同じ。)の登記識別情報を提供しなければならない。ただし、前条ただし書の規定により登記識別情報が通知されなかった場合その他の申請人が登記識別情報を提供することができないことにつき正当な理由がある場合は、この限りでない。
提供するのは登記義務者の登記識別情報です。抹消の場面では、登記義務者は抵当権者ですから、抵当権を設定したときに抵当権者が受け取った情報が出てくることになります。所有者の手元にある書類ではありません。ただし書に当たる場合には、同法23条1項の事前通知や、資格者代理人による本人確認情報の提供(同条4項1号)といった別の道が置かれています。この分岐については権利証と呼ばれてきたものに整理しました。
抵当権を目的とする権利がある場合には、同法68条により登記上の利害関係を有する第三者の承諾も条件になります。ここで隣の条文と並べておきます。同法66条は、権利の変更の登記または更正の登記について、第三者の承諾がある場合と第三者がない場合に限り、付記登記によってすることができると定めています。付記登記の順位は主登記の順位によります(4条2項)。抹消は68条、変更・更正は66条。承諾が要る点は似ていますが、無いときに起きることは違います。抹消は申請そのものができず、変更・更正は付記登記の形が取れません。
これらの情報が欠けたまま申請するとどうなるか。答えは却下の条文にあります。
登記官は、次に掲げる場合には、理由を付した決定で、登記の申請を却下しなければならない。ただし、当該申請の不備が補正することができるものである場合において、登記官が定めた相当の期間内に、申請人がこれを補正したときは、この限りでない。
九 第二十二条本文若しくは第六十一条の規定又はこの法律に基づく命令若しくはその他の法令の規定により申請情報と併せて提供しなければならないものとされている情報が提供されないとき。
十二 登録免許税を納付しないとき。
柱書のただし書に、補正という道が書かれています。不備が補正できるものであって、登記官が定めた相当の期間内に申請人が補正したときは、却下されません。足りないと分かった時点で終わりになるのではなく、直す時間が条文の中に置かれているということです。もっとも、何が補正できる不備かは条文が列挙していません。
十二号にも触れておきます。登録免許税を納付しないときが却下事由に挙げられています。税を納めることが、登記がされるための条件のひとつだということです4。任意売却では、この費用を売却代金の配分案の中に置けるかどうかが調整の対象になります。書類がそろわないことも、費用が用意できないことも、そのまま登記がされないことを意味します。
決済の日には、所有権の移転登記と抵当権の抹消登記が同じ不動産について申請されます。二つはどう処理されるのか。ここでも条文が順番を決めています。
登記官は、申請情報が提供されたときに受付をし、受付番号を付します(同法19条1項・3項)。前後が明らかでないときは同時にされたものとみなされ、同時のときは同一の受付番号が付されます(同条2項・3項)。「同時」という状態が、条文の側に用意されているということです。そして同法20条は、同一の不動産に関し権利に関する登記の申請が二以上あったときは、受付番号の順序に従って登記をしなければならないと定めます。権利の順位も、法令に別段の定めがある場合を除き登記の前後によります(同法4条1項)。
その4条1項にも「別段の定めがある場合を除き」が入っています。定めのひとつが仮登記です。同法106条は、仮登記に基づいて本登記をした場合、その本登記の順位は仮登記の順位によると定めます。受付番号だけを見ていると順位を読み違える場合があるということです。しかも同法109条は、所有権に関する仮登記に基づく本登記を利害関係人の承諾があるときに限り申請できるものとし、登記官はその登記をするときに職権で第三者の権利に関する登記を抹消しなければならないとしています5。
登記官の側にも、確かめる仕組みが置かれています。同法24条1項は、申請人となるべき者以外の者が申請していると疑うに足りる相当な理由があると認めるときに、登記官が出頭を求め、質問をし、または文書の提示を求める方法で申請の権限の有無を調査しなければならないと定めます。却下とは別に置かれた仕組みです。
時間で切ると、代理についての条文がひとつ効いてきます。同法17条は、登記の申請をする者の委任による代理人の権限は、本人の死亡、本人である法人の合併による消滅などによっては消滅しないと定めています。委任した後に事情が変わっても、申請そのものは止まらない形が用意されているということです。
どの申請を先に出すかが、登記記録に並ぶ順序を決めます。その順序をどう組むかは、法律上の判断を含む事柄です。決済の場でこれを担うのは司法書士であり、当社が判断する事柄ではありません6。手続の全体の流れは相談から引渡しまでに置いています。
登記が完了しても、抹消では新しく登記名義人になる者がいません。登記識別情報の通知は、その登記をすることによって申請人自らが登記名義人となる場合についての定めですから(同法21条本文)、抹消の申請人に通知される場面ではありません。所有権の移転登記のほうでは、買主に通知されます。段階ごとの整理は今どこにいるかにまとめています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
不動産登記法60条は、権利に関する登記の申請は法令に別段の定めがある場合を除き登記権利者と登記義務者が共同してしなければならないと定めています。抹消によって登記上直接に不利益を受ける登記名義人は抵当権者ですので(同法2条13号)、抵当権者が登記義務者として加わります。確定判決がある場合(63条1項)など単独申請の定めも置かれていますが、いずれも限られた場面についての規定です。
不動産登記法22条は、共同申請の場合に登記義務者の登記識別情報を申請情報と併せて提供しなければならないと定めています。抹消では登記義務者が抵当権者ですので、この情報は債権者の側から出ます。登記原因を証する情報(61条)も同じです。所有者が自分の権利証を探し出せば足りる、という組み立てにはなっていません。実際の書類の点検は司法書士が行います。
不動産登記法19条により、申請には受付番号が付されます。同法20条は、同一の不動産に関し権利に関する登記の申請が二以上あったときは受付番号の順序に従って登記をしなければならないと定めています。権利の順位も登記の前後によります(4条1項)。どの順序で申請するかは法律上の判断を含みますので、決済の場ではこれを司法書士が担います。当社が判断する事柄ではありません。
行いません。司法書士法3条1項1号は、登記または供託に関する手続について代理することを司法書士の業務として掲げており、同法73条1項はこれを司法書士でない者が行うことを禁じています。当社は宅地建物取引業者として売買の媒介と売却条件の調整を行い、登記の手続は司法書士に引き継ぎます。決済の場に司法書士が立ち会う段取りまでを整えるのが当社の役割です。
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