抵当権が付いたままでも、家を売ることはできますか。
売買契約を結び、所有権移転登記を申請すること自体はできます。民法369条1項の抵当権は占有を移さない担保であり、民法555条の売買を妨げるものではありません。ただし抵当権は所有者が変わっても消えず、被担保債権が弁済されなければ実行の申立てが通り得ます。買主は代金を払ったあとに家を失うおそれを負うことになるため、実際には買主が見つかりにくくなります。抵当権を残したままの売買が適するかどうかは、個別の事情によります。
要旨
抵当権が付いたままでも、売ること自体は法律上できます。売れないのは、抵当権が残る限り買主が家を失うおそれを負うからです。抹消登記は所有者だけでは申請できません。抵当権者が申請人に加わるため、債権者が同意しなければ同時決済は組めません。
キーワード担保物権/抵当権抹消
「抵当権が付いたままだと、売れないと聞きました」。相談の場でよく出る言い方です。半分は当たっていて、半分は当たっていません。抵当権が付いている家を売ること自体は、民法のどこにも禁じられていません。禁じられていないのに売れないのは、買う側が抵当権の実行を恐れるからです。
そこで実務は、代金の支払と所有権の移転登記と抵当権の抹消登記を同じ日に並べる段取りをとります。これを同時決済と呼びます1。ただし先に書いておきます。抹消登記の申請人には債権者が加わります。債権者が同意しなければ、この段取りは組めません。
本稿は、その同意がどうして必要になるのかを三つの層から確かめます。第一に、民法が売買そのものをどう扱っているか。第二に、不動産登記法が抹消の申請に何を求めているか。第三に、民法が「債権者の同意によらずに抵当権を消す」道を用意しているかどうか。三つ目に、この論考の重心があります。その道は条文の上に確かに置かれているのですが、置かれ方をよく読むと、結局は債権者の側に鍵が戻ってきます。
抵当権は、占有を移さない担保です。民法369条1項は、抵当権者は債務者または第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有すると定めます。占有が動かないので、所有者はその家に住み続けられます。
売買のほうも同じです。民法555条は、売買は当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対して代金を支払うことを約することによって効力を生ずるとします。抵当権が付いていることは、この約束を妨げません。所有権の移転登記も申請できます。つまり、抵当権付きのまま売ることは法律上は可能です。
売主の側の義務も、そこまでは求めていません。民法560条は、売主は買主に対し、登記その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負うと定めます。所有権の登記を渡すことは義務ですが、抵当権を消すことまでを条文が直接命じているわけではありません。抹消は、契約でそう約束するから行われます。ここでも、条文はその答えを置いていない。答えは契約書の側にあります。
それでも実際に売れないのは、買った側の立場を考えれば分かります。抵当権は登記によって公示されており、所有者が変わっても消えません。しかも担保不動産競売は、担保権の登記がされた不動産についての申立てがあれば開始します(民事執行法181条1項1号)。新しい所有者に落ち度がなくても、登記が残っている限り手続は動きうるということです。そして同法184条は、担保不動産競売における代金の納付による買受人の不動産の取得は、担保権の不存在または消滅により妨げられないとします2。代金を払った買主が、あとから家を失うおそれがある。この一点が、市場での値の付き方をすべて決めています。
もうひとつ、「売れる」という言葉の意味を狭める条文があります。抵当権には、隣の担保物権の規定が準用されています。
先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。
「その目的物の売却」と書かれています。売却によって所有者が受け取るべき代金そのものに、抵当権者は権利を行使しうるということです。抵当権が付いたまま売る、という話は、家を渡して代金を自由に使えるという話ではありません。ただし但書があり、払渡しまたは引渡しの前に差押えをすることが条件になっています3。ここでも、動くかどうかを決めるのは債権者の側です。
登記は、当事者が申請しなければ動きません。不動産登記法16条1項は、登記は法令に別段の定めがある場合を除き、当事者の申請または官庁もしくは公署の嘱託がなければすることができないとしています。抵当権が消えたという事実があっても、登記官が気づいて消してくれる仕組みにはなっていません。そして権利に関する登記の申請には、原則として二人が必要です。
権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。
抵当権の抹消登記において、登記名義人は抵当権者です。抹消によって登記上の不利益を受ける側、すなわち登記義務者は抵当権者になります。抵当権者が申請人として加わらなければ、抹消登記はされません。ここが同時決済の要になる一点です。登記所は、所有者だけの申請では抹消を受け付けません4。
申請人がそろえばよい、という話でもありません。申請には情報を添える必要があります。同法61条は、権利に関する登記を申請する場合には、法令に別段の定めがある場合を除き、申請情報と併せて登記原因を証する情報を提供しなければならないとします。抹消の登記原因は登記事項でもあります(同法59条3号)。弁済によって被担保債権が消えたのか、抵当権者が放棄したのか。債権者が何を原因として抹消に応じるのかが、書面の上で示される必要があります。この書面を作るのは債権者です。
さらに同法22条は、登記権利者および登記義務者が共同して権利に関する登記の申請をする場合には、申請情報と併せて登記義務者の登記識別情報を提供しなければならないとします。抵当権抹消における登記義務者は抵当権者ですから、提供すべき情報は債権者の手元にあります。売主がどれだけ準備を整えても、この一点だけは代わりに用意できません。
関係者が増える場面もあります。抵当権を目的とする権利がある場合には、別の条文が働きます。
権利に関する登記の抹消は、登記上の利害関係を有する第三者(当該登記の抹消につき利害関係を有する抵当証券の所持人又は裏書人を含む。以下この条において同じ。)がある場合には、当該第三者の承諾があるときに限り、申請することができる。
承諾が「あるときに限り」と書かれています。得られなければ抹消できない、という書き方です。「できる」の側ではなく「限り」の側から書かれている条文は、そこが関門であることを示しています。抵当権が付記登記で他人の権利の目的になっている場合など、所有者からは見えにくいところに関係者がいることもあります。
ここまでを読むと、次の問いが立ちます。債権者が首を縦に振らない限り抵当権は消えないのか。民法はそれを認めているのか。答えは、条文の上には別の道が二つ置かれている、というものです。ただし置かれ方が問題になります。
ひとつめは代価弁済です。民法378条は、抵当不動産について所有権または地上権を買い受けた第三者が、抵当権者の請求に応じてその抵当権者に代価を弁済したときは、抵当権はその第三者のために消滅すると定めます。条文が動き出す起点が「抵当権者の請求」に置かれています。買主の側から始められる道ではありません。
ふたつめが抵当権消滅請求です。民法379条は、抵当不動産の第三取得者は383条の定めるところにより抵当権消滅請求をすることができるとします。第三取得者が金額を提示し、登記をした各債権者に一定の書面を送る。こちらは買った側から始められます。ところが、次の条文が置かれています。
主たる債務者、保証人及びこれらの者の承継人は、抵当権消滅請求をすることができない。
一文だけの条文です。住宅ローンを借りている本人も、その保証人も、この道を使えません。本稿の読者の多くは主たる債務者ですから、条文はここで正面から扉を閉じています。相談の場で「抵当権を消してもらう方法はないのですか」と聞かれたときに、当社が制度として案内できないのは、この一文があるためです。
第三取得者が使う場合でも、条件は軽くありません。民法382条は、抵当権消滅請求は抵当権の実行としての競売による差押えの効力が発生する前にしなければならないとします。時間で線が引かれているということです。そして384条1号は、書面の送付を受けた債権者が二箇月以内に抵当権を実行して競売の申立てをしないときに、提供された金額を承諾したものとみなすとしています。裏返せば、債権者は二箇月のうちに競売を申し立てることで、この道を通さないことができます。最後に386条は、登記をしたすべての債権者が承諾し、かつ第三取得者が払渡しまたは供託をしたときに抵当権が消滅すると定めます5。
三つの道を並べると、同じ形が見えます。代価弁済は債権者が請求しなければ始まらない。抵当権消滅請求は債務者本人には閉じられ、第三取得者が使っても債権者が競売を申し立てれば通らない。民法は同意によらない道を用意しているようでいて、鍵は債権者の側に置いたままです。実務が同時決済という段取りに落ち着くのは、遠回りをするより先に、正面から同意を求めるほうが早いからです。
その同時決済にも、行き詰まりがあります。売主から見ると、代金は買主から入ります。買主は、抵当権が消えなければ払いたくない。債権者は、入金がなければ書面を出さない。三者が互いの先行を待つ形になります。これを解くのが民法533条の考え方です。同条は、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは自己の債務の履行を拒むことができるとします。どちらも先には動かなくてよい。ならば同じ場で同時に動かす。決済の日に、代金の支払、所有権移転登記の申請、抵当権抹消登記の申請を、その場でそろえます。
この段取りが成り立つ条件は、ひとつです。債権者が配分案に同意していること。同意の中身は、いくらで売ることを認めるか、代金からどの費目にいくらを充てることを認めるかです。当社が債権者に示すのは、この配分案です。
同意が得られないことはあります。示した価格では配当が足りないと判断される場合。抵当権者が複数あって、後順位の債権者の取り分が立たない場合。担保不動産競売がすでに進んでいて、手続を止めない判断がされる場合。いずれも債権者の側の判断であり、当社が動かせるものではありません。費用と配分の考え方は費用と配分に、段階ごとの整理は今どこにいるかに置いています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
売買契約を結び、所有権移転登記を申請すること自体はできます。民法369条1項の抵当権は占有を移さない担保であり、民法555条の売買を妨げるものではありません。ただし抵当権は所有者が変わっても消えず、被担保債権が弁済されなければ実行の申立てが通り得ます。買主は代金を払ったあとに家を失うおそれを負うことになるため、実際には買主が見つかりにくくなります。抵当権を残したままの売買が適するかどうかは、個別の事情によります。
原則としてできません。不動産登記法60条は、権利に関する登記の申請は法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者および登記義務者が共同してしなければならないと定めています。抵当権の抹消では、登記名義人である抵当権者が登記義務者になります。したがって債権者が申請人に加わり、必要な書類を出さなければ、登記所は抹消を受け付けません。単独申請が認められるのは、死亡や解散、期間の経過、所在不明といった限られた場面についての規定によるものです。
同意するかどうかは債権者の判断であり、当社が見通しを申し上げる立場にありません。示した価格では配当が足りないと判断される場合、抵当権者が複数あって後順位の債権者の取り分が立たない場合、担保不動産競売がすでに進んでいて手続を止めない判断がされる場合など、同意に至らないことがあります。当社にできるのは、諸費用を含む配分案を作って債権者に示し、返ってきた回答をそのままお伝えすることまでです。
代金の支払、所有権移転登記の申請、抵当権抹消登記の申請を、同じ日時と場所でそろえる実務上の段取りです。法令上の用語ではありません。買主は抵当権が消えなければ払いたくなく、債権者は入金がなければ書類を出さないという関係になるため、どちらも先には動かなくてよいとする民法533条の考え方を前提に、同じ場で同時に動かします。前提として債権者が配分案に同意していることが必要です。
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