返済ノート

抵当権を消さずに売れるか|抹消と同時決済を不動産登記法60条から読む

要旨

抵当権が付いたままでも、売ること自体は法律上できます。売れないのは、抵当権が残る限り買主が家を失うおそれを負うからです。抹消登記は所有者だけでは申請できません。抵当権者が申請人に加わるため、債権者が同意しなければ同時決済は組めません。

キーワード担保物権/抵当権抹消

「抵当権が付いたままだと、売れないと聞きました」。相談の場でよく出る言い方です。半分は当たっていて、半分は当たっていません。抵当権が付いている家を売ること自体は、民法のどこにも禁じられていません。禁じられていないのに売れないのは、買う側が抵当権の実行を恐れるからです。

そこで実務は、代金の支払と所有権の移転登記と抵当権の抹消登記を同じ日に並べる段取りをとります。これを同時決済と呼びます1。ただし先に書いておきます。抹消登記の申請人には債権者が加わります。債権者が同意しなければ、この段取りは組めません。

本稿は、その同意がどうして必要になるのかを三つの層から確かめます。第一に、民法が売買そのものをどう扱っているか。第二に、不動産登記法が抹消の申請に何を求めているか。第三に、民法が「債権者の同意によらずに抵当権を消す」道を用意しているかどうか。三つ目に、この論考の重心があります。その道は条文の上に確かに置かれているのですが、置かれ方をよく読むと、結局は債権者の側に鍵が戻ってきます。

抵当権付きの家を売る 抹消して引き渡す 債権者の同意が要る 抵当権を残したまま 買主が見つかりにくい 同意が得られるかどうかは債権者が決める
図1 売却のときに分かれる二つの道。出典:民法369条1項、不動産登記法60条。どちらが選べるかを示す図ではなく、条文の上で道が二つあることを示すもの。

1. 抵当権が付いた家は、法律の上では売れる

抵当権は、占有を移さない担保です。民法369条1項は、抵当権者は債務者または第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有すると定めます。占有が動かないので、所有者はその家に住み続けられます。

売買のほうも同じです。民法555条は、売買は当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対して代金を支払うことを約することによって効力を生ずるとします。抵当権が付いていることは、この約束を妨げません。所有権の移転登記も申請できます。つまり、抵当権付きのまま売ることは法律上は可能です。

売主の側の義務も、そこまでは求めていません。民法560条は、売主は買主に対し、登記その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負うと定めます。所有権の登記を渡すことは義務ですが、抵当権を消すことまでを条文が直接命じているわけではありません。抹消は、契約でそう約束するから行われます。ここでも、条文はその答えを置いていない。答えは契約書の側にあります。

それでも実際に売れないのは、買った側の立場を考えれば分かります。抵当権は登記によって公示されており、所有者が変わっても消えません。しかも担保不動産競売は、担保権の登記がされた不動産についての申立てがあれば開始します(民事執行法181条1項1号)。新しい所有者に落ち度がなくても、登記が残っている限り手続は動きうるということです。そして同法184条は、担保不動産競売における代金の納付による買受人の不動産の取得は、担保権の不存在または消滅により妨げられないとします2。代金を払った買主が、あとから家を失うおそれがある。この一点が、市場での値の付き方をすべて決めています。

民法の上では 抵当権があっても 所有権は移せる 移転登記もできる 民法369条1項・555条 登記を消すには 抹消登記の申請 債権者と共同で 利害関係人の承諾 不動産登記法60条・68条
図2 二つの層の違い。出典:民法369条1項・555条、不動産登記法60条・68条。左と右のどちらが優先するかを示す図ではなく、別の条文が別のことを定めていることを示すもの。

もうひとつ、「売れる」という言葉の意味を狭める条文があります。抵当権には、隣の担保物権の規定が準用されています。

民法304条1項(物上代位)/民法372条により抵当権に準用

先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。

「その目的物の売却」と書かれています。売却によって所有者が受け取るべき代金そのものに、抵当権者は権利を行使しうるということです。抵当権が付いたまま売る、という話は、家を渡して代金を自由に使えるという話ではありません。ただし但書があり、払渡しまたは引渡しの前に差押えをすることが条件になっています3。ここでも、動くかどうかを決めるのは債権者の側です。

2. 不動産登記法が抹消に置いている条件

登記は、当事者が申請しなければ動きません。不動産登記法16条1項は、登記は法令に別段の定めがある場合を除き、当事者の申請または官庁もしくは公署の嘱託がなければすることができないとしています。抵当権が消えたという事実があっても、登記官が気づいて消してくれる仕組みにはなっていません。そして権利に関する登記の申請には、原則として二人が必要です。

不動産登記法60条(共同申請)

権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。

抵当権の抹消登記において、登記名義人は抵当権者です。抹消によって登記上の不利益を受ける側、すなわち登記義務者は抵当権者になります。抵当権者が申請人として加わらなければ、抹消登記はされません。ここが同時決済の要になる一点です。登記所は、所有者だけの申請では抹消を受け付けません4

申請人がそろえばよい、という話でもありません。申請には情報を添える必要があります。同法61条は、権利に関する登記を申請する場合には、法令に別段の定めがある場合を除き、申請情報と併せて登記原因を証する情報を提供しなければならないとします。抹消の登記原因は登記事項でもあります(同法59条3号)。弁済によって被担保債権が消えたのか、抵当権者が放棄したのか。債権者が何を原因として抹消に応じるのかが、書面の上で示される必要があります。この書面を作るのは債権者です。

さらに同法22条は、登記権利者および登記義務者が共同して権利に関する登記の申請をする場合には、申請情報と併せて登記義務者の登記識別情報を提供しなければならないとします。抵当権抹消における登記義務者は抵当権者ですから、提供すべき情報は債権者の手元にあります。売主がどれだけ準備を整えても、この一点だけは代わりに用意できません。

1 共同申請(60条)/申請人に債権者が入る 2 登記原因証明情報(61条)/債権者が用意する 3 登記識別情報(22条)/債権者が持っている 4 利害関係人の承諾(68条)/第三者が出す
図3 抹消の申請に要るもの。出典:不動産登記法22条・60条・61条・68条。書面の様式や記載事項を示す図ではなく、誰の手元にあるかだけを示すもの。

関係者が増える場面もあります。抵当権を目的とする権利がある場合には、別の条文が働きます。

不動産登記法68条(登記の抹消)

権利に関する登記の抹消は、登記上の利害関係を有する第三者(当該登記の抹消につき利害関係を有する抵当証券の所持人又は裏書人を含む。以下この条において同じ。)がある場合には、当該第三者の承諾があるときに限り、申請することができる。

承諾が「あるときに限り」と書かれています。得られなければ抹消できない、という書き方です。「できる」の側ではなく「限り」の側から書かれている条文は、そこが関門であることを示しています。抵当権が付記登記で他人の権利の目的になっている場合など、所有者からは見えにくいところに関係者がいることもあります。

売主 これまでの所有者 抵当権者 登記義務者 買主 代金を支払う人 共同で抹消を申請 抹消の書類 売買代金
図4 抹消登記に加わる三者。出典:不動産登記法59条・60条・68条。矢印は書類と金銭の向きを示すもので、時間の前後や金額を表すものではない。

3. 同意によらない道は条文にあるか

ここまでを読むと、次の問いが立ちます。債権者が首を縦に振らない限り抵当権は消えないのか。民法はそれを認めているのか。答えは、条文の上には別の道が二つ置かれている、というものです。ただし置かれ方が問題になります。

ひとつめは代価弁済です。民法378条は、抵当不動産について所有権または地上権を買い受けた第三者が、抵当権者の請求に応じてその抵当権者に代価を弁済したときは、抵当権はその第三者のために消滅すると定めます。条文が動き出す起点が「抵当権者の請求」に置かれています。買主の側から始められる道ではありません。

ふたつめが抵当権消滅請求です。民法379条は、抵当不動産の第三取得者は383条の定めるところにより抵当権消滅請求をすることができるとします。第三取得者が金額を提示し、登記をした各債権者に一定の書面を送る。こちらは買った側から始められます。ところが、次の条文が置かれています。

民法380条

主たる債務者、保証人及びこれらの者の承継人は、抵当権消滅請求をすることができない。

一文だけの条文です。住宅ローンを借りている本人も、その保証人も、この道を使えません。本稿の読者の多くは主たる債務者ですから、条文はここで正面から扉を閉じています。相談の場で「抵当権を消してもらう方法はないのですか」と聞かれたときに、当社が制度として案内できないのは、この一文があるためです。

1 代価弁済(民法378条)/動かすのは抵当権者 2 抵当権消滅請求(379条)/動かすのは第三取得者 3 弁済と合意による抹消/債権者の同意が要る
図5 抵当権が消える三つの道。出典:民法378条・379条・380条、不動産登記法60条。実際にどれが使えるかを示す図ではなく、それぞれの起点が誰の側にあるかを示すもの。

第三取得者が使う場合でも、条件は軽くありません。民法382条は、抵当権消滅請求は抵当権の実行としての競売による差押えの効力が発生する前にしなければならないとします。時間で線が引かれているということです。そして384条1号は、書面の送付を受けた債権者が二箇月以内に抵当権を実行して競売の申立てをしないときに、提供された金額を承諾したものとみなすとしています。裏返せば、債権者は二箇月のうちに競売を申し立てることで、この道を通さないことができます。最後に386条は、登記をしたすべての債権者が承諾し、かつ第三取得者が払渡しまたは供託をしたときに抵当権が消滅すると定めます5

三つの道を並べると、同じ形が見えます。代価弁済は債権者が請求しなければ始まらない。抵当権消滅請求は債務者本人には閉じられ、第三取得者が使っても債権者が競売を申し立てれば通らない。民法は同意によらない道を用意しているようでいて、鍵は債権者の側に置いたままです。実務が同時決済という段取りに落ち着くのは、遠回りをするより先に、正面から同意を求めるほうが早いからです。

その同時決済にも、行き詰まりがあります。売主から見ると、代金は買主から入ります。買主は、抵当権が消えなければ払いたくない。債権者は、入金がなければ書面を出さない。三者が互いの先行を待つ形になります。これを解くのが民法533条の考え方です。同条は、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは自己の債務の履行を拒むことができるとします。どちらも先には動かなくてよい。ならば同じ場で同時に動かす。決済の日に、代金の支払、所有権移転登記の申請、抵当権抹消登記の申請を、その場でそろえます。

査定・調査 条件を組む 配分案の作成 諸費用を含む 債権者へ提示 同意を求める 売買契約 決済日を定める 決済・抹消 同日に行う 早い 遅い
図6 段階の順序。出典:不動産登記法60条、民法533条。日数は事案により異なるため示していない。三番目で同意が得られなければ、四番目以降には進めない。

この段取りが成り立つ条件は、ひとつです。債権者が配分案に同意していること。同意の中身は、いくらで売ることを認めるか、代金からどの費目にいくらを充てることを認めるかです。当社が債権者に示すのは、この配分案です。

売却代金 債権者への配当 諸費用 残る債務 代金から出るもの 決済後も残るもの ※ 割合は事案により異なる。図は費目の並びを示すもの。
図7 配分案に並ぶ費目。出典:民事執行法59条1項、不動産登記法68条。金額の割合も、控除の順序も表すものではない。実際の数字は債権者から示される配分案で確かめるもの。

同意が得られないことはあります。示した価格では配当が足りないと判断される場合。抵当権者が複数あって、後順位の債権者の取り分が立たない場合。担保不動産競売がすでに進んでいて、手続を止めない判断がされる場合。いずれも債権者の側の判断であり、当社が動かせるものではありません。費用と配分の考え方は費用と配分に、段階ごとの整理は今どこにいるかに置いています。

  • 抹消登記の申請人には抵当権者が加わる(不登法60条)
  • 登記識別情報は債権者の手元にある(同22条)
  • 利害関係人がいれば、その承諾も要る(同68条)
  • 債務者本人は抵当権消滅請求をできない(民法380条)
先に申し上げること 当社は、債権者が抹消に同意すると申し上げることができません。同意するかどうかは債権者の判断であり、当社に決める権限がないからです。同意が得られなければ同時決済は組めず、手続はそのまま進みます。また、被担保債権の存否や条項の効力、民法378条以下の要件に当たるかどうかの法律の判断は、弁護士・司法書士の領域です6。当社にできるのは、配分案を作り、債権者に示し、返ってきた回答をそのままお伝えすることまでです。手順は相談から引渡しまでに置いています。
小括 抵当権が付いた家を売ること自体は、民法369条1項・555条の下で可能です。売れないのは、抵当権が残る限り買主が所有権を失うおそれを負うからであり、代金にも物上代位が及びうるからです(民法372条・304条1項)。抹消登記は不動産登記法60条により共同申請であり、登記原因証明情報も登記識別情報も債権者の側にあります(同61条・22条)。民法378条以下は同意によらずに抵当権を消す道を置いていますが、代価弁済は抵当権者の請求を起点とし、抵当権消滅請求は380条により債務者と保証人には閉じられています。結局のところ、鍵は債権者の側にあります。本稿は条文の枠組みを追ったにとどまり、個別の事案で同意が得られるかどうかを示すものではありません。当社の役割と限界は私たちの立場に書いています。

  1. 本稿でいう同時決済は、代金の支払、所有権移転登記の申請、抵当権抹消登記の申請を同一の日時・場所で行う実務上の段取りを指す。法令上の用語ではない。
  2. 民事執行法184条は買受人の地位を保護する規定である。抵当権が存在する不動産について実行の申立てが通ること自体は、同法181条1項1号が前提としている。
  3. 民法372条は296条・304条・351条を抵当権に準用する。304条1項ただし書が求める差押えを誰がいつ行うべきかについては解釈が分かれる論点があり、本稿は条文が代金にも及びうると書いていることを示すにとどめる。
  4. 不動産登記法には、登記権利者が単独で抹消を申請できる場合も置かれている(69条、69条の2、70条4項など)。いずれも死亡や解散、期間の経過、所在不明といった限られた場面の規定であり、通常の売却における抹消がこれらに当たるものではない。
  5. 民法383条は、抵当権消滅請求をする第三取得者が登記をした各債権者に送付すべき書面を三つ挙げる。取得の原因や代価を記載した書面、登記事項証明書、そして二箇月以内に競売の申立てがないときは代価等を弁済または供託する旨を記載した書面である。385条は、競売の申立てをする債権者に債務者と譲渡人への通知を求めている。
  6. 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士でない者に禁じている。当社は宅地建物取引業者として売買の媒介と売却条件の調整を行い、法律の判断を要する事項は提携する弁護士・司法書士におつなぎしている。

参考文献

一次情報:https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000123

抵当権が付いたままでも、家を売ることはできますか。

売買契約を結び、所有権移転登記を申請すること自体はできます。民法369条1項の抵当権は占有を移さない担保であり、民法555条の売買を妨げるものではありません。ただし抵当権は所有者が変わっても消えず、被担保債権が弁済されなければ実行の申立てが通り得ます。買主は代金を払ったあとに家を失うおそれを負うことになるため、実際には買主が見つかりにくくなります。抵当権を残したままの売買が適するかどうかは、個別の事情によります。

抵当権の抹消登記は、所有者だけで申請できますか。

原則としてできません。不動産登記法60条は、権利に関する登記の申請は法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者および登記義務者が共同してしなければならないと定めています。抵当権の抹消では、登記名義人である抵当権者が登記義務者になります。したがって債権者が申請人に加わり、必要な書類を出さなければ、登記所は抹消を受け付けません。単独申請が認められるのは、死亡や解散、期間の経過、所在不明といった限られた場面についての規定によるものです。

債権者は、抹消に同意してくれるものですか。

同意するかどうかは債権者の判断であり、当社が見通しを申し上げる立場にありません。示した価格では配当が足りないと判断される場合、抵当権者が複数あって後順位の債権者の取り分が立たない場合、担保不動産競売がすでに進んでいて手続を止めない判断がされる場合など、同意に至らないことがあります。当社にできるのは、諸費用を含む配分案を作って債権者に示し、返ってきた回答をそのままお伝えすることまでです。

同時決済とは、どういう段取りですか。

代金の支払、所有権移転登記の申請、抵当権抹消登記の申請を、同じ日時と場所でそろえる実務上の段取りです。法令上の用語ではありません。買主は抵当権が消えなければ払いたくなく、債権者は入金がなければ書類を出さないという関係になるため、どちらも先には動かなくてよいとする民法533条の考え方を前提に、同じ場で同時に動かします。前提として債権者が配分案に同意していることが必要です。

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