要旨
抵当権の対抗要件は登記、建物賃借権の対抗要件は引渡しです。比べられるのはこの二つの時点で、契約書の日付ではありません。先なら賃貸人の地位が買受人に移り、後なら効力を失います。建物には六箇月の引渡猶予が置かれています。
相談の内容が、住宅ローンの返済からずれることがあります。相続した家を人に貸している。あるいは、自分が借りて住んでいる建物のほうに競売の話が出ている。景色は違って見えますが、共通しているものがひとつあります。その建物の上に、抵当権という他人の権利が置かれているという点です。
貸している側からも借りている側からも、最初に出てくる問いは同じです。この賃貸借は、競売で買った人に対しても主張できるのか。民法と借地借家法は、この問いに「登記の先後による」という形の答えを用意しています。本稿は、その先後が何と何の先後なのかを条文から確かめ、後になった側に何が残るのかまでを追います1。
先に見取り図を書いておきます。競売の売却は、不動産の上に載っている権利を一律に消すわけではありません。消えるものと、消えないものと、買受人が引き継ぐものが、条文の側で分けられています。賃借権はその分け目のちょうど上に置かれており、どちらに落ちるかが先後で決まります。
図1 先後によって分かれる二つの立場。出典:民法605条の2第1項、民事執行法59条2項。どちらに当たるかは個別の登記記録と事実関係によるため、この図は分類の存在を示すにとどまる。
1. 建物の上に権利が重なるという状態
ひとつの建物に、複数の人の権利が同時に成り立つことがあります。所有者がいて、その所有者から借りている賃借人がいて、そこにお金を貸した銀行の抵当権が付いている。三者は互いに争っているわけではなく、平常時にはそれぞれの権利が並んで存在しています。
抵当権が特徴的なのは、占有を移さない担保だという点です。民法369条1項は、抵当権者は債務者または第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有すると定めます。占有を移さないから、抵当権が付いていても人は住み続けられるし、貸すこともできます。目に見える変化が起きないことが、この権利の使いやすさであり、同時に見落とされやすさでもあります。
平常時に並んでいた権利は、競売で順序を問われます。その仕分けを一手に引き受けている条文が、次のものです。
民事執行法59条(売却に伴う権利の消滅等)
不動産の上に存する先取特権、使用及び収益をしない旨の定めのある質権並びに抵当権は、売却により消滅する。
2 前項の規定により消滅する権利を有する者、差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は、売却によりその効力を失う。
4 不動産の上に存する留置権並びに使用及び収益をしない旨の定めのない質権で第二項の規定の適用がないものについては、買受人は、これらによつて担保される債権を弁済する責めに任ずる。
一項で抵当権が消えます。二項で、その抵当権に対抗できない権利が一緒に効力を失います。対抗できない賃借権は、抵当権と道連れになるということです。
ところが四項を読むと、景色が変わります。留置権と、使用および収益をしない旨の定めのない質権については、買受人がその債権を弁済する責めに任ずるとされています。消えないどころか、買った人が負担を引き受ける。売却によってすべてが白紙になるわけではないことが、この一項で分かります。条文は「消える」「効力を失う」「引き受ける」の三通りを書き分けています2。
図2 売却による権利の仕分け。出典:民事執行法59条1項・2項・4項、62条1項2号。個別の権利がどちらに入るかを判定する図ではなく、条文が三通りの扱いを書き分けていることを示すもの。
この仕分けは、動かせないものでもありません。同条5項は、利害関係を有する者が売却基準価額が定められる時までに一項・二項・四項と異なる合意をした旨の届出をしたときは、売却による権利の変動はその合意に従うとしています。合意で変えられる余地が、時期を区切って置かれているということです。
そして、仕分けの結果は書面になります。民事執行法62条1項2号は、裁判所書記官が作成する物件明細書の記載事項として「不動産に係る権利の取得及び仮処分の執行で売却によりその効力を失わないもの」を挙げています。消えない賃借権は、この紙の上に書き出されます。買う側はここを読んで値を決め、住んでいる人はここで自分の立場が扱われる。相談の場で建物の登記事項証明書を拝見するのは、その前の段階で先後を確かめるためです。
図3 比べられる二つの時点の位置。出典:民法177条、借地借家法31条、民事執行法45条。この並び順は一例であり、実際の先後は事案ごとに登記記録と引渡しの時期で決まる。各点の間隔は期間を表すものではない。
2. 民法177条と借地借家法31条が定める二つの物差し
先後を測る物差しは、権利の種類によって違います。まず不動産の物権について、民法は次のように定めます。
民法177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
抵当権は物権です。したがって登記をしなければ第三者に対抗できず、逆にいえば登記をした時点が、抵当権が対抗力を得た時点になります。同一の不動産に数個の抵当権があるときの順位も登記の前後によります(民法373条)。抵当権の側の物差しは、登記だけです。
賃借権の側はどうか。民法605条は、不動産の賃貸借はこれを登記したときに第三者に対抗できると定めます。ただし賃借権の登記は、賃貸人の協力がなければできません。借りる側が単独で備えられるものではないということです。そこで建物については、別の物差しが用意されています。
借地借家法31条(建物賃貸借の対抗力)
建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。
建物を引き渡された時点で、賃借人は対抗力を得ます。鍵を受け取って住み始めることが、そのまま対抗要件になるという構造です。
この条文で目を留めたいのは「その後」の三文字です。効力が及ぶのは、引渡しの後にその建物について物権を取得した者に対して、と書かれています。条文の側が、時間の前後をあらかじめ埋め込んでいるということです。引渡しより前に登記を済ませていた抵当権者は、この「その後」に入りません。先後が問われるのは、条文がそう書いているからです。
借地であれば、借地権者が登記されている建物を所有することが対抗要件になります(借地借家法10条1項)。同法30条は、この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは無効とすると定めており、引渡しによる対抗力を特約で引き下げることもできません3。
そのうえで比べられるのは、抵当権設定登記の日付と、建物の引渡しの時期です。契約書の日付ではありません。住み始めた時期が抵当権の登記より前かどうかが問われます。住宅ローンの多くは、購入と同時に抵当権が設定されます。その家をあとから借りた人は、通常は後になります。
対抗要件を備えることの意味は、買受人との関係だけにとどまりません。民法605条の4は、605条の2第1項に規定する対抗要件を備えた賃借人は、その不動産の占有を第三者が妨害しているときは妨害の停止を、第三者が占有しているときは返還を請求することができるとします。対抗要件は、外の誰かを排除する力にもなっています。備えているかどうかは、競売の場面が来る前から効いているということです。
3. 後になった賃借権に残されているもの
先になった場合から確かめます。対抗要件を備えた賃貸借がある不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は譲受人に移転します(民法605条の2第1項)。買受人は代金を納付した時に不動産を取得しますから(民事執行法79条)、そこから先の大家は買受人です。敷金の返還に係る債務も譲受人が承継します(民法605条の2第4項)。賃借人の側で新しく契約を結び直す必要はありません。
ただし、同条3項が一段置いています。賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。買受人が登記を経るまでは、賃借人に対して自分が大家だと言えないということです。賃料を誰に払うのかという素朴な問いに、条文はここで答えを置いています。買った側にとっては、登記が済むまで賃料を請求できないという意味にもなります。
図4 対抗できる賃借権があった場合の権利の動き。出典:民事執行法79条、民法605条の2第1項・3項・4項。矢印は関係の向きを示すもので、時間の前後や金額を表すものではない。対抗できない場合はこの動き方をしない。
後になった場合はどうか。賃借権は売却により効力を失います。ただし民法は、建物についてだけ、時間の猶予を置いています。
民法395条1項(抵当建物使用者の引渡しの猶予)
抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。
一 競売手続の開始前から使用又は収益をする者
六箇月という数字は条文に書かれています。ただしこれは賃貸借が続くという意味ではありません。条文が与えているのは、引き渡すことを要しないという猶予だけです。しかも同条2項は、買受けの時より後の使用の対価について買受人が一箇月分以上の支払を催告し、相当の期間内に履行がないときは適用しないとしています。使用の対価を払わなければ、猶予は外れます。
一号の限定にも目を留めてください。猶予の対象は「競売手続の開始前から使用又は収益をする者」です。開始後に借りた人は、猶予の対象ですらありません。条文は、対抗できるかどうかとは別の線を、開始決定のところにもう一本引いています。
図5 買受人が現れたあとに分かれる二つの結末。出典:民法395条1項、民法605条の2第1項。猶予の期間内に何ができるかを示す図ではなく、条文が置いている区分を示すもの。
買受人の側から見ると、対になる条文が民事執行法83条です。同条1項は、執行裁判所が代金を納付した買受人の申立てにより、債務者または占有者に対し不動産を引き渡すべき旨を命ずることができるとします。ただし、ただし書があります。事件の記録上買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者に対しては、命令を出せません。先ほどの物件明細書が、ここで効いてきます。書面に何が書かれているかが、そのまま結果に結びつく場面です。
期間の書き方にも差があります。民法395条1項の猶予は「買受けの時」から六箇月です。これに対して民事執行法83条2項は、買受人が「代金を納付した日」から六月(買受けの時に抵当建物使用者が占有していた建物では九月)を経過したときは引渡命令の申立てをすることができないとしています。起点となる語も、数え方も、条文ごとに違います4。六箇月という数字だけを覚えて手元の日付に当てはめると、ずれることがあります。
図6 二つの条文が置く期間。出典:民法395条1項、民事執行法83条2項。起点となる日が条文ごとに異なるため、この図は前後の並びだけを示す。実際の日数を計算するための図ではない。
もうひとつ、先後をあとから動かす仕組みが条文に置かれています。民法387条1項は、登記をした賃貸借は、その登記前に登記をしたすべての抵当権者が同意をし、かつその同意の登記があるときは、同意をした抵当権者に対抗することができるとします。抵当権者の同意によって、後だった賃借権が対抗できるようになる。ただし三つが揃わなければ働きません5。
図7 民法387条1項が求めるもの。出典:民法387条1項・2項。同意が得られるかどうかを示す図ではなく、条文が並べている条件を示すもの。
貸している側にとっては、別の面もあります。任意売却で売る場合、買主にとって賃借人がいる建物は用途が限られます。買主の探し方が変わり、条件の組み方も変わります。競売との違いは任意売却と競売は、何が違うかに、ほかの手は任意売却以外の選択肢に整理しました。
- 抵当権の物差しは登記(民法177条)
- 建物賃借権の物差しは引渡し(借地借家法31条)
- 消えない権利は物件明細書に載る(民執法62条1項2号)
- 後になっても、建物には六箇月の猶予がある
先に申し上げること
ご自身の賃貸借が抵当権に対抗できるかどうかを、当社が判定することはできません。引渡しの時期の認定や、対抗力の有無についての結論は法律の判断であり、弁護士・司法書士の領域です。民法395条の猶予に当たるかどうか、民事執行法83条1項ただし書の「対抗することができる権原」に当たるかどうかも同じです。当社にできるのは、登記記録と契約書に書かれている日付を一緒に確かめ、その状況で売却の条件をどう組めるかを整理することまでです
6。段階ごとの整理は
今どこにいるかに置いています。
小括
抵当権の対抗要件は登記であり(民法177条)、建物賃借権の対抗要件は引渡しです(借地借家法31条)。比べられるのはこの二つの時点で、契約書の日付ではありません。競売の売却は権利を一律に消すのではなく、消えるもの・効力を失うもの・買受人が引き受けるものを書き分けています(民事執行法59条1項・2項・4項)。先であれば賃貸人の地位が買受人に移り(民法605条の2第1項)、後であれば効力を失いますが、建物については六箇月の引渡猶予が置かれています(民法395条1項)。ただし猶予の対象は競売手続の開始前から使用する者に限られ、引渡命令の申立期間は別の起点から数えられます(民事執行法83条2項)。本稿は条文の枠組みを追ったにとどまり、個別の賃貸借がどちらに当たるかを判定するものではありません。当社の役割と限界は
私たちの立場に書いています。
注
- 本稿は建物の賃貸借を中心に扱う。土地の賃借権については借地借家法10条1項が別の対抗要件(借地権者が登記されている建物を所有すること)を定めており、民法395条の引渡猶予も建物についてのみ置かれている。↩
- 民事執行法59条4項が挙げるのは、留置権と、使用および収益をしない旨の定めのない質権で同条2項の適用がないものである。買受人が弁済の責めに任ずる範囲は、これらによって担保される債権に限られる。同条3項は、差押えや仮差押えの執行、対抗することができない仮処分の執行が売却により効力を失うことを別に定めている。↩
- 借地借家法30条は、同法第三章第二節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものを無効とする。31条はこの節に含まれるため、引渡しによる対抗力を特約で奪うことはできない。↩
- 民法395条1項は「買受けの時から六箇月」と書き、民事執行法83条2項は「代金を納付した日から六月」と書く。後者の括弧書きは、買受けの時に抵当建物使用者が占有していた建物の買受人について九月とする。いずれの期間がどう働くかの評価は法律の判断であり、本稿は条文の文言が異なることを示すにとどめる。↩
- 民法387条2項は、抵当権者が同意をするには、その抵当権を目的とする権利を有する者その他抵当権者の同意によって不利益を受けるべき者の承諾を得なければならないとする。同意の登記に至るまでの関係者が多いことが、条文の上からも読み取れる。↩
- 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士でない者に禁じている。当社は宅地建物取引業者として売買の媒介と売却条件の調整を行い、法律の判断を要する事項は提携する弁護士・司法書士におつなぎしている。↩
参考文献