権利証をなくすと、家の所有権を失うのですか。
不動産登記法2条14号は、登記識別情報を、登記名義人自らが登記を申請していることを確認するために用いられる符号その他の情報と定義しています。権利そのものではありませんので、手元になくなったことで所有権が動くわけではありません。ただし、共同申請では登記義務者の登記識別情報の提供が求められますので(22条)、提供できない場合には同法23条以下の別の手順を踏むことになります。手順の選択は司法書士が判断します。
要旨
登記識別情報は、登記名義人本人が申請していることを確かめる符号です(不動産登記法2条14号)。権利そのものではありません。共同申請では登記義務者である売主の側から提供され(22条)、提供できないときの手順も条文に置かれています。
キーワード契約と登記/登記識別情報
「権利証はお持ちですか」。決済の日取りが決まるころ、司法書士からこう尋ねられます。仏壇の引き出しから厚紙の冊子が出てくる家もあれば、封のされた薄い紙が出てくる家もあります。呼び名だけが昔のまま残り、中身のほうが入れ替わったからです。
平成十六年の不動産登記法は、登記済証に代えて登記識別情報という仕組みを置きました。これは所有権そのものではありません。同法2条14号は、これを登記名義人自らが登記を申請していることを確認するために用いられる符号その他の情報だと定義しています。本稿は、民法177条が登記に与えている役割と、登記識別情報が果たしている役割が別のものであることを条文から確かめます1。
所有権が移る理由と、それを他人に主張できる理由は、民法の中で別に置かれています。まず前者から見ます。民法176条は、物権の設定および移転は当事者の意思表示のみによってその効力を生ずると定めます。売買であれば、意思表示のときに所有権が動く形です。登記も、代金の支払も、条文の側には書かれていません。もっとも、いつの意思表示で移るのかは条文が答えを置いていない論点で、実務では契約書の中に移転の時期を定めます2。
後者の条文が、次に来ます。
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
「対抗することができない」という書き方です。登記がなければ物権が移らない、とは書かれていません。移った物権を第三者に主張できない、と書かれています。買主にとって所有権の移転登記は、権利を発生させる手続ではなく、権利を主張できる状態を作る手続です。
その「第三者」が誰を指すのかを、177条は定義していません。手がかりは、隣の法律の側にあります。
詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた第三者は、その登記がないことを主張することができない。
2 他人のために登記を申請する義務を負う第三者は、その登記がないことを主張することができない。ただし、その登記の登記原因が自己の登記の登記原因の後に生じたときは、この限りでない。
民法177条が正面から輪郭を描かなかったところに、不動産登記法が二つの類型を名指しで置いた形です。登記がないことを持ち出せない者がいるということを、条文の側が認めています。もっとも、この二つで第三者の範囲が尽きるわけではありません。ここから先は判例の積み重ねに委ねられており、本稿は立ち入りません。
不動産登記法の側でも位置づけは一貫しています。同法3条は登記することができる権利の一号に所有権を挙げ、同法4条1項は、同一の不動産について登記した権利の順位は法令に別段の定めがある場合を除き登記の前後によると定めます。誰が先に登記したかが、そのまま優劣になります。ちなみに動産では別の条文が働きます。民法178条は、動産に関する物権の譲渡は引渡しがなければ第三者に対抗することができないとします。同じ日に家を渡しても、家具と建物では対抗要件の置かれ方が違うということです。
売主の側には、これに対応する義務があります。民法560条は、売主は買主に対し、登記その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負うと定めます。移転登記に協力することは、売主が負っている債務のひとつです3。用語の整理は用語集に置きました。
人で切ると、当事者以外の名前も登記記録に現れます。競売の手続が始まっていれば、差押えの登記がされています。この登記は当事者が申請するものではありません。民事執行法48条1項は、強制競売の開始決定がされたときは裁判所書記官が直ちに差押えの登記を嘱託しなければならないと定め、同法188条がこれを担保不動産競売に準用します。不動産登記法16条1項が「当事者の申請又は官庁若しくは公署の嘱託」と二つを並べているのは、こうした場面があるからです。登記記録は、所有者の知らないところでも動きます。
では、権利証と呼ばれてきたものは何なのか。不動産登記法は、登記を完了したときに登記所から通知される情報として、これを組み立てています。
登記官は、その登記をすることによって申請人自らが登記名義人となる場合において、当該登記を完了したときは、法務省令で定めるところにより、速やかに、当該申請人に対し、当該登記に係る登記識別情報を通知しなければならない。ただし、当該申請人があらかじめ登記識別情報の通知を希望しない旨の申出をした場合その他の法務省令で定める場合は、この限りでない。
通知されるのは「申請人自らが登記名義人となる場合」です。家を買って所有権の移転登記を受けたとき、買主に通知されます。逆にいえば、新しく登記名義人になる者がいない登記では通知されません。ただし書にも注意が要ります。あらかじめ希望しない旨を申し出た場合などには、そもそも通知されないことがあります。
通知された情報は、次に売るときに使われます。同法22条は、登記権利者および登記義務者が共同して権利に関する登記を申請する場合には、申請情報と併せて登記義務者の登記識別情報を提供しなければならないと定めます。所有権の移転登記では、登記義務者は売主です。売主が自分の登記識別情報を登記所に提供する、という形になります。買主に手渡す書類ではありません。抵当権の抹消登記の側で誰が何を出すのかは抹消登記に誰が加わるかに書きました。
ここから、呼び名の与える印象と条文の建て付けがずれていることが分かります。登記識別情報は、本人が申請していることを確かめるための符号です。持っているから所有者になるのでも、失ったから所有権を失うのでもありません。同法152条は登記官に安全管理の措置を義務づけ、同法161条は不実の登記をさせる目的で登記識別情報を取得する行為を罰しています。情報として守られるべきものだ、という扱いです。
守られる情報がある一方で、開かれている情報もあります。同法119条1項は、何人も、手数料を納付して登記事項証明書の交付を請求することができると定めます。誰が所有者で、どの抵当権が付いているかは、事情を説明しなくても第三者が確かめられるということです。任意売却を検討する段階で「まわりに知られたくない」と伺うことがありますが、登記記録そのものは、はじめから公開の仕組みの上にあります。
ただし、同じ条文の6項が例外を置いています。登記記録に記録されている自然人の住所が明らかにされることにより、人の生命もしくは身体に危害を及ぼすおそれがある場合、またはこれに準ずる程度に心身に有害な影響を及ぼすおそれがある場合として法務省令で定める場合において、その者からの申出があったときは、住所に代わるものとして法務省令で定める事項を記載しなければならないとされています4。
もうひとつ、隣に置かれた条文を並べます。同法121条3項は、登記簿の附属書類について、「正当な理由があるとき」に限り閲覧を請求できるとしています。同条4項は、登記を申請した者が自己を申請人とする分の閲覧を請求できることを別に定めます。登記された結果は誰でも見られるが、申請のときに出した書類はそうではないという線が、条文の側に引かれているということです。
見当たらない、という事態は起こります。同法22条のただし書は、通知されなかった場合その他の提供することができないことにつき正当な理由がある場合を、本文の適用から外しています。そのうえで、別の確認の方法が置かれています。
ひとつは事前通知です。同法23条1項は、提供できないときに、登記官が登記義務者に対して申請があった旨を通知し、申請の内容が真実であると思料するときは法務省令で定める期間内にその旨の申出をすべき旨を通知しなければならないと定めます。そして登記官は、その期間内にあっては申出がない限り登記をすることができません。期間内に申出がないときは、同法25条10号により申請は却下されます。所有権に関する申請で登記義務者の住所について変更の登記がされているときは、登記記録上の前の住所にも通知が送られます(23条2項)。
この期間が何日かは、条文に書かれていません。「法務省令で定める期間」とあるだけです。日数を知りたい場面でこそ、条文は数字を持っていない。本稿が日数を書かないのは、そこに書いていないからです。
もうひとつは、同条4項が置く例外です。登記の申請の代理を業とすることができる代理人から、申請人が登記義務者であることを確認するために必要な情報の提供を受け、登記官がその内容を相当と認めるとき(1号)。または公証人による認証がされ、登記官がその内容を相当と認めるとき(2号)。これらの場合には、事前通知の規定は適用されません5。
除外の向きが逆になっている項もあります。同条3項は、登記官が25条(10号を除く)の規定により申請を却下すべき場合には、1項・2項を適用しないとしています。管轄が違う、権限のない者の申請である、添付すべき情報が提供されていない。そうした不備がある申請について、事前通知の手間はかけない、という組み立てです。事前通知は、申請そのものが形として整っていることを前提に置かれた仕組みだということになります。
この分岐は、決済の日程に影響し得ます。事前通知による場合には、申出を待つ期間が手続の中に入るからです。書類の所在は、日取りを決める前に確かめておく値打ちがあります。ただし、どの方法によるかを選ぶのは登記の手続の話であり、司法書士が判断する事柄です。当社が方法を選んだり、登記が通ると申し上げたりすることはありません。手続の全体は相談から引渡しまでに、段階ごとの整理は今どこにいるかに置いています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
不動産登記法2条14号は、登記識別情報を、登記名義人自らが登記を申請していることを確認するために用いられる符号その他の情報と定義しています。権利そのものではありませんので、手元になくなったことで所有権が動くわけではありません。ただし、共同申請では登記義務者の登記識別情報の提供が求められますので(22条)、提供できない場合には同法23条以下の別の手順を踏むことになります。手順の選択は司法書士が判断します。
影響し得ます。不動産登記法23条1項による事前通知の方法をとる場合、登記官が登記義務者に通知し、法務省令で定める期間内に申出がない限り登記をすることができないとされています。申出を待つ期間が手続の中に入るためです。他方、同条4項1号の資格者代理人による本人確認情報の提供などが認められる場合には、事前通知の規定は適用されません。どの方法によるかは司法書士の判断になります。
ありません。登記識別情報は他人に知られない状態で保管されるべき符号です。不動産登記法152条は登記官に安全管理の措置を義務づけ、同法161条は不実の登記をさせる目的で登記識別情報を取得する行為を罰しています。売却の相談にあたって、当社が符号そのものを拝見する必要はありません。決済の場でこれを扱うのは、登記の申請を代理する司法書士です。
民法177条は、不動産に関する物権の得喪および変更は登記をしなければ第三者に対抗することができないと定めています。登記がなければ、買主は取得した権利を第三者に主張できません。あわせて同法560条は、売主が買主に対して対抗要件を備えさせる義務を負うと定めます。実務で代金の支払と登記の申請を同じ日に並べるのは、この二つの条文が前提にあるためです。
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