差押えの登記がされたら、すぐに家を出なければならないのですか。
民事執行法46条2項は「差押えは、債務者が通常の用法に従つて不動産を使用し、又は収益することを妨げない」と定めています。差押えの登記がされた日から住めなくなる、とは条文に書かれていません。制限が加わっているのは、通常の用法を超える処分の側です。ただし手続が進めば、売却と引渡しの段階に至ります。いつまで住めるかは事案により異なり、当社が期間を申し上げることはしていません。
要旨
差押えの登記は、所有権が移ったことの記録ではありません。不動産登記法3条にいう「処分の制限」の登記です。民事執行法46条2項は、差押えが通常の用法に従った使用収益を妨げないと明記しています。登記の前後が効いてくるのは、配当を受ける債権者の範囲のほうです。
キーワード契約と登記/差押え/不動産登記
裁判所から届いた封筒を開けると、「担保不動産競売開始決定」と書かれた書面が入っています。そのあとで登記事項証明書を取ってみると、権利部の甲区に「差押」の二文字が記録されている。相談の場でこの写しをお持ちになった方から、たいてい同じことを尋ねられます。登記に差押えと入ったのだから、もうこの家は自分のものではないのではないか、と。
差押えの登記は、所有権が誰かに移ったことを記録するものではありません。民事執行法は、開始決定において不動産を差し押さえる旨を宣言すると定め(45条1項)、その登記を裁判所書記官が嘱託すると定めています(48条1項)。本稿は、この登記が何を記録し、何を記録していないのかを、条文にさかのぼって確かめます1。
順に三つを見ます。この登記が誰の手で入り、登記簿に何が記録されるか。民事執行法46条が「妨げない」と書くものと、その隣の条文が別に手当てするものは何か。そして登記が入ったあと、同じ一つの記録が債務者・賃借人・買受人にとって何を意味するか。三つ目がいちばん長くなります。
執行裁判所は開始決定をし、その決定のなかで債権者のために不動産を差し押さえる旨を宣言します(民事執行法45条1項)。この決定は債務者に送達されます(同条2項)。ここまでは裁判所の内側の話で、登記はまだ出てきません。
登記が現れるのは次の条文です。開始決定がされたときは、裁判所書記官が直ちに差押えの登記を嘱託しなければならない(同法48条1項)。そして登記官は、嘱託に基づいて登記をしたときに、その登記事項証明書を執行裁判所に送付します(同条2項)。申請ではなく嘱託です。所有者が申し出るものでも、債権者が持ち込むものでもなく、裁判所書記官の職務として登記所へ送られます。所有者の側に、この登記を止める手続は用意されていません2。
ここで、そもそも「差押え」とは何かを条文に探すと、行き止まりに当たります。民事執行法は、この語の定義を置く条文を持っていません。45条1項が差し押さえる旨を宣言すると書き、46条が効力の生ずる時と及ばない範囲を書き、55条が価格を守るための手当てを書き、59条が売却の際の帰趨を書く。条文は一か所に答えを置かず、働き方を分けて書いています。差押えが何を意味するかは、これらを並べて読むことでしか出てきません。
不動産登記法の側から見ると、この登記は所有権の移転を記録するものではありません。同法3条は、登記が不動産の表示または権利の「保存等」についてされると定め、その保存等に処分の制限を含めています。差押えは、この処分の制限にあたります。つまり登記簿に記録されているのは、所有者が誰かということではなく、その所有権に制限が加わっているという事実です。
では、その記録には何が書かれるのか。不動産登記法59条は、権利に関する登記の登記事項として、登記の目的(1号)、申請の受付の年月日及び受付番号(2号)、登記原因及びその日付(3号)、権利者の氏名または名称および住所(4号)などを挙げています。受付の年月日が、独立した登記事項として2号に置かれている。差押えの効力がいつ生じたかを後から確かめる手がかりは、この日付にあります。
差押えの効力が生じたことは、登記の外側でも起点として働きます。民事執行法49条1項は、差押えの効力が生じた場合に、裁判所書記官が配当要求の終期を定めなければならないとします。同条2項は、終期を定めたときは開始決定がされた旨と終期を公告し、あわせて87条1項3号・4号に掲げる債権者と、租税その他の公課を所管する官庁または公署に対し、債権の存否・原因・額を終期までに届け出るよう催告しなければならないと定めます3。登記と前後して、公告と催告という別の書面が動き出します。
差押えの効力については、独立した条文が置かれています。
差押えの効力は、強制競売の開始決定が債務者に送達された時に生ずる。ただし、差押えの登記がその開始決定の送達前にされたときは、登記がされた時に生ずる。
2 差押えは、債務者が通常の用法に従つて不動産を使用し、又は収益することを妨げない。
1項が定めているのは、効力の生ずる時です。原則は送達の時。ただし登記が送達より前にされたときは、登記の時。先に来たほうが基準になります。登記事項証明書に記録された受付の年月日は、この意味で読む値打ちがあります。
そして2項です。差押えは、債務者が通常の用法に従って不動産を使用し、または収益することを妨げない。条文にこう書いてあります。差押えの登記が入ったからといって、その日から住めなくなるわけではありません。相談の場でいちばん多い誤解が、ここで解けます。制限が加わっているのは、通常の用法を超える処分の側です。
ところが、その「通常の用法」に定義規定はありません。民事執行法は、どこまでが通常の用法かを書いていない。条文はここに答えを置いていないと、まず確かめておく必要があります。手がかりになるのは、少し先の55条です。同条1項は、債務者または不動産の占有者が価格減少行為をするときに、差押債権者の申立てにより、買受人が代金を納付するまでの間、執行裁判所が保全処分などを命ずることができるとし、価格減少行為を括弧書きで「不動産の価格を減少させ、又は減少させるおそれがある行為」と説明しています。
ここに但書が付いていることも見ておきます。価格の減少またはそのおそれの程度が軽微であるときは、この限りでない。おそれがあっても、程度が軽微であれば命じられない書き方です。46条2項が妨げないと書く側と、55条が手当てする側は、こうして背中合わせに置かれています4。
では処分の側はどうなるのか。売却の場面を定めた条文が答えています。
不動産の上に存する先取特権、使用及び収益をしない旨の定めのある質権並びに抵当権は、売却により消滅する。
2 前項の規定により消滅する権利を有する者、差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は、売却によりその効力を失う。
3 不動産に係る差押え、仮差押えの執行及び第一項の規定により消滅する権利を有する者、差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない仮処分の執行は、売却によりその効力を失う。
2項も3項も、効力を失う時点を売却に置いています。差押えの後にされた権利の取得が、その場で無効になると書かれているのではありません。売却という出口の一点に、消滅と失効をそろえる書き方です5。3項が差押えの執行そのものを挙げている点にも注意が要ります。差押えは、売却によって役目を終えるものとして書かれています。
失う側があれば、失わない側もあります。同法62条1項は、裁判所書記官が物件明細書を作成しなければならないとし、その記載事項の2号に「不動産に係る権利の取得及び仮処分の執行で売却によりその効力を失わないもの」を挙げています。59条が失う側を定め、62条が失わない側を書面に載せる。同条2項により、その写しは一般の閲覧に供されます。
登記された時点が意味を持つ場面は、もうひとつあります。配当を受けるべき債権者の範囲です。同法87条1項は、差押えの登記前に登記された仮差押えの債権者(3号)と、差押えの登記前に登記された先取特権・質権・抵当権で売却により消滅するものを有する債権者(4号)を挙げています。登記の前後が、金銭の分け方に直結する形です。不動産登記法4条1項も、同一の不動産について登記した権利の順位は登記の前後によると定めています。用語の整理は用語集に置きました。
差押えの登記がされた段階でも、任意売却の話が終わるわけではありません。競売の申立てが取り下げられれば手続は終わり、登記も残りません。ただし、買受けの申出があった後に申立てを取り下げるには、最高価買受申出人または買受人などの同意が必要になります(同法76条1項)。取下げの自由が細くなる時点が、条文の上で決まっているということです。段階ごとの並びは今どこにいるかに整理しました。
ここから、同じ登記が人によってどう違って働くかを見ます。債務者については、46条2項により通常の用法での使用収益が妨げられません。賃借人はどうか。借地借家法31条は、建物の賃貸借は登記がなくても引渡しがあったときはその後その建物について物権を取得した者に対し効力を生ずると定めています。抵当権より先に引渡しを受けていた賃借人と、後から借りた賃借人とでは、売却後の立場が変わります。
後者について、民法は猶予の規定を置いています。395条1項は、抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用または収益をする者のうち、競売手続の開始前から使用収益をする者などは、買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは建物を買受人に引き渡すことを要しないとします。出ていくことになるとしても、条文は六箇月という数字を置いています。民事執行法83条2項も、引渡命令の申立てを、代金納付の日から六月、抵当建物使用者が占有していた建物では九月に限っています6。
登記が入ったあとには、家の中に人が入る場面も条文上用意されています。民事執行法57条1項は、執行裁判所が執行官に対し不動産の形状・占有関係その他の現況について調査を命じなければならないとします。同条2項は、執行官が調査に際して不動産に立ち入り、債務者や占有する第三者に質問をし、文書の提示を求めることができるとし、3項は必要があるときに閉鎖した戸を開くため必要な処分をすることができるとしています。使用収益は妨げられない一方で、調査は入ります。矛盾ではなく、別々の条文がそれぞれの範囲を書いているだけです。
手続が最後まで進んだ場合も、登記は残り続けません。買受人が代金を納付したときは、裁判所書記官が、買受人の取得した権利の移転の登記、売却により消滅した権利の登記の抹消、そして差押えの登記の抹消を嘱託します(同法82条1項各号)。入るときと同じく、出るときも嘱託です7。
他方で、この登記は公示されるという性質を持ちます。不動産登記法119条1項は、何人も、登記官に対し、手数料を納付して登記事項証明書の交付を請求することができると定めています。誰が請求したかが本人に知らされる仕組みは、条文に置かれていません。競売と任意売却で何が違うかは任意売却と競売は、何が違うかにまとめました。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民事執行法46条2項は「差押えは、債務者が通常の用法に従つて不動産を使用し、又は収益することを妨げない」と定めています。差押えの登記がされた日から住めなくなる、とは条文に書かれていません。制限が加わっているのは、通常の用法を超える処分の側です。ただし手続が進めば、売却と引渡しの段階に至ります。いつまで住めるかは事案により異なり、当社が期間を申し上げることはしていません。
申請ではなく嘱託です。民事執行法48条1項は、開始決定がされたときは裁判所書記官が直ちに差押えの登記を嘱託しなければならない、と定めています。登記官は、その嘱託に基づいて登記をしたときに、登記事項証明書を執行裁判所に送付します(同条2項)。所有者や債権者が登記所へ持ち込むものではなく、所有者の側にこの登記を止める手続も用意されていません。
買受人が代金を納付したときは、裁判所書記官が、買受人の取得した権利の移転の登記、売却により消滅した権利などの登記の抹消、そして差押えの登記の抹消を嘱託します(民事執行法82条1項各号)。入るときと同じく、出るときも嘱託によります。競売の申立てが取り下げられて手続が終わる場合もありますが、買受けの申出があった後の取下げには、最高価買受申出人などの同意が必要になります(同法76条1項)。
不動産登記法119条1項は「何人も、登記官に対し、手数料を納付して、登記記録に記録されている事項の全部又は一部を証明した書面……の交付を請求することができる」と定めています。差押えの登記も登記記録の一部ですから、請求した人には見えます。不利な情報として先にお伝えしておきます。誰がいつ請求したかを当社が把握することはできません。
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