引渡しの前に地震で家が壊れたら、買主は代金を払うのですか。
民法536条1項は、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒むことができると定めています。引渡債務の債権者は買主ですから、条文の枠組みとしては代金の支払を拒むことができる場面です。ただし実際の売買契約書には危険負担に関する条項が置かれるのが通例で、扱いはその定めによります。条項の解釈は法律の判断ですので、当社が結論を申し上げることはしていません。
要旨
契約した日と鍵を渡す日は同じではありません。任意売却では債権者の承認や抵当権抹消の段取りが挟まり、その空白が長くなることがあります。民法は危険が移る時点を引渡しに置きました。引渡しの前と後で、代金の支払を拒めるかどうかが入れ替わります。
キーワード契約と登記/危険負担
売買契約を結んだ日と、鍵を渡す日は、同じ日ではありません。任意売却では、その間に債権者の承諾を取り、抵当権の抹消の段取りを組み、配分案を確定させます。買主の住宅ローンの審査も進みます。数週間、事情によってはそれ以上の日数が空きます。その間、家はまだ売主の名義のまま、そこに建っています。
この期間に、地震で建物が傾いたら。落雷で焼けたら。台風で屋根が飛んだら。買主は代金を払わなければならないのか。売主は引き渡す義務を負い続けるのか。民法はこれを危険負担の問題として扱い、536条と567条に規律を置いています。本稿は、この二つの条文が引渡しという一点をどう扱っているのかを確かめ、契約から引渡しまでの空白について何が言えるのかを整理します1。
通常の売却でも、契約から決済までには日数が空きます。任意売却では、そこに手続が重なります。売却の条件を債権者に示し、配分案の承認を得る。抵当権者が複数いれば、それぞれの了解が要ります。抹消の書類は決済の場で受け渡すことが多く、その段取りも組みます。これらは一日で終わる作業ではありません。
この空白の間、建物は売主が管理しています。ところが任意売却に至る過程では、管理の手が薄くなっていることがあります。返済のために転居して空き家になっている。火災保険の保険料が引き落とせずに失効している。相談の場で保険証券を確認すると、契約が切れていたと分かることがあります2。
つまりこの区間は、法律上の危険負担の問題であると同時に、実際の備えが薄くなりやすい区間でもあります。条文がどちらに損失を割り付けるかという話と、割り付けられた側に支払える原資があるかという話は、別々に立ちます。
まず、引渡しの前の規律を読みます。
当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
建物が滅失して引渡しができなくなった場合、引渡債務の債権者は買主です。当事者のどちらの責めにも帰せない事由であれば、買主は反対給付、すなわち代金の支払を拒むことができます。ここで注意したいのは、条文が定めているのが履行を拒むことができるという効果にとどまる点です。契約が当然に消えるとは書かれていません。契約から離脱するには、541条・542条による解除が別に必要になります3。
次に、引渡しの後です。
売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。
民法は、危険が移る時点を引渡しに置きました。登記の移転でも、代金の支払でもありません。引渡しがあった時以後は、当事者双方の責めに帰することができない事由による滅失・損傷を理由として、買主は追完も減額も賠償も解除も求められず、代金の支払を拒むこともできません。
2項は、売主が契約に適合する目的物の引渡しを提供したのに、買主が受け取らなかった場合を1項と同じに扱います。あわせて413条の2第2項は、履行の提供があった時以後に双方の責めに帰せない事由で履行不能になったときは、その不能を債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなすと定めています。受け取らないという選択にも、条文上の効果が結び付けられています。
536条も567条も、当事者の合意で別の定めを置くことを妨げるものではありません。実際の売買契約書には、引渡しまでの間の滅失・損傷について条項が置かれるのが通例です。全部が滅失した場合には契約を解除できるとし、一部の損傷にとどまる場合には売主が修補するか、代金から相当額を差し引く。そうした定めの有無と内容は、条文ではなく手元の契約書に書いてあります。
任意売却では、ここに固有の難しさが加わります。修補が必要になったとき、売主に修補の費用がありません。代金から差し引く形にすれば、債権者への配分が減ります。配分案は債権者の承認を得て組んだものですから、金額が動けば承認を取り直す作業が生じます。民法の規律に従って処理できたとしても、その処理をするために別の同意が要る。これが任意売却の場面の特徴です。
火災保険についても、確かめておく値打ちがあります。保険契約が生きているか、対象と補償の範囲がどうなっているか、地震による損害が対象に含まれるか。保険金が出るかどうかは保険契約の問題であり、民法の危険負担とは別の系統の話です。当社は保険の判断をしていません。保険会社または代理店にお確かめください。
読者にお伝えできるのは、ここまでです。個別の事案でどう処理されるかは、契約書の条項と事実関係によって変わり、当社が結論を述べる事柄ではありません。ただ、確かめる先は限られています。売買契約書の危険負担に関する条項、火災保険の証券、そして債権者に示した配分案。この三つです。手続の全体像は相談から引渡しまでの流れに、いまどの段階にいるかは今どこにいるかに整理しました。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民法536条1項は、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒むことができると定めています。引渡債務の債権者は買主ですから、条文の枠組みとしては代金の支払を拒むことができる場面です。ただし実際の売買契約書には危険負担に関する条項が置かれるのが通例で、扱いはその定めによります。条項の解釈は法律の判断ですので、当社が結論を申し上げることはしていません。
民法536条1項が定めているのは、債権者が反対給付の履行を拒むことができるという効果です。契約が当然に消滅するとは書かれていません。契約から離脱するには、541条の催告による解除、または542条の催告によらない解除が別に必要になります。542条1項1号は、債務の全部の履行が不能であるときに催告なしで直ちに解除できるとしています。どの条文によるかは事案の内容によります。
民法567条1項は「売主が買主に目的物を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後に」と書いています。基準は引渡しであり、登記の移転や代金の支払ではありません。引渡しの後に双方の責めに帰することができない事由で滅失・損傷したときは、買主は履行の追完、代金の減額、損害賠償、契約の解除のいずれも求められず、代金の支払を拒むこともできないとされています。
保険金が支払われるかどうかは保険契約の問題であり、民法の危険負担とは別の系統の話です。契約が有効に続いているか、対象と補償の範囲がどうなっているか、地震を原因とする損害が含まれるかは、保険証券と約款によって決まります。当社は宅地建物取引業者であり、保険の判断はしていません。保険会社または代理店にお確かめください。任意売却では、転居後に保険料が引き落とせず失効していることもあります。
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富士ヶ丘サービス株式会社/宅地建物取引士 大石浩之(静岡県知事 第027186号)。 記事の内容は執筆時点の法令・公表資料にもとづきます。 個別の事案の見通しを示すものではありません。