代金を全額そのまま債権者に渡したのに、税がかかることがあるのですか。
所得税法は譲渡所得を「資産の譲渡による所得」と定め(33条1項)、その金額は総収入金額から取得費と譲渡に要した費用の合計額を控除し、そこから特別控除額を控除した金額とされています(同条3項)。計算の材料に、代金をどこへ渡したかという使いみちは入っていません。ですから手元に残らなくても、譲渡益があれば所得は生じる建て付けになっています。個別の課税関係は税務署または税理士にお確かめください。
要旨
所得税法64条2項は、それ自体で税を軽くする規定ではありません。保証債務の履行と求償権の行使不能という事情を、同条1項でいう回収不能の金額とみなし、1項の「なかつたものとみなす」へ運ぶ橋です。3項は申告書への記載と書類の添付を条件にしています。
キーワード契約と登記/所得税法64条2項/保証債務
家を売った代金は、そのまま債権者の口座に振り込まれました。手元には何も残っていません。ところが翌年の春になって、譲渡所得の申告が要ると言われる。相談の場で、この順番に戸惑われる方がおられます。売った理由が人の借金の肩代わりであったことと、税の計算とが、そのままではつながらないからです。
所得税法64条2項は、この場面に向けて置かれた規定です。保証債務を履行するために資産を譲渡し、その履行にともなう求償権を行使できなくなったときに、一定の金額を計算上なかったものとみなす。本稿は、この条文がどういう順序で「なかったものとみなす」に届くのかを条文から読み、あわせて条文が付けている条件を確かめます。先にお断りしておくと、当社は税の判断をしていません1。
順に、三つのことを見ます。譲渡所得の計算式が何を材料にしていて、何を材料にしていないか。所得税法64条の一項と二項と三項が、どういう順序でつながっているか。そして、条文が使っている「求償権」という語が、民法の側でどれだけの幅を持っているか。三つ目に立ち入るのは、この幅が条文の当てはまり方に効いてくるからです。
まず、譲渡所得がどう計算されるかを条文で見ます。所得税法33条は、譲渡所得の定義と、計算の順序と、そこから外れる所得とを、ひとつの条にまとめて書いています。
譲渡所得とは、資産の譲渡(……)による所得をいう。
2 次に掲げる所得は、譲渡所得に含まれないものとする。
一 たな卸資産(……)の譲渡その他営利を目的として継続的に行なわれる資産の譲渡による所得
二 前号に該当するもののほか、山林の伐採又は譲渡による所得
3 譲渡所得の金額は、……その年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となつた資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額(……以下この条において「譲渡益」という。)から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする。
3項を読み返すと、計算の材料は三つしかありません。入ってきた金額と、取得費と、譲渡に要した費用です。ここに代金の使いみちは入っていません。売った金を債権者に渡したという事情は、計算式の中に置かれる場所を持たない。だから、手元に一円も残らなくても、譲渡益があれば所得は生じます。生活の感覚と制度の並びが、ここでずれます。
3項には、もうひとつ見ておく値打ちのある書き方があります。括弧の中で「譲渡益」という語が定義されていることです。総収入金額から取得費と譲渡費用を引いた残額、それが譲渡益。特別控除を引く前の数字を指しています2。後で出てくる国税庁の説明が「売った土地建物などの譲渡益の額」という言い方をするのは、この条文の語をそのまま使っているからです。
2項も効いてきます。ここは、譲渡所得に含まれないものを外す規定です。たな卸資産の譲渡、営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡、山林の伐採または譲渡。同じ「資産を譲渡した」であっても、これらは事業所得や雑所得、山林所得の側に振り分けられ、譲渡所得の枠には入りません。所得税法は、まず所得の種類を決め、それから計算式を当てる構造をとっています。
この振り分けは、次章で見る64条2項の入口にそのまま持ち込まれます。同項が対象とする資産からは、33条2項1号に該当するものが括弧書きで除かれているからです。条文の適用範囲は、本文よりも括弧の中で細かく区切られています。
そして、代金が残らないというずれを放置すると、返せなくなった人に税だけが残ります。所得税法64条は、そこに手を入れる条文です。
条文をそのまま読みます。長い条文なので、本稿に関わる部分を引きます。
その年分の各種所得の金額(事業所得の金額を除く。)の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を回収することができないこととなつた場合……には、政令で定めるところにより、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなつた金額……に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかつたものとみなす。
2 保証債務を履行するため資産(第三十三条第二項第一号(譲渡所得に含まれない所得)の規定に該当するものを除く。)の譲渡……があつた場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたときは、その行使することができないこととなつた金額(……)を前項に規定する回収することができないこととなつた金額とみなして、同項の規定を適用する。
3 前項の規定は、確定申告書、修正申告書又は更正請求書に同項の規定の適用を受ける旨の記載があり、かつ、同項の譲渡をした資産の種類その他財務省令で定める事項を記載した書類の添付がある場合に限り、適用する。
構造が見えます。1項は本来、譲渡の代金そのものが回収できなくなった場合の規定です。売ったのに代金が入らなかった、という場面を想定しています。2項は、それとは別の場面——保証債務の履行と求償権の行使不能——を、1項でいう「回収することができないこととなつた金額」とみなすと書いています。
つまり2項は、それ自体で税を軽くする規定ではありません。1項へ橋を架ける規定です。効果を生んでいるのは1項の「なかつたものとみなす」であって、2項はそこへ運ぶ役をしています3。したがって、2項だけを読んでも、いくらが消えるのかは分かりません。金額の話は1項の側にあります。
その1項も、金額の計算方法を自分では書いていません。「政令で定めるところにより」とだけ置いて、先に送っています。国税庁がこの特例の根拠法令として挙げているのは、所得税法64条のほかに所得税法施行令180条と所得税基本通達の各項です4。条文を最後まで読んでも計算にたどり着かないのは、法律・政令・通達の三段で組まれているためです。
そして3項が、手続の条件を置いています。確定申告書などにこの規定の適用を受ける旨の記載があり、かつ、譲渡をした資産の種類その他の事項を記載した書類の添付がある場合に限り適用する、と書いてある。要件を満たしていても、書かなければ届かない仕組みだということです。
この3項は、書面の名前を三つ並べています。確定申告書、修正申告書、更正請求書。なぜ更正請求書が並んでいるのか。資産を譲渡した年と、求償権が行使できなくなった年とは、同じ年とは限らないからです。先に売って申告を済ませ、後になって回収できないことが確定する。その順序があり得るからこそ、いったん出した申告をあとから直す書面が並べられています。
確定申告書を提出し、又は決定を受けた居住者……は、当該申告書又は決定に係る年分の各種所得の金額につき……第六十四条(資産の譲渡代金が回収不能となつた場合等の所得計算の特例)に規定する事実……が生じたことにより、国税通則法第二十三条第一項各号(更正の請求)の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から二月以内に限り、税務署長に対し……更正の請求をすることができる。この場合においては、更正請求書には、……当該事実が生じた日を記載しなければならない。
読みどころが二つあります。第一に、期間が「当該事実が生じた日の翌日から二月以内」と区切られていること。譲渡の年に戻って直す道は、開いたままではありません。第二に、更正請求書にはその日を書かなければならないとされていること。いつ行使不能になったのかを、書面の上で特定する必要があります5。
条文の要になるのは、求償権を行使できなくなったという部分です。国税庁は、この特例を受けるための要件として三つを挙げています。本来の債務者がすでに弁済不能の状態にあるときに保証をしたものでないこと。保証債務を履行するために土地建物などを売っていること。履行をした保証債務の全額または一部が本来の債務者から回収できなくなったこと。この三つすべてに当てはまることが必要とされています6。
あわせて、所得がなかったものとされる金額は、肩代わりした債務のうち回収不能となった額、その年の総所得金額等の合計額、売却した土地建物などの譲渡益——この三つのうちもっとも低い金額だとされています。譲渡益の全部が消えるとは限りません。提出する書類として、保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算明細書、保証債務の事実がわかる書類、求償権が行使不能であることを証する書類が挙げられています。
ここで、条文が使っている「求償権」という語に戻ります。所得税法64条2項は、この語を定義していません。定義は民法の側にあり、しかもひとつではありません。
保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務者に代わって弁済その他自己の財産をもって債務を消滅させる行為……をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対し、そのために支出した財産の額(……)の求償権を有する。
2 第四百四十二条第二項の規定は、前項の場合について準用する。
委託を受けた保証人であれば、支出した財産の額を求償できます。2項が442条2項を準用しているので、弁済の日以後の法定利息と、避けることができなかった費用その他の損害の賠償も含まれます。ところが、委託を受けないで保証をした人は、これと同じではありません。民法462条2項は、主たる債務者の意思に反して保証をした者について、「主たる債務者が現に利益を受けている限度においてのみ」求償権を有すると定めています7。同じ「求償権」でも、中身の広さが違う。
所得税法64条2項は、この違いに触れていません。「その履行に伴う求償権」とだけ書いています。条文はここに答えを置いていないということです。どの範囲の求償権を前提に金額を出すのかは、条文の文言からは読み取れません。当社が言えるのは、ここが条文の外側にあるという事実までです。
書面の側からも同じ場所に行き着きます。国税庁が提出書類として挙げているものの二つ目は「保証債務の事実がわかる書類」です。そして民法446条2項は、保証契約は書面でしなければその効力を生じないと定めています。保証をしたという事実は、もともと書面の上に残る建て付けになっている。裏を返せば、書面が残っていない口約束の肩代わりは、この条文の想定する保証債務ではありません。
三つの要件のうち、最初のものは時系列を問うています。本来の債務者がすでに弁済できない状態にあるときに保証をしたのでないこと。保証をした時点で相手が払えないと分かっていたのなら、それは肩代わりを予定した行為だという見方です。いつ保証したかが、後の税の扱いに効いてくることになります。
順序の問題もあります。条文は「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合」と書いており、売った目的が保証債務の履行であることという結び付きを求めています。売却の時期と弁済の時期の前後関係をどう見るかは、事案の中身にかかります。
この区別は実務でそのまま効きます。住宅ローンを滞納し、保証会社が代位弁済したという場面で、売る人は保証人ではなく主たる債務者です。求償権を持つのは保証会社の側になります(民法459条1項)。名宛人が違えば、条文の当てはまり方も違ってきます。段階ごとに誰が誰に対して何を持つかは今どこにいるかに整理しました。売却にともなう費用の並びは誰が、いつ、いくら払うのかにあります。
注
参考文献
この記事のよくある質問
所得税法は譲渡所得を「資産の譲渡による所得」と定め(33条1項)、その金額は総収入金額から取得費と譲渡に要した費用の合計額を控除し、そこから特別控除額を控除した金額とされています(同条3項)。計算の材料に、代金をどこへ渡したかという使いみちは入っていません。ですから手元に残らなくても、譲渡益があれば所得は生じる建て付けになっています。個別の課税関係は税務署または税理士にお確かめください。
保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行にともなう求償権の全部または一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができないこととなった金額を、同条1項に規定する回収することができないこととなった金額とみなして1項を適用する、という規定です。効果そのもの、つまり所得の金額の計算上「なかつたものとみなす」を定めているのは1項のほうです。2項は1項へ橋を架ける役をしています。
所得税法64条3項は、確定申告書、修正申告書または更正請求書に同条2項の規定の適用を受ける旨の記載があり、かつ、譲渡をした資産の種類その他財務省令で定める事項を記載した書類の添付がある場合に限り適用する、と定めています。国税庁の公表資料でも、計算明細書、保証債務の事実がわかる書類、求償権が行使不能であることを証する書類の提出が挙げられています。手続の形が要るということです。
立場が違います。所得税法64条2項が名宛人にしているのは、保証債務を履行するために資産を譲渡した保証人の側です。住宅ローンで保証会社が代位弁済した場面では、家を売るのは主たる債務者であり、求償権を取得するのは委託を受けた保証人である保証会社の側になります(民法459条1項)。当てはまるかどうかの判断は税務の領域ですので、税務署または税理士にお確かめください。
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