要旨
給与の差押えの限度は、二本の線で決まります。民事執行法152条1項の四分の三と、民事執行法施行令2条1項1号の三十三万円です。月額44万円までは割合の線が働き、それを超えると金額の線だけが残ります。退職手当には政令の額が置かれておらず、割合だけで決まります。額を決めているのは債権者ではありません。
深夜に、封筒を開けたまま動けなくなる方がいます。保証会社の名前で「残額を一括してお支払いください」と書かれた紙が届いた日です。翌朝いちばんに頭へ浮かぶのは、家のことではありません。給料が止まるのではないか、というほうです。
本稿が扱うのは、給与や年金が差し押さえられるとき、その額をどこまでと決めているのは誰か、という一点です。決めているのは債権者ではありません。民事執行法152条と、その委任を受けた民事執行法施行令2条です。条文は e-Gov 法令検索で2026年8月30日に確認しました。
先に一つ書いておきます。条文が引いている線は一本ではありません。「四分の三」という割合の線と、「三十三万円」という金額の線が、同じ条文の中に置かれています。どちらが効くかは給与の額で入れ替わります。給与が多い人ほど、割合の線は働かなくなります。
図1 民事執行法152条1項が引いている線。出典:民事執行法152条1項。帯の長さは金額の大小を表すものではなく、割合の関係だけを示している。
1. 「いくらまで」を決めている二本の線
給与の差押えは、勤め先を巻き込む手続です。民事執行法145条1項は、執行裁判所が差押命令において、債務者に対し債権の取立てを禁止し、かつ第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならないと定めています。給与の場合、この第三債務者にあたるのが勤め先です。同条5項によれば、効力が生じるのは差押命令が第三債務者に送達された時です。
一度きりで終わるものでもありません。民事執行法151条は、給料その他継続的給付に係る債権に対する差押えの効力が、差押えの後に受けるべき給付に及ぶと定めています1。毎月あらためて差し押さえ直す必要はない、ということです。
では、いくらまでか。民事執行法152条1項は、支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分を差し押さえてはならないとし、括弧の中でもう一つの線を足しています。その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分、と書かれています。
政令の額は、民事執行法施行令2条1項1号にあります。支払期が毎月と定められている場合、三十三万円です2。ここまでが条文に書いてあることです。ここから先は、二つの数字を並べたときに出てくる算数になります。
図2 二本の線の性質の違い。出典:民事執行法152条1項・2項、民事執行法施行令2条1項。どちらが有利かを示す図ではなく、動き方の違いだけを並べたもの。
割合の線は、給付が増えれば守られる額も増えます。給付が24万円なら18万円、32万円なら24万円です。金額の線は動きません。毎月払なら、いくら受け取っていても三十三万円です。この二つが同じ額になるのは、給付が44万円のときです。
ここが入れ替わりの地点になります。44万円までは割合の線が守ります。44万円を超えると四分の三に相当する額が政令の額を超えるので、括弧の中が働き、守られるのは三十三万円だけです。給付が60万円なら差押えの対象は27万円、給付の45パーセント。80万円ならおよそ59パーセントになります。四分の一という言葉から受ける印象とは、かなり違う数字です。
図3 二本の線が入れ替わる地点。出典:民事執行法152条1項、民事執行法施行令2条1項1号。44万円は33万円を四分の三で割り戻した額であり、条文にこの数字が書かれているわけではない。
三十三万円を別の条文と並べてみます。民事執行法131条3号は、差し押さえてはならない動産として、標準的な世帯の二月間の必要生計費を勘案して政令で定める額の金銭を挙げます。その額は民事執行法施行令1条で六十六万円です3。二月間で66万円、一月なら33万円。二つの条文は同じ考え方の上に乗っています。
割り戻しは、もう一段下までできます。施行令2条1項5号は、支払期が毎日と定められている場合の額を一万千円とします。33万円を30で割ると1万1千円です。三号の毎旬は11万円、二号の毎半月は16万5千円。どれも一日1万1千円で揃います。差押禁止の額の背骨は、一日1万1千円という数字です。これは私の解釈ではなく、政令の各号を並べれば出てくる関係です。
2. 条文が答えを置いていないところ
民事執行法152条は三つの項からできています。読み飛ばしやすい語が、あとで効いてきます。
民事執行法152条(差押禁止債権)
次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
2 退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。
3 債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。
まず1項本文の「支払期に受けるべき給付」です。この語が給与明細のどの数字を指すのかを、条文は定めていません。総支給額なのか、税や社会保険料を引いたあとの額なのか。152条にも施行令2条にも、その定義は置かれていません。条文はここに答えを置いていない、と書くほかありません。手元の差押命令がどの額を基準にしているかは、命令そのものと勤め先が受け取った書面で確かめる事柄です。
次に、施行令2条が「支払期」の定め方ごとに額を分けている点です。同じ収入でも、毎月払か毎半月払かで政令の額の当てはめ方が変わります。四号は、支払期が月の整数倍の期間ごとに定められている場合を、三十三万円に当該倍数を乗じた額としています。賞与については、同条2項が別に三十三万円と置いています。
図4 額を当てはめる前に確かめる項目。出典:民事執行法152条1項・2項、民事執行法施行令2条1項・2項。並びは確認の順序であって、差押えの可否を判定する図ではない。
2項の退職手当は、扱いがさらに違います。四分の三に相当する部分は差し押さえてはならない、と書いてあるだけで、括弧書きがありません4。退職手当がいくらであっても四分の三は守られ、四分の一が対象になります。給与では給付が増えるほど守られる割合が下がるのに、退職手当では割合が動きません。同じ条文の中で、扱いが分かれています。
3項は、請求している債権の側で読み替えを起こす規定です。151条の2第1項各号の義務に係る金銭債権を請求する場合、四分の三は二分の一に読み替えられます。挙げられているのは、夫婦間の協力及び扶助の義務、婚姻から生ずる費用の分担の義務、子の監護に関する義務、扶養の義務です。婚姻費用や養育費との関係は婚姻費用・養育費と返済の優先関係で扱いました。住宅ローンの債権者には、この読み替えは働きません。
範囲を後から動かす規定も置かれています。
民事執行法153条(差押禁止債権の範囲の変更)
執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。
2 事情の変更があつたときは、執行裁判所は、申立てにより、前項の規定により差押命令が取り消された債権を差し押さえ、又は同項の規定による差押命令の全部若しくは一部を取り消すことができる。
この申立てがあることを、債務者は自力で知らなくてよい形になっています。民事執行法145条4項は、裁判所書記官が差押命令を送達するに際し、債務者に対し、153条1項または2項の規定による当該差押命令の取消しの申立てをすることができる旨を教示しなければならない、と定めています。教示は義務として書かれています。
時間の側にも規定があります。155条1項は、差し押さえた債権者が債務者への送達の日から一週間を経過したときに取り立てることができるとします。同条2項は、差し押さえられた金銭債権が152条1項各号の債権である場合、この「一週間」を「四週間」と読み替えます5。給与なら、取立てまでに四週間が置かれる、ということです。
図5 送達の前後で変わること。出典:民事執行法145条1項・5項、152条1項、155条1項・2項。四分の三は政令の額を超えない場合の扱いであり、金額の大小を表す図ではない。
順序も条文に並んでいます。債務名義があり、差押命令が発せられ、第三債務者への送達で効力が生じ、債務者への送達に教示が添えられ、四週間の後に取立てが始まる。この並びを図6にまとめました。なお、これは強制執行の規定です。担保権の実行としての債権執行については、193条2項が152条と153条を準用の対象から外しています6。
図6 条文が置いている順序。出典:民事執行法22条・145条1項・4項・5項、155条1項・2項。各段階の間隔や所要日数を示す図ではない。
3. 年金の二つの顔と、まだ決まっていないこと
年金という言葉は、この論点では二つに割れます。152条1項2号が挙げるのは「給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権」です。退職年金がここに書かれています。勤め先や企業年金の制度から支給される退職年金は、四分の三の線の中に入ります。
他方、1項1号が挙げるのは「国及び地方公共団体以外の者から」支給を受ける継続的給付です。国が支給するものは、この号の外にあります。
国民年金法24条(受給権の保護)
給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができない。ただし、老齢基礎年金又は付加年金を受ける権利を国税滞納処分(その例による処分を含む。)により差し押える場合は、この限りでない。
厚生年金保険法41条1項も同じ形です。保険給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができない。ただし老齢厚生年金を受ける権利を国税滞納処分により差し押える場合は、この限りでない。割合ではなく、権利そのものを外しています。同じ「年金」でも、根拠になる条文と守り方が違います。
図7 同じ「年金」でも根拠条文が分かれること。出典:民事執行法152条1項1号・2号、国民年金法24条、厚生年金保険法41条1項。両法の但書が置く国税滞納処分の場合を表した図ではない。
この線については、見直しが検討されたことがあります。法務省が公表している「差押禁止債権をめぐる規律の見直しに関する検討(2)」(民事執行法部会資料16−2)は、冒頭にこう書いています。「民事執行法第152条第1項各号の債権に対する差押えに関する規律について,現状よりも債務者を保護する方向で,差押禁止債権をめぐる規律を見直すものとしてはどうか。」。法務省のウェブサイトは、この資料を法制審議会民事執行法部会第16回会議(平成30年2月23日開催)のものとして掲載しています(2026年8月30日確認)。
資料は二つの考え方を並べます。一つは範囲そのものの見直しで、四分の三に相当する額が一定の金額に満たないときは全額を差押禁止とする案です。もう一つは153条の申立てを利用しやすくする考え方で、資料は153条について「ほとんど機能していないとの意見が示されている」と書いています。
現行の条文と突き合わせると、後者にあたる規定は条文の中にあります。145条4項の教示と、155条2項の四週間です。前者にあたる「一定の金額」の規定は、152条1項にも施行令2条にも見当たりません。範囲そのものの線は、部会資料が書いた形では条文に入っていません。いま手元の給与に当てはまるのは、四分の三と三十三万円の二本のままです。
正直に書くと、私にはまだ決めきれていないことがあります。四分の三という割合が、いまの住居費のかかり方に合っているのかどうかです。家賃と駐車場代が家計に占める割合は、地域でも世帯でも違います。合っているとも、合っていないとも、私は根拠を持って言えません。部会資料が「一定の金額」を定めることの難しさを問題点に挙げているのも、同じところに理由があるのだと思います。
数字の側から見ると、二本の線が意味することははっきりしています。毎月33万円は、年に396万円です。守られる下限がそこにあるということは、返済に回せる額の上限が別に決まる、という意味ではありません。差押えの対象にならない部分は生活のための部分であって、返済の原資として空いている部分ではないからです。これは体験の話ではなく、私の判断です。
図8 通知が届いた日に確かめる項目。出典:民事執行法145条4項、民事執行法施行令2条1項。並びは確認の順序であり、どれを選ぶべきかを示す図ではない。
今日できることを一つ挙げるなら、届いた書面の差出人を確かめることです。銀行の名前で来ているのか、保証会社の名前で来ているのか。相手が変わっている場合、その前に何が起きたかは代位弁済と抵当権の移転に書きました。一括請求の紙が何を意味するかは期限の利益の喪失にまとめています。
そのうえで、給与の差押えと家の売却は別の手続です。前者は金銭債権に対する執行、後者は不動産に対する担保権の実行になります。片方が動いていても、もう片方でまだ選べる手が残っていることがあります。返済方法の変更、親族間売買、任意売却、競売の受け入れ。中身は任意売却以外の選択肢に並べました。いま自分がどの段階にいるかは今どこにいるかで確かめられます。
差押えの範囲を決めているのは、債権者ではありません。条文と、執行裁判所です。ここは動かない事実として持っておいてよいところだと、私は考えています。
- 四分の三の線と三十三万円の線が同時に置かれている
- 月額44万円を境に、効く線が入れ替わる
- 給与の差押えでは取立てまでに四週間が置かれる
先に申し上げること
当社は、差押禁止債権の範囲の変更の申立てが認められるかどうかを見通しません。判断するのは執行裁判所であり、当社ではないためです。手続の代理も率先して行いません。債務の減免や法的整理の見通しも、当社が述べられる事柄ではありません。ご相談は、提携する弁護士・司法書士におつなぎします
7。給与明細のどの額が基準になるかについても、当社は断定しません。
小括
民事執行法152条1項は、給与について四分の三の線と政令の額の線を同時に置いています。民事執行法施行令2条1項1号により、毎月払の政令の額は三十三万円です。二本の線は月額44万円で入れ替わり、それを超えると守られる額は三十三万円で止まります。退職手当(152条2項)には政令の額が置かれておらず、割合だけで決まります。言えていないことも書いておきます。条文が「支払期に受けるべき給付」として何を指すのかは、定義が置かれていないため本稿では確定できていません。
注
- 民事執行法151条は、効力が及ぶ範囲を「差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として」と限っている。将来の給与すべてに無限に及ぶという書き方ではない。↩
- 民事執行法施行令2条1項は、支払期の定め方で額を分けている。毎月は三十三万円、毎半月は十六万五千円、毎旬は十一万円、毎日は一万千円である。↩
- 民事執行法131条3号は動産執行の規定であり、債権執行の152条とは適用場面が異なる。ここで並べたのは、二つの条文がいずれも「標準的な世帯」の必要生計費を基準に置いている点である。↩
- 152条1項には括弧書きで政令の額が組み込まれているが、2項には同じ括弧書きが置かれていない。施行令2条1項も、条文上は「法第百五十二条第一項各号に掲げる債権」についての額として定められている。↩
- 155条2項の読み替えには除外がある。差押債権者の債権に151条の2第1項各号の義務に係る金銭債権が含まれているときは、一週間のままである。↩
- 民事執行法193条2項は、債権を目的とする担保権の実行について準用する規定から146条2項・152条・153条を括弧書きで除き、この三か条は一般の先取特権の実行及び行使について準用すると書き分けている。↩
- 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士でない者に禁じている。提携先の事務所名は、ご相談された方への配慮から公開していない。法律の判断を要する段階になった時点で、お引き合わせしている。↩
参考文献