婚姻費用や養育費は、住宅ローンの返済より優先されるのですか。
民法760条・766条・877条は夫婦と親子の間の義務を定めていますが、これらを他の債務に優先させる文言は置かれていません。民法の条文だけを読むかぎり、一般的な優劣はありません。差が現れるのは強制執行の場面で、民事執行法152条3項は、扶養義務等に係る金銭債権を請求する場合に差押禁止の割合を4分の3から2分の1へ読み替えると定めています。どちらを先に払うべきかという判断は、当社が申し上げる事柄ではありません。
要旨
民法は、婚姻費用・養育費と住宅ローンの返済との間に一般的な優劣を置いていません。優劣に近いものが条文に現れるのは強制執行の場面です。民事執行法152条3項は差押禁止の割合を4分の3から2分の1へ読み替え、151条の2は確定期限が到来していない分の執行開始を認めています。
キーワード家族と家/扶養義務
別居や離婚の話と、住宅ローンの返済の話が、同じ時期に重なることがあります。家を出た側が新しい住まいの家賃を払い、残った側が返済を続ける。あるいは、返済を続けている側が、別居した配偶者と子の生活費も送っている。どちらの形でも、一つの収入から二つの支払が出ていきます。相談の場では、この状態が「どちらを先に払えばよいのか」という問いの形で出てきます。
本稿は、その問いに答えを出すために書くものではありません。扱うのは、制度がこの二つをどう扱っているかです。住宅ローンの返済は契約にもとづく金銭債務であり、婚姻費用や養育費は法律にもとづく義務です。根拠の系統が違うこの二つについて、民法と民事執行法が何を書き、何を書いていないのかを条文から確かめます1。
順に三つのことを見ます。民法が夫婦と親子の間の義務をどこに置き、その中身をどこまで書いているか。優劣らしきものが条文のどこに現れるか。そして、その違いが給与や売却代金の場面でどう見えるか。
民法760条は、夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する、と定めています。条文に「別居」という語はありません。
そして、その「婚姻から生ずる費用」が何を指すのかを、民法は定義していません。住まいの費用が入るのか、住宅ローンの返済がそこに含まれるのか。条文はここに答えを置いていません。分担の割合についても、書かれているのは一切の事情を考慮するということまでです。
隣の条文と並べると、書き分けが見えます。民法752条は、夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない、と定めます。752条が置いているのは行為で、760条が置いているのは費用です。
761条は、夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときに、他の一方が連帯してその責任を負うとします。ただし条文は「日常の家事に関して」と限定し、ただし書で、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合を除いています2。ある借入がこれに当たるかどうかは法律の判断です。
762条1項は、婚姻前から有する財産および婚姻中自己の名で得た財産を特有財産とし、2項はどちらに属するか明らかでない財産を共有と推定します。家計が一つに見えても、財産は名義で分かれるのが原則です。
子の監護に要する費用は、父母が協議上の離婚をするときに協議で定めます(民法766条1項)。子の利益を最も優先して考慮しなければならない、と条文は続きます。協議が調わないときは家庭裁判所が定め(同条2項)、必要があると認めるときは家庭裁判所がその定めを変更できます(同条3項)。
定めをしないまま離婚した場合の規定もあります。民法766条の3は、分担の定めをすることなく協議上の離婚をした場合に、引き続き子の監護を主として行う一方が、他の一方に対し、離婚の日から、協議で定めた日・審判が確定した日・子が成年に達した日のいずれか早い日までの間、毎月末に、法務省令で定めるところにより算定した額の支払を請求できるとします。
ここでも額そのものは条文になく、879条が家庭裁判所に委ねたのと同じように、法務省令に委ねられています。そして同項の但書は、他の一方が、支払能力を欠くために支払をすることができないこと、または支払によって生活が著しく窮迫することを証明したときに、その全部または一部の支払を拒めるとしています3。
扶養の規定もあります。直系血族及び兄弟姉妹は互いに扶養をする義務があり(民法877条1項)、順序も程度も方法も、協議が調わなければ家庭裁判所が定めます(878条・879条)。扶養を受ける権利は、処分することができません(881条)4。
ここまでの条文のどこにも、「他の債務に優先する」という文言はありません。民法は、婚姻費用や養育費と金銭消費貸借上の債務との間に、支払の順序という形の一般的な優劣を置いていないのです。順序を書いていないのは、書き忘れというより、条文の作りの問題だと読めます。760条も766条も、相手方は配偶者や子であって、金融機関ではありません。誰と誰の間の話かが違う条文どうしを、そのまま並べて優劣を決める仕組みは、民法の側に用意されていないということです。
そのため、同じ収入から二つの支払が出ていく状態そのものは、民法の条文からは何も帰結しません。片方を止めれば、止めたほうの根拠にもとづく効果が生じる。それだけです。優劣に近いものが条文の形で現れるのは、支払われないまま次の段階に進んだときで、しかも民法の親族の章ではなく、別の場所に置かれています。
優劣に近いものは、二つの場所に現れます。担保物権の側と、強制執行の側です。
民法は、一般の先取特権という担保物権を置いています。特定の物ではなく、債務者の総財産の上に成立する担保です。
次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。
一 共益の費用
二 雇用関係
三 子の監護の費用
四 葬式の費用
五 日用品の供給
三号に「子の監護の費用」があります。中身は308条の2が定めており、対象は、夫婦間の協力扶助・婚姻費用の分担・子の監護・親族間の扶養という四つの義務に係る、確定期限の定めのある定期金債権です。各期の定期金のうち、子の監護に要する費用として相当な額に先取特権が存在します。相当な額の算定は法務省令によります5。
順位も条文にあります。一般の先取特権が互いに競合する場合の順位は、306条各号の順序に従います(民法329条1項)。ただし同条2項は、特別の先取特権が一般の先取特権に優先するとしています。
もう一つが強制執行の側です。民事執行法152条は、差し押さえてはならない債権の範囲を定めています。
次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
3 債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。
1項は、給料や賃金などについて、支払期に受けるべき給付の4分の3を差押禁止とします。ただし政令で定める額を超えるときは、その額に相当する部分が禁止の範囲になります。
3項に中心があります。債権者が「前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権」を請求する場合には、「四分の三」を「二分の一」と読み替える。差し押さえられる部分が広がります。
引き金になる「前条第一項各号に掲げる義務」は、民事執行法151条の2第1項の四つの号です。民法308条の2が先取特権の対象とする四つと、同じ並びになっています。
この151条の2は、それ自体も特則を置いています。
債権者が次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権を有する場合において、その一部に不履行があるときは、第三十条第一項の規定にかかわらず、当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる。
2 前項の規定により開始する債権執行においては、各定期金債権について、その確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権のみを差し押さえることができる。
強制執行は、請求が確定期限の到来に係る場合、その期限の到来後に限って開始できます(民事執行法30条1項)。151条の2はその例外です。ただし2項の限定があり、差し押さえられるのは、確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権に限られます。
同じ「まだ期限が来ていない分」でも、方法によって射程が違います。151条の2は期間の限定を付けていませんが、167条の16は、間接強制の方法による強制執行について、六月以内に確定期限が到来するものに限っています。その間接強制を定める167条の15には但書があり、支払能力を欠くとき、または弁済によって生活が著しく窮迫するときは用いられません6。766条の3第1項の但書と同じ形の限度です。
取立てを始められる時期にも差があります。金銭債権を差し押さえた債権者は、差押命令が債務者に送達された日から一週間で取り立てられます(民事執行法155条1項)。給料など152条1項各号の債権では、この一週間が四週間に読み替えられます(同条2項)。差し押さえられてから手取りが実際に減るまでに、少し時間が置かれる仕組みです。ところが2項には括弧書きがあり、差押債権者の債権に扶養義務等に係る金銭債権が含まれているときは、この読み替えから除かれます7。同じ給与の差押えでも、請求している債権の種類によって、取立ての始まる時期が一週間と四週間に分かれるということです。
給与が差し押さえられると、手取りが減ります。扶養義務等に係る債権による差押えでは、減り方が大きくなります。減ったあとの手取りで住宅ローンの返済を続けられるかどうかは、そこから先の別の問題です。条文は、その先を用意していません。
逆の向きも見ます。住宅ローンの債権者が給与を差し押さえる場合、差押禁止の割合は4分の3のままです。読み替えは、扶養義務等に係る債権を請求する場合にだけ働きます。
非対称は、財産を探す場面にも現れます。民事執行法206条1項は、執行裁判所が市町村や年金の実施機関に対し、債務者の給与に関する情報の提供を命じる手続を置いています。申立てができるのは、扶養義務等に係る請求権、または人の生命もしくは身体の侵害による損害賠償請求権について執行力のある債務名義の正本を有する債権者です。住宅ローンの債権者は、ここに挙げられていません。
同条2項は、民法306条3号に係る一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者にも、同じ申立てを認めています。担保物権の側と手続の側が、ここでつながっています。子の監護の費用に担保物権を置いたことが、財産を探す手続の入口にも効いている形です。
ここは「人で切る」と見え方が変わる場所です。同じ執行裁判所の同じ手続でありながら、使える債権者が条文で区切られている。住宅ローンの債権者は、抵当権という強い担保を持っている代わりに、この情報取得の入口には立っていません。担保を持つ者と持たない者、扶養義務等の債権者とそれ以外とで、条文は別々の道具を配っているということです。
書面の違いも見ておきます。強制執行は、確定判決や和解調書、執行証書といった債務名義によって行われます(民事執行法22条)。これに対し一般の先取特権の実行としての債権差押えは、担保権の存在を証する文書が提出されたときに開始します(同法193条1項)。ただし同条3項は、民法766条の3にもとづく金銭債権を請求する場合に、執行裁判所が必要と認めるときは債務者を審尋できるとしています。
家を売った場合はどうか。売却代金の配分は担保権の順位で決まり、数個の抵当権の順位は登記の前後によります(民法373条)。では子の監護の費用の先取特権はどこに並ぶのか。民法336条は、一般の先取特権は登記をしなくても特別担保を有しない債権者に対抗できるとしたうえで、ただし書で、登記をした第三者に対してはこの限りでないとしています。住宅ローンの抵当権は登記されています。
あわせて335条2項は、一般の先取特権者は、不動産についてはまず特別担保の目的とされていないものから弁済を受けなければならないとします。条文は、子の監護の費用に担保物権を与えながら、登記のある抵当権との関係では後ろに置いているということです。
額そのものは、協議で決まらなければ家庭裁判所が定めます(民法766条2項・879条)。当社がその額について意見を述べることはありません。段階ごとに何が起きるかは今どこにいるかに、言葉の整理は用語集に置きました。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民法760条・766条・877条は夫婦と親子の間の義務を定めていますが、これらを他の債務に優先させる文言は置かれていません。民法の条文だけを読むかぎり、一般的な優劣はありません。差が現れるのは強制執行の場面で、民事執行法152条3項は、扶養義務等に係る金銭債権を請求する場合に差押禁止の割合を4分の3から2分の1へ読み替えると定めています。どちらを先に払うべきかという判断は、当社が申し上げる事柄ではありません。
民事執行法152条1項は、給料や賃金などについて支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分を差押禁止としています。ただし同条3項により、151条の2第1項各号に掲げる義務に係る金銭債権を請求する場合には、この「四分の三」が「二分の一」と読み替えられます。なお、その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときの扱いは、同条1項の括弧書きに定めがあります。個別の事案で差押えが認められるかどうかは、当社の判断できる範囲ではありません。
強制執行は、請求が確定期限の到来に係る場合には期限の到来後に限り開始できるのが原則です(民事執行法30条1項)。民事執行法151条の2第1項は、扶養義務等に係る確定期限の定めのある定期金債権について、その一部に不履行があるときは、確定期限が到来していないものについても債権執行を開始できると定めています。ただし同条2項により、差し押さえられるのは各定期金債権の確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権に限られます。
売却代金の配分は担保権の順位によって決まり、同一の不動産について数個の抵当権が設定されたときはその順位は登記の前後によります(民法373条)。扶養義務等に係る債権を抵当権に優先させる規定は、民法にも民事執行法にも置かれていません。売却によって返済の状況が変わっても、婚姻費用や養育費の支払が自動的に軽くなるわけではありません。額そのものは協議か家庭裁判所で定まるもので、当社が意見を述べることはしていません。
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