任意売却は、競売のどの時点まで進められるのですか。
民事執行法76条1項は、買受けの申出があった後に申立てを取り下げるには、最高価買受申出人または買受人および次順位買受申出人の同意を得なければならないと定めています。それ以前については、この条は同意を求めていません。実務で「入札が始まる前まで」と言われるのは、入札期間に入ると申出があったかどうかが外から分からなくなるためです。ただし条文は日付を定めておらず、当社が間に合うかどうかを申し上げることはしていません。
要旨
民事執行法76条1項は、買受けの申出があった後の取下げについてだけ同意という条件を置いています。それ以前について条文は定めを置いていません。任意売却の締切が「入札が始まる前まで」と語られるのは、この書き分けが理由です。取り下げるかどうかは債権者が決めます。
キーワード民事執行/取下げ/任意売却
「いつまでなら間に合いますか」。競売の開始決定が届いたあとの相談で、いちばん多く出る問いです。当社はこの問いに、日付でお答えすることをしていません。答えを惜しんでいるのではなく、条文が日付を定めていないからです。定めているのは、ある時点から先は取下げに他人の同意が要る、という条件のほうです。
その条件を置いているのが民事執行法76条1項です。本稿は、この一条がどこに線を引いているのかを読みます。実務で任意売却の締切が「入札が始まる前まで」と語られることの根拠は、ここにあります。ただし本稿は、間に合うかどうかを述べるものではありません。条文が定めているのは同意の要否であって、取り下げるかどうかそのものではないからです1。
順に三つを見ます。取下げという行為の主語は誰か。76条1項の本文とただし書が、それぞれ何を条件にしているか。そして、この一条が締切の位置を決めるとして、締切に間に合うかどうかまでを条文が決めているわけではないのはなぜか。
先に、取下げという行為の主語を確かめます。担保不動産競売は、抵当権などの担保権の実行として、担保権の登記がされた不動産についての申立てがあったときに開始します(民事執行法181条1項1号)。執行裁判所は開始決定をし、その決定は債務者に送達されます(同法45条1項・2項)。差押えの効力は、開始決定が債務者に送達された時に生じます(同法46条1項)。手続は申立てに乗って動き、その申立てが取り下げられれば、手続は終わります。
ここで大事なのは、取下げをするのが申立てをした債権者だという点です。債務者や不動産の所有者が取り下げるのではありません。任意売却という言葉が実務で指しているのは、この取下げに至るまでの段取りです。買主を決め、売買の条件を整え、配分の案を債権者に示し、債権者が申立てを取り下げる判断をして、初めて手続は終わります。順序が逆になることはありません。
もう一つ、取下げが一つあれば手続が終わるとは限りません。開始決定がされた不動産についてさらに強制競売の申立てがあったときは、執行裁判所は更に開始決定をします(同法47条1項)。そして先の開始決定に係る申立てが取り下げられたときは、後の開始決定に基づいて手続を続行しなければなりません(同条2項)。誰が申し立てているのかを、登記や送達された書面で確かめる意味があります。
47条にはもう一段あります。先の開始決定に係る手続が停止されたときは、執行裁判所は申立てにより、後の開始決定に基づいて手続を続行する旨の裁判をすることができます(同条6項)。ただし、先の手続が取り消されたとすれば62条1項2号に掲げる事項について変更が生ずるときは、この限りでないとされています。62条1項2号という同じ引用先が、あとで76条1項のただし書にも現れます。
その終わり方も見ておきます。無剰余の場合に差押債権者が期間内に申出と保証の提供をしないときは、執行裁判所は手続を取り消さなければなりません(同法63条2項)。入札または競り売りを三回実施しても買受けの申出がなかった場合には手続を停止でき、差押債権者が三月以内に売却実施の申出をしないときは、手続を取り消すことができます(同法68条の3)2。
取下げに似ていて別のものが、停止です。39条1項は、一定の文書の提出があったときは強制執行を停止しなければならないと定め、40条1項は、そのうち1号から6号までの文書が提出されたときは既にした執行処分をも取り消さなければならないとします。8号の「弁済の猶予を承諾した旨を記載した文書」による停止は、二回に限り、かつ通じて六月を超えることができません(同法39条3項)。止まることと終わることは、条文の上で別に扱われています。
条文をそのまま読みます。
買受けの申出があつた後に強制競売の申立てを取り下げるには、最高価買受申出人又は買受人及び次順位買受申出人の同意を得なければならない。ただし、他に差押債権者(配当要求の終期後に強制競売又は競売の申立てをした差押債権者を除く。)がある場合において、取下げにより第六十二条第一項第二号に掲げる事項について変更が生じないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、買受けの申出があつた後に第三十九条第一項第四号から第五号までに掲げる文書を提出する場合について準用する。
条文が条件を付けているのは「買受けの申出があつた後」です。それ以前について、この条は何も言っていません。同意を要するという定めが置かれていない、というのが条文の状態です。
では「買受けの申出」とは何か。不動産の売却は裁判所書記官の定める売却の方法により行われ、その方法は入札または競り売りのほか最高裁判所規則で定めるとされています(同法64条1項・2項)。期間入札の場合、入札期間の中で入札がされた時点で、買受けの申出があったことになります。実務で締切が「入札が始まる前まで」と語られるのは、入札期間に入ったあとは申出があったかどうかが外から分からず、76条1項の条件が働きうる状態に入るためです。条文が日付を書いているわけではありません3。
同意を求められる相手は、最高価買受申出人または買受人、および次順位買受申出人です。手続に応じて自分の地位を得た者を、取下げによって一方的に失わせない、という組み立てになっています。逆にいえば、まだ誰も応じていない段階では、失わせる相手がいません。
並んでいる名前も見ておく値打ちがあります。同意を求める相手として条文が挙げているのは、買受けに応じた者だけです。債務者も、不動産の所有者も、ここには書かれていません。取り下げるかどうかの場面で、住んでいる側は当事者として登場しません。手続の外から段取りを整えることになるのは、この構造によります。
ただし書はその裏返しです。他に差押債権者がある場合において、取下げによって物件明細書に記載すべき事項——売却によりその効力を失わない権利の取得など(同法62条1項2号)——に変更が生じないときは、同意を要しないとされています。二つの条件が重なったときにだけ、本文の同意が外れる書き方です。どちらか一方では足りません。
62条1項が物件明細書の記載事項として挙げているのは三つです。不動産の表示、売却によりその効力を失わない権利の取得および仮処分の執行、そして売却により設定されたものとみなされる地上権の概要。ただし書が守ろうとしているのは、この二号の事項——買受けを考える人が見て判断した権利関係——が取下げによって動かないことです。同意という手当てが要らなくなるのは、見ていた条件がそのまま残る場合に限られます。
ただし書の括弧書きも読んでおきます。ここでいう「他に差押債権者」からは、配当要求の終期後に申立てをした差押債権者が除かれています。終期の後に加わった者は、この場面では頭数に入りません。ここでも、配当要求の終期という時点が条文の中で働いています。
76条2項は、同じ線を書面の提出にも引いています。買受けの申出があった後に39条1項4号から5号までの文書を提出する場合について、1項の規定が準用されます。強制執行をしない旨や申立てを取り下げる旨を記載した和解の調書などが、これに当たります。取下げと同じ効果を持つ書面にも、同じ条件がかかるということです。
この形は、民事執行法だけのものではありません。特別の定めがある場合を除き、民事執行の手続には民事訴訟法の規定が、その性質に反しない限り準用されます(同法20条)。訴えの取下げについて、民事訴訟法は次のように定めています。
訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。
2 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。
3 訴えの取下げは、書面でしなければならない。
ある時点までは自由で、そこから先は相手の同意にかかる。76条1項は、同じ形を執行の場面に置いたものと読めます。ただし、並べると違いも見えます。民事訴訟法261条6項は、取下げの書面の送達を受けた日から二週間以内に相手方が異議を述べないときは同意したものとみなすと定めています。これに当たる規定は、民事執行法76条にはありません4。
任意売却の側から見ると、この条文が締切の位置を決めています。買受けの申出が出る前に、買主を決め、売買契約を整え、債権者が配分を承諾し、取下げの判断に至っている必要がある。逆算すると、公告された入札期間の初日が、事実上の折り返し点として置かれることになります。
日程そのものは公告で分かります。入札等の方法で売却をするときは、裁判所書記官が、売却すべき不動産の表示、売却基準価額並びに売却の日時及び場所を公告しなければなりません(民事執行法64条5項)。物件明細書の写しも一般の閲覧に供されます(同法62条2項)。残り時間は、こちらが調べれば分かる形で置かれています。段階ごとの見え方は今どこにいるかに整理しました。
線は、開札の後にも引かれ続けます。売却の実施の終了から売却決定期日の終了までの間に39条1項7号の文書の提出があった場合、執行裁判所は他の事由により売却不許可決定をするときを除き、売却決定期日を開くことができません。この場合、最高価買受申出人または次順位買受申出人は、買受けの申出を取り消すことができます(同法72条1項)。時点ごとに、動ける人と動ける内容が入れ替わります。
線を越えたあとの話も、条文には書かれています。買受人が代金を納付しないときは、売却許可決定はその効力を失い、買受人は提供した保証の返還を請求できません(同法80条1項)。この場合に次順位買受けの申出があるときは、執行裁判所はその申出について売却の許可または不許可の決定をします(同条2項)。手続は次の買受人へ移る形で書かれており、振り出しに戻る形にはなっていません。
そのうえで、当社は「その日までなら間に合います」と申し上げていません。76条1項が定めているのは同意の要否であって、債権者に取下げを義務づける規定ではないからです。取り下げるかどうかは債権者の判断であり、条文はそこに何も書いていません。買主が決まっても、配分の案が承諾されなければ取下げには至りません。締切の位置は条文で決まりますが、間に合うかどうかは条文の外にあります。
68条の3のように、売却が重ねて不調に終わった場合の規定もあります。ただしそこで手続を止め、あるいは続けるかどうかを決めるのは差押債権者と執行裁判所であって、債務者の側が動かせるものではありません。時間が経てば楽になる、という読み方をする材料ではありません5。
当社にできるのは、公告された期日から逆算して手順を並べ、価格と配分の案を早い段階で債権者に示すところまでです。手続の全体は任意売却とはに書きました。並行して、引っ越し先の確保を進めておく意味もあります。競売との違いは任意売却と競売は、何が違うかにまとめています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民事執行法76条1項は、買受けの申出があった後に申立てを取り下げるには、最高価買受申出人または買受人および次順位買受申出人の同意を得なければならないと定めています。それ以前については、この条は同意を求めていません。実務で「入札が始まる前まで」と言われるのは、入札期間に入ると申出があったかどうかが外から分からなくなるためです。ただし条文は日付を定めておらず、当社が間に合うかどうかを申し上げることはしていません。
取り下げるのは、申立てをした債権者です。担保不動産競売は、担保権の登記がされた不動産についての申立てがあったときに開始します(民事執行法181条1項1号)。手続は申立てに乗って動いているため、債務者や所有者の側から取り下げる形にはなっていません。当社が行うのは、売買の条件と配分の案を整えて債権者に示すところまでで、取下げの判断そのものは債権者の側にあります。
終わるとは限りません。開始決定がされた不動産についてさらに強制競売の申立てがあったときは、執行裁判所は更に開始決定をします(民事執行法47条1項)。そして先の開始決定に係る申立てが取り下げられたときは、後の開始決定に基づいて手続を続行しなければならないとされています(同条2項)。誰が申し立てているのかは、登記や送達された書面で確かめる値打ちがあります。
入札等の方法により売却をするときは、裁判所書記官が、売却すべき不動産の表示、売却基準価額並びに売却の日時及び場所を公告しなければならないとされています(民事執行法64条5項)。また物件明細書の写しは、執行裁判所に備え置かれて一般の閲覧に供されます(同法62条2項)。残り時間は、こちらが調べれば分かる形で置かれています。届いた書面と公告の内容を、まずご確認ください。
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