自分の家を、自分で入札して買い戻すことはできますか。
民事執行法68条は「債務者は、買受けの申出をすることができない」と定めています。例外規定も但書も置かれていません。この規定は188条により担保不動産競売にも準用されますので、住宅ローンの抵当権に基づく競売でも同じ扱いになります。禁止は買受けの申出そのものに向けられているため、開札や売却決定期日を待つまでもなく、申出の段階で制限がかかります。
要旨
民事執行法68条は「債務者は、買受けの申出をすることができない」とだけ定めます。例外も但書もなく、担保不動産競売にも準用されます。一方で親族については条文に定めがなく、71条3号の「計算において」に当たるかが問題になり得ます。当社は結論を述べません。
キーワード民事執行/買受けの申出
競売の話が具体的になってきた段階で、相談の場でよく出る問いがあります。自分で入札して、自分の家を買い戻すことはできないのか。安く落ちるくらいなら、その値段で自分が買いたい。住み続けられるなら、借りてでも払う。言い方はさまざまですが、問いの中身は同じです。
この問いに対して、民事執行法は一行で答えています。68条「債務者は、買受けの申出をすることができない」。例外も、但書も、要件もありません。本稿は、この一行がどの範囲に及び、周りにどのような条文が置かれているのかを確かめます。あわせて、しばしば同じ話として語られる「親族が買えるか」が、条文の上ではまったく別の位置にあることを整理します1。
先に申し上げておくと、本稿は親族が買受人になれるかどうかについて結論を書きません。条文がそこに答えを置いていないからです。書けるのは、条文がどこに何を書き、どこを空けているかまでです。
この希望が出てくるのには、理由があります。競売では売却基準価額が評価に基づいて決まり、買受けの申出の額の下限は、売却基準価額からその十分の二に相当する額を控除した買受可能価額です(民事執行法60条1項・3項)。所有者の側から見れば、自分の家に付いた値が、自分の思う額より低く見えることがあります。そこへ、自分が入札すれば、という考えが浮かびます。
もうひとつ、生活の側の事情があります。競売で家を失うことと、家を売って住み替えることは、当事者にとって同じ重さではありません。学校、勤め先、介護、近所づきあい。動かせないものを抱えていると、金額の問題ではなく場所の問題として考えることになります。買い戻しの希望は、その延長線上に出てきます。
ここで、条文が意外にはっきり書いていることを挟んでおきます。差押えの効力は開始決定が債務者に送達された時に生じますが、条文はすぐ次の項でこう続けます。差押えは、債務者が通常の用法に従って不動産を使用し、または収益することを妨げない(46条2項)。開始決定が届いた日から住めなくなるわけではない、ということが法律に書いてあります。住み続けることと、買い受けることは、条文の上では別の話です。
ところが手続の側から見ると、買い戻しの希望は入口で止まります。68条の禁止は、買受けの申出そのものに向けられているからです。開札を待つまでもなく、売却決定期日を待つまでもなく、申出の段階で扉が閉じている。しかもこの条文は担保不動産競売にも準用されます(188条)。住宅ローンの抵当権に基づく競売でも、同じ扱いです2。
では、条文は債務者を手続のどこに置いているのか。代金が納まった後の流れを見ると、位置がはっきりします。執行裁判所は代金の納付があった場合に配当を実施し、債権者が一人である場合または売却代金で各債権者の債権及び執行費用の全部を弁済することができる場合には、弁済金を交付したうえで剰余金を債務者に交付すると定められています(84条1項・2項)。
つまり条文は、債務者を代金を出す側ではなく受け取る側に置いています。引渡しの場面でも同じです。執行裁判所は、代金を納付した買受人の申立てにより、債務者または不動産の占有者に対し不動産を買受人に引き渡すべき旨を命ずることができます(83条1項)。債務者は、買う側に回れないだけでなく、出る側として名指しされているということです3。
ただし、その引渡命令にも時間の区切りがあります。買受人は、代金を納付した日から六月を経過したときは申立てをすることができません(83条2項)。買受けの時に民法395条1項の抵当建物使用者が占有していた建物の買受人については、九月です。ここで民法395条を見ると、抵当権者に対抗することができない賃貸借により建物を使用収益する者のうち一定のものは、買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは建物を引き渡すことを要しないとされています。猶予が置かれているのは賃借人であって、債務者本人ではありません。同じ建物にいても、条文は立場ごとに違う扱いをしています。
条文をそのまま引きます。
債務者は、買受けの申出をすることができない。
理由は書かれていません。条文から読み取れるのは、周りに置かれた規定との関係だけです。買受人は代金を納付した時に不動産を取得し(79条)、納付された代金は債権者への配当等に充てられます。債務者が買受人になるということは、債務を払えないとされた者が代金を納めることを意味します。条文がその点をどう評価したのかは書かれていませんが、手続の組み立てとは正面からぶつかります。
興味深いのは、条文が差押債権者については逆の前提を置いていることです。63条2項1号は「差押債権者が不動産の買受人になることができる場合」という書き方をしており、68条の2第2項は、差押債権者が買受けの申出をして保証を提供する場面を定めています。買えない者として名指しされているのは、債務者だけです。
その68条の2は、債務者をもう一度別の役で登場させます。入札または競り売りの方法により売却を実施させても買受けの申出がなかった場合において、債務者または不動産の占有者が不動産の売却を困難にする行為をし、またはそのおそれがあるときに、差押債権者の申立てにより、買受人が代金を納付するまでの間の保全処分を命じることができる。債務者は、買う側に回れないだけでなく、売却を妨げる側に回ることも想定して規律されているということです。
では、債務者以外の者が債務者のために入札したらどうなるのか。ここに71条が関わってきます。
執行裁判所は、次に掲げる事由があると認めるときは、売却不許可決定をしなければならない。
二 最高価買受申出人が不動産を買い受ける資格若しくは能力を有しないこと又はその代理人がその権限を有しないこと。
三 最高価買受申出人が不動産を買い受ける資格を有しない者の計算において買受けの申出をした者であること。
二号と三号は、似ているようで向きが違います。二号は最高価買受申出人その人の資格や能力を問い、三号はその申出が誰の計算によるものかを問う。名義人の属性を見るのが二号、名義の背後を見るのが三号です。三号の「計算において」という語は、同じ法律の中に三か所あります。買受けの申出をしようとする者が陳述すべき事項のうち、自己の計算において申出をさせようとする者に関するもの(65条の2第2号)。執行裁判所が都道府県警察に調査を嘱託する場面(68条の4第2項)。そして71条3号です。
三か所で使われながら、条文はどこにも定義を置いていません4。どこまでが計算に当たるのかは、条文からは決まりません。判断するのは執行裁判所であり、その判断がされるのは売却決定期日です(69条・71条)。
買受けの申出の側を閉じる仕組みは、68条だけではありません。執行官は、他の者の買受けの申出を妨げ、もしくは不当に価額を引き下げる目的をもって連合する等、売却の適正な実施を妨げる行為をした者に対し、買受けの申出をさせないことができます(65条1号)。また、買受けの申出は、暴力団員等に該当しない旨を陳述しなければすることができません(65条の2)。閉じ方が三通りあるということです。条文が当然に閉じるもの、執行官が閉じることができるもの、陳述がなければ開かないもの。
もっとも、条文は債務者を手続から締め出しているわけでもありません。数個の不動産を売却した場合において、あるものの買受けの申出の額で各債権者の債権及び執行費用の全部を弁済することができる見込みがある不動産が数個あるときは、執行裁判所は、売却の許可をすべき不動産について、あらかじめ債務者の意見を聴かなければならないとされています(73条2項)。買う側には回れないが、どれを売るかについては意見を述べる場がある。条文はそのように書き分けています。
ここが本稿でもっとも慎重に書かなければならない箇所です。68条の主語は「債務者」です。親族ではありません。条文は、債務者の親や子や兄弟が買受けの申出をすることを、明文で禁じてはいません。他方で71条3号は、買い受ける資格を有しない者の計算による申出を不許可事由としています。したがって条文は、親族が買受人になれるかどうかについて、一律の答えを置いていません。
ただ、条文の書き方を並べておくことはできます。法律は、除くべき人を名指しするときには名指ししています。抵当権消滅請求について、民法は次のように書いています。
主たる債務者、保証人及びこれらの者の承継人は、抵当権消滅請求をすることができない。
主たる債務者だけでなく、保証人も、その承継人も並べられています。民事執行法68条が「債務者」とだけ書いていることと、書きぶりが違います。逆に、買えると明記された人もいます。
抵当不動産の第三取得者は、その競売において買受人となることができる。
この二つを並べると、条文の書きぶりの違いが見えます。ある人を除きたいとき、法は「主たる債務者、保証人及びこれらの者の承継人」と書く。ある人に認めたいとき、法は「第三取得者は、買受人となることができる」と書く。民事執行法68条は、そのどちらの形も取らず、「債務者」とだけ書いています。この書き方から親族についての答えを引き出すことはできません。できるのは、条文が書いていないという事実を、そのまま置いておくことだけです。
民法には、競売の外側から抵当権を外す道も書かれています。抵当不動産について所有権または地上権を買い受けた第三者が、抵当権者の請求に応じてその代価を弁済したときは、抵当権はその第三者のために消滅する(378条)。抵当権消滅請求のほうは、第三取得者が登記をした各債権者に一定の書面を送付して手続を始め、債権者が二箇月以内に競売の申立てをしないときなどには提供した額を承諾したものとみなされます(383条・384条)。いずれも、抵当権者の側の動きが要件に組み込まれています。買う側が望めば進む仕組みではありません。
時期の制限もあります。抵当不動産の第三取得者は、抵当権の実行としての競売による差押えの効力が発生する前に、抵当権消滅請求をしなければならないとされています(382条)。競売が始まってから思い立っても、この窓はすでに閉じているということです。
条文が「債務者」と「所有者」を書き分けている箇所があることも記しておきます。182条は、開始決定に対する執行抗告等について「債務者又は不動産の所有者」と並べています。また、188条は不動産執行の規定を担保不動産競売に準用すると定めるだけで、語の読替えを置いていません。同じ章の189条が読替えを明記していることと比べると、書き方が違います5。
混同されやすいのは、競売の枠の外にある話です。競売が取り下げられるか、あるいは開始前の段階で、所有者が親族に売るという形。これは民事執行法の問題ではなく、私法上の売買です。抵当権が付いたままでは通常の売買が成立しないため、抵当権者が抹消に同意するかどうかが前提になります。加えて、買う側が住宅ローンを組めるかどうかという別の問題があります。取下げの局面では、買受けの申出があった後は最高価買受申出人らの同意まで要ります(76条1項)。条件が三つ、四つと重なる形です。
当社は親族間の売買を率先してお勧めしていません。成立しない条件が重なりやすく、期待だけが残ることがあるためです。任意売却そのものの仕組みは任意売却とはに、ほかの手の並びは任意売却以外の選択肢に整理しました。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民事執行法68条は「債務者は、買受けの申出をすることができない」と定めています。例外規定も但書も置かれていません。この規定は188条により担保不動産競売にも準用されますので、住宅ローンの抵当権に基づく競売でも同じ扱いになります。禁止は買受けの申出そのものに向けられているため、開札や売却決定期日を待つまでもなく、申出の段階で制限がかかります。
民事執行法68条の主語は「債務者」であり、親族ではありません。条文は親族の買受けの申出を明文で禁じてはいません。他方で71条3号は、最高価買受申出人が不動産を買い受ける資格を有しない者の計算において買受けの申出をした者であることを売却不許可事由としています。「計算において」の定義は条文に置かれていません。したがって条文は一律の答えを置いておらず、当社が結論を申し上げることもしていません。
条文は理由を書いていません。読み取れるのは周りの規定との関係だけです。買受人は代金を納付した時に不動産を取得し(民事執行法79条)、納付された代金は債権者への配当等に充てられます。債務者が買受人になるということは、債務を払えないとされた者が代金を納めることを意味します。条文がこの点をどう評価したかまでは書かれていませんので、本稿でもそれ以上は述べていません。
これは民事執行法の問題ではなく、私法上の売買です。抵当権が付いたままでは通常の売買が成立しないため、抵当権者が抹消に同意するかどうかが前提になります。加えて、買う側が融資を受けられるかという別の問題があります。当社は親族間の売買を率先してお勧めしていません。成立しない条件が重なりやすく、期待だけが残ることがあるためです。ご検討の際は、まず現在の段階と債権者の意向をご確認ください。
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