競売が取り消されると、住宅ローンは払わなくてよくなるのですか。
いいえ。民事執行法63条は手続の続け方を定めた条文であり、債権の消滅を定めた条文ではありません。取り消されても、借りた額も遅延損害金もそのまま残ります。また、同法59条1項による抵当権の消滅は売却の効果ですので、売却に至らなかった以上、抵当権は登記に残ったままです。差押えの登記は抹消されますが(54条1項)、それは手続が終わったことを意味するにとどまります。
要旨
買受可能価額が手続費用と優先債権の見込額に届かないとき、執行裁判所は差押債権者に通知し、一週間以内に申出と保証がなければ手続を取り消さなければなりません(63条)。ただし取消しは手続の終わりであって、債務も抵当権も残ります。
キーワード民事執行/無剰余取消し
先に、都合のよくないほうから書きます。競売の手続が裁判所によって取り消されることがあります。ところが、それは借りたお金が消えることではありません。手続は終わっても、債務は残り、抵当権も登記に残ったままです。相談の場で「競売が取り消されたと聞いた」と伺うことがありますが、そのときに最初に確かめるのは、何が終わって何が終わっていないのかという一点です。
この取消しを定めているのが、民事執行法63条です。見出しは「剰余を生ずる見込みのない場合等の措置」。売っても申立てをした債権者に届く見込みがないときに、手続をどう扱うかを書いた条文です。本稿は、その条件と手順を条文から確かめ、取り消されたあとに何が残るのかまでを追います。63条が担保不動産競売にも及ぶのは、188条の準用によります1。
見るのは三つです。63条1項が何と何を比べ、誰に通知せよと言っているか。2項の一週間のあいだに、差押債権者の側に何が並んでいるか。そして、取り消されたあとに残るものと、条文が用意している続きです。三つ目には、取消しがそのまま終わりにならない場合も含まれます。
競売は、債権を回収するための手続です。申立てをした債権者が一円も受け取れないのであれば、その債権者のために手続を続ける理由がありません。63条は、この考え方を条文の形にしたものです。まず1項を読みます。
執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、その旨を差押債権者に通知しなければならない。
一 差押債権者の債権に優先する債権(以下この条において「優先債権」という。)がない場合において、不動産の買受可能価額が執行費用のうち共益費用であるもの(以下「手続費用」という。)の見込額を超えないとき。
二 優先債権がある場合において、不動産の買受可能価額が手続費用及び優先債権の見込額の合計額に満たないとき。
判断の材料は二つです。ひとつは手続費用。1号は、執行費用のうち共益費用であるものを「手続費用」と呼んでいます。執行費用の全部ではなく、その中の共益費用に当たる部分だけが、ここでいう手続費用です2。もうひとつは優先債権で、柱書と1号が、差押債権者の債権に優先する債権をこう呼ぶと定めています。先順位の抵当権が付いていれば、それがここに入ります。
そして、これらと比べられるのが買受可能価額です。落札された額ではありません。まだ入札も始まっていない段階で、売却基準価額の八割という数字を使って見込みを立てます。この数字の作られ方は評価と売却基準価額に譲ります。
1項は、比べ方を二つに分けます。優先債権がない場合は、買受可能価額が手続費用の見込額を超えないとき。優先債権がある場合は、買受可能価額が手続費用および優先債権の見込額の合計額に満たないとき。どちらかに当たると認めるときは、執行裁判所はその旨を差押債権者に通知しなければなりません。
条文の書き方を、もう一段見ておきます。1項は「該当すると認めるときは」と述べるだけで、いつ認めるのかを定めていません。売却基準価額が定まれば買受可能価額は計算できますから、比べる材料はその時点でそろいます。しかし条文は、判断をどの時点で行うかも、見込額をどう算定するかも書いていません。ここに置かれているのは、比べる対象と、比べた結果として何をするかだけです。
ここで、通知の相手を確かめておきます。1項が名指しするのは差押債権者だけです。63条は、債務者に通知せよとは書いていません。剰余があるかどうかは、住んでいる人にとって手続が続くかどうかを左右する事柄ですが、その判断と通知は、条文の上では債権者と裁判所のあいだで完結する構えになっています。
住宅ローンの場面でこれが起きるのは、たとえば先順位の抵当権の残額が大きく、後順位の債権者が自ら競売を申し立てたようなときです。ただし、どの事案がこれに当たるかは見込額の算定によって決まりますので、当社が当てはめを申し上げることはしていません。段階ごとの整理は今どこにいるかに置きました。
通知が届いたあと、条文は差押債権者に選択を求めます。
差押債権者が、前項の規定による通知を受けた日から一週間以内に、優先債権がない場合にあつては手続費用の見込額を超える額、優先債権がある場合にあつては手続費用及び優先債権の見込額の合計額以上の額(以下この項において「申出額」という。)を定めて、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める申出及び保証の提供をしないときは、執行裁判所は、差押債権者の申立てに係る強制競売の手続を取り消さなければならない。
期間は一週間です。通知を受けた日から起算します。この間に、差押債権者は申出額を定めて、申出と保証の提供をしなければなりません。買受人になれる場合は、その額での買受けの申出と、申出額に相当する保証の提供。買受人になれない場合は、差額を負担する旨の申出と、申出額と買受可能価額との差額に相当する保証の提供です。
しなければどうなるか。条文は「取り消さなければならない」と書いています。裁量ではありません。債権者が動かなければ、手続は取り消されます。ただし2項にはただし書があり、二つの場合が外されています。ひとつは、差押債権者がその期間内に1項各号のいずれにも該当しないことを証明したとき。もうひとつは、1項2号に該当する場合であって買受可能価額が手続費用の見込額を超えるときに、優先債権を有する者の同意を得たことを証明したときです3。
さらに3項が置かれています。買受人になれない差押債権者が2項2号の申出と保証をした場合でも、買受可能価額以上の額の買受けの申出がないときは、執行裁判所は手続を取り消さなければなりません4。保証を積んでも、買い手が現れなければ同じ結末になるということです。
ここで、隣に置かれた別の取消しと並べておきます。68条の3は、入札または競り売りによる売却を三回実施させても買受けの申出がなかった場合について定めた条文で、通知を受けた差押債権者が三月以内に売却実施の申出をしないときなどに、執行裁判所は手続を「取り消すことができる」としています。63条2項の「取り消さなければならない」とは、語尾が違います。剰余がないときの取消しには裁量の余地がなく、売れないときの取消しには余地があるという書き分けです。
取消決定が効力を生じると、裁判所書記官は、開始決定に係る差押えの登記の抹消を嘱託しなければなりません(54条1項)。登記簿から差押えの記載が消えます。競売としての手続は、ここで終わります。なお54条2項は、この嘱託に要する登録免許税その他の費用を、取下げまたは取消決定に係る差押債権者の負担とすると定めています5。
終わらないものを並べます。第一に、債務です。63条は手続の続け方を定めた条文であって、債権の消滅を定めた条文ではありません。取り消されても、借りた額も、遅延損害金も、そのまま残ります。第二に、抵当権です。59条1項による消滅は売却の効果ですから、売却に至らなかった以上、抵当権は登記に残ります。第三に、再び申し立てられる余地です。取消しは、その申立てに係る手続を終わらせるだけです。
もう一つ、取消しがそのまま手続の終わりにならない場合が条文に置かれています。47条2項は、先の開始決定に係る強制競売もしくは競売の申立てが取り下げられたとき、またはその手続が取り消されたときは、執行裁判所は後の強制競売の開始決定に基づいて手続を続行しなければならないと定めます。二重開始決定があれば、取消しの後も手続は続きます。取り消されたという知らせだけで状況を判断できないのは、この構えがあるためです。
取消しの根拠が63条だけではないことも、あわせて見ておきます。53条は、不動産の滅失その他売却による不動産の移転を妨げる事情が明らかとなったときに、執行裁判所は手続を取り消さなければならないと定めています。こちらは剰余の有無とは関係がなく、売ろうとしている物そのものに事情が生じた場合の規定です。取消しという同じ結果に至る道が、条文の中に複数置かれています。したがって、取り消されたという事実だけからは、どの条文によるものかは分かりません。
書面という切り口でも見ておきます。63条1項の通知も、2項の申出と保証も、住んでいる人の手元には現れません。63条は、これらを債務者に知らせることを定めていないからです。外から確かめられる変化は、差押えの登記が抹消されることのほうに現れます。取り消されたと人づてに聞いたときに、まず登記を見ることになるのは、そのためです。
これらを並べると、取消しが読者にとって何であるかが見えてきます。差押えが消えれば、登記の上では動ける状態に戻ります。しかし抵当権が残っている以上、売るには抵当権を消してもらう必要があり、そのためには債権者の同意が要ります。手続が止まったことと、返済の問題が解けたことは、別のことです。競売と任意売却で何が違うかは任意売却と競売は、何が違うかに整理しています。
なお、取消決定に対しては執行抗告をすることができます(12条1項)。同条2項は、執行抗告をすることができる裁判は確定しなければその効力を生じないとしています6。取消しが告げられた日と、その効力が生じる日は、条文の上で同じ日ではありません。もっとも、抗告をすべきかどうかは法律の判断であり、当社が申し上げる事柄ではありません。ほかにどのような手が並んでいるかは任意売却以外の選択肢をご覧ください。
注
参考文献
この記事のよくある質問
いいえ。民事執行法63条は手続の続け方を定めた条文であり、債権の消滅を定めた条文ではありません。取り消されても、借りた額も遅延損害金もそのまま残ります。また、同法59条1項による抵当権の消滅は売却の効果ですので、売却に至らなかった以上、抵当権は登記に残ったままです。差押えの登記は抹消されますが(54条1項)、それは手続が終わったことを意味するにとどまります。
民事執行法63条1項は二つの場合を挙げます。優先する債権がない場合に、買受可能価額が手続費用の見込額を超えないとき。優先する債権がある場合に、買受可能価額が手続費用および優先債権の見込額の合計額に満たないとき。執行裁判所はその旨を差押債権者に通知し、通知を受けた日から一週間以内に申出と保証の提供がなければ、手続を取り消さなければならないとされています(2項)。
民事執行法63条2項は、差押債権者が申出額を定めて、買受けの申出と保証の提供、または差額を負担する旨の申出と保証の提供をすることを求めています。あわせて同項ただし書は、1項各号のいずれにも該当しないことを証明したとき、または一定の場合に優先債権を有する者の同意を得たことを証明したときを外しています。もっとも、3項により、買受可能価額以上の買受けの申出がなければ取り消されます。
差押えの登記が抹消されますので、登記の上では動ける状態に戻ります。ただし抵当権が残っている以上、売却するには抵当権を消してもらう必要があり、そのためには債権者の同意が要ります。また、取消しはその申立てに係る手続を終わらせるだけですので、その後どうなるかは債権者の判断によります。当社が見通しを申し上げることはしていません。
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