競売の価額は誰が決めるのですか。
民事執行法58条1項により、執行裁判所が評価人を選任し、不動産の評価を命じます。評価という作業を行うのは評価人ですが、その評価に基づいて売却基準価額を定めるのは執行裁判所です(60条1項)。したがって、評価人の評価書はあくまで材料であり、価額そのものではありません。これらの規定は188条により担保不動産競売にも準用されます。
要旨
評価をするのは評価人、価額を定めるのは執行裁判所です。買受けの申出は、売却基準価額から十分の二を控除した買受可能価額以上でなければなりません(民事執行法60条3項)。条文から取り出せる数字はここまでで、落札額は別の話です。
キーワード民事執行/売却基準価額
担保不動産競売の手続が始まると、住んでいる家の値段が、住んでいる人の関与しないところで定まっていきます。執行官が現況を調べに来て、評価人が不動産を評価し、執行裁判所が一つの価額を決める。相談の場で「いくらで売られるのですか」と尋ねられることがありますが、この問いに当社が数字でお答えすることはできません。決めるのは執行裁判所であって、当社ではないからです。
ただし、その数字がどのような手順で、何を材料にして定まるのかは、民事執行法に書かれています。本稿は、評価を定めた58条と、売却基準価額を定めた60条を読み、そこから言えることと言えないことを分けます。これらの規定が担保不動産競売にも及ぶのは、188条が不動産執行の規定を準用しているからです1。
順に、三つのことを見ます。評価という作業を条文が誰に割り当て、その人に何を許し、何を許していないか。60条3項の十分の二という数字が、どこで定義され、どこで使われているか。そして、価額が定まった日を境に何が動くか。
はじめに、二人の登場人物を分けておきます。評価人と、執行裁判所です。民事執行法58条1項は、執行裁判所は評価人を選任し、不動産の評価を命じなければならないと定めます。評価人を選ぶのは裁判所ですが、評価という作業そのものを行うのは評価人です。そして、評価人の評価は、まだ価額ではありません。評価人の評価に基づいて、執行裁判所が売却基準価額を定めます(60条1項)。評価書は、その材料として提出されるものです。
評価人が何を見るのかは、同条2項に書かれています。
評価人は、近傍同種の不動産の取引価格、不動産から生ずべき収益、不動産の原価その他の不動産の価格形成上の事情を適切に勘案して、遅滞なく、評価をしなければならない。この場合において、評価人は、強制競売の手続において不動産の売却を実施するための評価であることを考慮しなければならない。
前段には、勘案すべき事情が並びます。近傍同種の取引価格、生ずべき収益、原価、その他の価格形成上の事情。取引価格だけを見るのでも、収益だけを見るのでもありません。
後段には、見落とされやすい一文が置かれています。競売の手続において売却を実施するための評価であることを考慮しなければならない、という指示です。この一文があるということは、この評価が、市場でふつうに売り出すときの値付けと同じ作業ではないことを、法律の側が前提にしているということになります。ただし条文は、どう考慮するかまでは書いていません。ここから「競売なら何割下がる」といった一般論を引き出すことは、条文の読み方としてできません2。
前段のほうにも、条文が答えを置いていない箇所があります。名指しで並ぶ材料は三つですが、四つ目は「その他の不動産の価格形成上の事情」とくくられています。何がここに入るのかを、条文は書いていません。「適切に勘案して」の適切さの程度も、「遅滞なく」が何日を指すのかも、同じく書かれていません3。条文がここで定めているのは、見るべき材料の骨格と、これが競売のための評価であることの二つだけだと読むほかありません。
評価人にできることの範囲も、条文は限定して書いています。58条3項は、評価人が6条2項によって執行官に援助を求めるには、執行裁判所の許可を受けなければならないと定めます。評価人が自分の判断だけで実力を伴う手当てを呼び込める構えにはなっていません。
一方で、調べるための権限は置かれています。58条4項は、18条2項と、現況調査について定めた57条2項・4項・5項を、評価人が評価をする場合について準用します。不動産に立ち入ること、債務者やその不動産を占有する第三者に質問し文書の提示を求めること、市町村に固定資産税に関して保有する図面その他の資料の写しの交付を請求すること、電気・ガス・水道といった継続的給付を行う公益事業を営む法人に必要な事項の報告を求めること。家に人が入る場面が二度あるのは、この準用のためです。
ここで、準用の対象から外れているものに目を留めておきます。57条3項は、執行官が立ち入る場合において必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすることができると定めています。58条4項が挙げるのは2項・4項・5項であって、3項は入っていません。閉じた戸を開ける処分は、条文の上では執行官の側に置かれています。二度ある立入りは、根拠も、伴う権限も同じではないということです。執行官が来る日については今どこにいるかに段階ごとの整理を置きました。
次に、価額そのものを定めた条文を読みます。
執行裁判所は、評価人の評価に基づいて、不動産の売却の額の基準となるべき価額(以下「売却基準価額」という。)を定めなければならない。
2 執行裁判所は、必要があると認めるときは、売却基準価額を変更することができる。
3 買受けの申出の額は、売却基準価額からその十分の二に相当する額を控除した価額(以下「買受可能価額」という。)以上でなければならない。
1項が述べているのは、決めるのが執行裁判所であることと、それが「売却の額の基準となるべき価額」であることの二つです。基準となるべき価額であって、落札額の予想ではありません。2項は変更を認めます。必要があると認めるときは変更できる、という書き方です。いったん定まった数字が動かないわけではありません4。
3項が、本稿でもっとも具体的な部分になります。買受けの申出の額は、売却基準価額からその十分の二に相当する額を控除した価額以上でなければならない。この控除後の額に、条文は「買受可能価額」という名前を与えています。売却基準価額の八割が、申出できる下限になるということです。
この十分の二は、条文に書かれた数字です。出典を示せるのはここまでで、実際にいくらで買受けの申出があるかは別の話になります。買受可能価額は下限であって、上限ではありません。当社が落札額の見通しを申し上げないのは、その答えが条文に書かれていないからです。
買受可能価額という語は、60条3項で定義されたあと、条文の別の場所で繰り返し使われます。61条ただし書は、数個の不動産のうちあるものの買受可能価額で各債権者の債権と執行費用の全部を弁済できる見込みがある場合に、一括売却には債務者の同意が要るとしています。63条1項は剰余を生ずる見込みの有無をこの語で判断し、67条は次順位買受けの申出ができるための下限をこの語で定めます。68条の2第2項は、差押債権者が保全処分を申し立てるときの申出額を、この語以上の額としています。
八割という数字が効いてくるのは、入札の場面だけではありません。もうひとつ、価額を扱うときに落としてはならない条文があります。一文だけの規定です。
債務者は、買受けの申出をすることができない。
買受可能価額がいくらであるかを知ったとしても、債務者はその額で申出をする側に回れません。価額は、住んでいる人にとって、自分が参加できない場所で使われる数字だということになります。この一文は、価額をめぐる条文の並びのなかで、住んでいる側の位置をもっとも端的に示しています。誰がここでいう債務者に当たるかは条文の解釈に属する事柄であり、当社が判定することではありません5。
そして、売却基準価額が定まることは、売却が成立することを意味しません。68条の3は、裁判所書記官が入札または競り売りの方法による売却を三回実施させても買受けの申出がなかった場合において、不動産の形状、用途、法令による利用の規制その他の事情を考慮して、さらに売却を実施させても売却の見込みがないと認めるときは、手続を停止することができると定めます。買い手が現れないという事態を、条文はあらかじめ想定しているわけです6。
売却基準価額が定まると、手続の内と外に向けて、いくつかのことが同時に起こります。第一に、公になります。64条5項は、入札または競り売りの方法で売却をするとき、裁判所書記官は売却すべき不動産の表示、売却基準価額、売却の日時および場所を公告しなければならないと定めます。自宅の価額が、公告という形で外から見えるようになります。これは競売という手続の性質から来るもので、これを避ける方法が条文に置かれているわけではありません。
第二に、次の判断の基礎になります。63条1項は、優先する債権がない場合に買受可能価額が手続費用の見込額を超えないとき、優先する債権がある場合に買受可能価額が手続費用および優先債権の見込額の合計額に満たないときは、その旨を差押債権者に通知しなければならないと定めます。ここで基準に使われているのも買受可能価額です。つまり、売却基準価額の八割の数字が、手続を続けるかどうかの分かれ目に直結します。この分かれ目の先については無剰余取消しに別に書きました。
第三に、ひとつの扉が閉まります。59条5項は、利害関係を有する者が権利の消滅や引受けについて条文と異なる合意をした旨を届け出ることを認めていますが、その期限を「次条第一項に規定する売却基準価額が定められる時まで」としています。価額が定まる日は、この届出ができる最後の日でもあります。手続の日程は住んでいる側の都合とは別に進みますから、どの扉がまだ開いているかは、段階によって変わります。競売と任意売却で何がどう違うかは任意売却と競売は、何が違うかに整理しています。
反対に、定まったあとで前提が崩れた場合の受け皿も置かれています。75条1項は、最高価買受申出人または買受人が、買受けの申出をした後に天災その他自己の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合について、売却許可決定前は売却の不許可の申出を、決定後は代金を納付する時までにその決定の取消しの申立てをすることができると定めます。ただし、損傷が軽微であるときはこの限りでないとされています。価額の前提が壊れたときに手続を巻き戻す道は、条文の上では買う側に用意されているということです。
もう一つ、71条7号は、売却基準価額の決定、一括売却の決定、物件明細書の作成、またはこれらの手続に重大な誤りがあることを、売却不許可事由として挙げています。価額の決定は、あとから争われうる対象として条文に位置づけられているということです。
最後に、書面という切り口でも見ておきます。評価書そのものを住んでいる人に届けると定めた規定は、58条には置かれていません。外へ出ていく数字は、64条5項の公告に載る売却基準価額です。住んでいる側が最初に目にする数字は、評価の中身ではなく、決まったあとの結論であることが多いことになります。語の整理は用語集に置きました。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民事執行法58条1項により、執行裁判所が評価人を選任し、不動産の評価を命じます。評価という作業を行うのは評価人ですが、その評価に基づいて売却基準価額を定めるのは執行裁判所です(60条1項)。したがって、評価人の評価書はあくまで材料であり、価額そのものではありません。これらの規定は188条により担保不動産競売にも準用されます。
民事執行法60条3項が定義しています。買受けの申出の額は、売却基準価額からその十分の二に相当する額を控除した価額以上でなければならず、この控除後の額を買受可能価額といいます。売却基準価額の八割が申出の下限になるということです。下限であって上限ではありませんので、申出がこの額に並ぶとは限りませんし、これを上回ることもあります。
民事執行法58条2項は、近傍同種の不動産の取引価格、不動産から生ずべき収益、不動産の原価その他の価格形成上の事情を適切に勘案すべきものとし、あわせて、売却を実施するための評価であることを考慮しなければならないと定めています。ただし条文は、その考慮の方法や程度を書いていません。したがって、ここから一定の割合を導くことはできません。
民事執行法64条5項は、入札または競り売りの方法で売却をするとき、裁判所書記官が売却すべき不動産の表示、売却基準価額、売却の日時および場所を公告しなければならないと定めています。売却基準価額は公告の記載事項ですので、外から見える形になります。これは競売という手続の性質から来るもので、これを避ける方法が条文に置かれているわけではありません。
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