要旨
特定調停は、任意売却の代わりに置ける手続ではありません。特定調停法1条は、この手続を民事調停法の特例と定めています。調整の対象には担保関係の変更も入りますが(2条2項)、抵当権者が同意しなければ内容は決まりません。当社は任意売却を率先して勧めません。順番としては、借入先との話がどこまで進むかを確かめる段階に置かれる手続です。
深夜にスマートフォンで「住宅ローン 払えない」と打ち込むと、返ってくる言葉の多くが任意売却です。同じ言葉ばかりが並ぶと、それが唯一の出口のように見えてきます。実際には、家と住宅ローンをめぐって置かれている手続はいくつもあって、そのうちのひとつに特定調停があります。簡易裁判所に申し立てる、費用の小さい手続です。
本稿が扱うのは、特定調停が任意売却の代わりになるのかという一点です。先に結論を書くと、代わりにはなりません。ただしそれは、特定調停が役に立たないという意味ではありません。二つが同じ軸の上に並んでいない、という意味です。条文と裁判所の公表資料は、いずれも2026年8月27日に確認しています。
見るのは三つです。特定調停法1条がこの手続をどこに置いているか。抵当権に対して何ができて、何ができないか。そして、任意売却と並べたときに、どちらが先に来る話なのか。
図1 二つの言葉が扱っている対象の違い。出典:特定調停法1条・2条。同意が要るという点だけが共通しており、どちらが有利かを比べる図ではない。
1. 特定調停法1条が、この手続を置いている場所
特定調停の正式な名前は「特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律」といいます。平成11年法律第158号。名前は長いのですが、1条そのものは短く、この手続の位置を一文で示しています。
特定調停法1条(目的)
この法律は、支払不能に陥るおそれのある債務者等の経済的再生に資するため、民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)の特例として特定調停の手続を定めることにより、このような債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を促進することを目的とする。
読むべき語は「民事調停法の特例として」の部分です。特定調停は、まったく新しく作られた独立の制度ではありません。民事調停という古い器の上に、条文を何枚か重ねた特例です。この一語が、あとで見る限界のほとんどを先に説明してしまっています。調停である以上、当事者が合意しなければ中身は決まらないからです。
誰が使えるかは2条が定めています。1項の「特定債務者」は「金銭債務を負っている者であって、支払不能に陥るおそれのあるもの」などとされ、2項の「特定債務等の調整」は「金銭債務の内容の変更、担保関係の変更その他の金銭債務に係る利害関係の調整」と書かれています。4項の「関係権利者」には「特定債務者の財産の上に担保権を有する者」が含まれます1。
図2 特定調停法2条が置いている三つの定義。出典:特定調停法2条。抵当権者は関係権利者に含まれるが、含まれることと動かせることは別である。
手続の実際の重さは、裁判所の公表資料のほうに書かれています。東京簡易裁判所のウェブサイト「特定調停」は、この手続を「債務の返済ができなくなるおそれのある債務者(特定債務者)の経済的再生を図るため、特定債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を行うことを目的とする手続です」と説明しています2。
費用の欄は、金額まで書かれています。個人が申し立てる場合の申立手数料は「相手方1人(社)について500円分の収入印紙が必要です」。予納郵便切手は「相手方(債権者)1人(1社)につき、500円分」。期間と回数については「申立てからおおよそ2か月程度の期間がかかり、申立人は2回程度裁判所に出向くことになります」と書かれています。
図3 東京簡易裁判所が示している手続の目安。出典:裁判所ウェブサイト「特定調停」。相手方1人(1社)あたりの費用であり、結果を保証する数字ではない。
ここは、先に良い点として数えておきます。債権者1社あたりの実費が1000円前後、裁判所へ出向くのは2回程度、申立ては本人でもできる。滞納が始まったあとに動かせる手続のなかで、入口の敷居がここまで低いものは他に見当たりません。専門家に依頼する費用を用意できないという理由で何もできずにいる方にとって、この安さは事実として意味があります。借入先と直接話す段階でどこまで進めるかは、返済がきついとき、まず借入先に相談するとどうなるかに書きました。
もうひとつ、使われ方の実例があります。自然災害で被災した方のための私的整理の準則は、すべての借入先から同意が得られたあとに、簡易裁判所へ特定調停を申し立てる形で組み立てられています。準則そのものの中身は自然災害債務整理ガイドラインに整理しました。特定調停は、そこで合意を確定させる器として使われています。合意を作る道具ではなく、できた合意に効力を与える器。この使われ方が、次の節の話とつながります。
2. 抵当権に対して、この手続ができることと、できないこと
特定調停の調整の対象には、担保関係の変更が入っています。抵当権者も関係権利者に含まれます。ここまでを読むと、住宅ローンの抵当権も調停のテーブルに載るように見えます。載ること自体は、条文のとおりです。問題はその先で、テーブルに載った権利を誰が動かすのか、という点にあります。
特定調停法16条は、当事者が調停条項案を受諾する旨の書面を提出し、他の当事者が期日に出頭してこれを受諾したときに「合意が成立したものとみなす」と定めます。17条1項は、調停委員会が調停条項を定めることができる場合を「当事者の共同の申立てがあるとき」に限っています3。どちらも、出発点に合意が置かれています。
合意ができたときの効力は、器のほうの条文が定めています。
民事調停法16条(調停の成立・効力)
調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
合意が成立して調書に書かれれば、その記載は強い効力を持ちます。裁判所のページも「これに従って弁済すればよく、それ以上の取立てを受けることはありません」と書いています。ただし、その手前に「合意が成立し」という条件が置かれていることが、この手続の性格を決めています。
図4 合意の有無で分かれる二つの道筋。出典:民事調停法16条・17条・18条、特定調停法18条。どちらに進むかを予測する図ではない。
合意ができなかったときの受け皿も、器のほうに置かれています。民事調停法17条は、裁判所が職権で「事件の解決のために必要な決定」をすることができると定め、特定調停法20条がこの決定について17条2項を準用しています。調停に代わる決定、と呼ばれるものです。相手方が出頭していないときにも使われます。
ただし、この決定には期限つきの弱点があります。民事調停法18条1項は、決定に対して当事者または利害関係人が異議を申し立てることができるとし、その期間を「当事者が決定の告知を受けた日から二週間」としています。同条4項は「適法な異議の申立てがあったときは、前条の決定は、その効力を失う」と定めます。同条5項により、二週間のあいだ異議が出なかったときにはじめて、決定は裁判上の和解と同一の効力を持ちます4。
図5 調停に代わる決定と異議の期間。出典:民事調停法17条・18条。目盛りの間隔は日数の長さを表すものではない。
つまり、抵当権を持っている側が二週間以内に異議を出せば、決定は効力を失います。抵当権者の同意なしに抵当権の内容を変える根拠は、特定調停法のどこにも置かれていません。これは私の評価ではなく、条文を通して読んだ結果です。
もうひとつ、条文を通して読んで意外だったことを書きます。特定調停法の本則は全24条ありますが、そこに「住宅」という語も「競売」という語も出てきません。「抵当」の文字が現れるのは附則の他法改正の部分だけです。住宅ローン専用の仕組みは、この法律には置かれていないということです。
では、競売が始まっていたらどうなるのか。停止の条文は、7条に一つだけ置かれています。
特定調停法7条1項(民事執行手続の停止)
特定調停に係る事件の係属する裁判所は、事件を特定調停によって解決することが相当であると認める場合において、特定調停の成立を不能にし若しくは著しく困難にするおそれがあるとき、又は特定調停の円滑な進行を妨げるおそれがあるときは、申立てにより、特定調停が終了するまでの間、担保を立てさせて、又は立てさせないで、特定調停の目的となった権利に関する民事執行の手続の停止を命ずることができる。
ここでいう「民事執行」は、民事執行法1条が「強制執行、担保権の実行としての競売及び……換価のための競売並びに債務者の財産状況の調査」の総称と定義しています。文言の上では、担保不動産競売もこの中に入ります。同条1項の但書が除いているのは給料や賃金などに基づく執行手続だけで、不動産競売は除外されていません5。
ただし、条件は三つ重なっています。停止は職権ではなく申立てによること。同条3項により理由の疎明が要ること。そして担保を立てさせられることがあること。期間も「特定調停が終了するまでの間」に限られ、恒久的なものではありません。申立てをすれば競売が必ず止まるとは限りません。
図6 7条の停止に重なっている三つの条件。出典:特定調停法7条1項・3項、民事執行法183条1項2号ホ。要件を満たすかどうかの判定には使えない。
ここで、私に分からないことを先に書いておきます。住宅ローンの担保不動産競売について、7条の停止命令が実際にどれほど出ているのか。私は、条文と裁判所の手続案内までしか確かめていません。運用の実態を示す公表資料を今日の時点で持っていないので、この点は分からないと書きます。条文の文言に含まれることと、現実に命令が出ることは別の話です。
3. 任意売却と並べたとき、どちらが先に来るか
任意売却は、売却代金で債務の全額を返しきれない場合に、抵当権者の同意を得て抵当権の登記を抹消してもらう段取りを指す実務上の呼び名で、法令上の用語ではありません。特定調停は、債務の内容を合意で変えるための裁判所の手続です。前者は家を手放す側の話、後者は返済を続ける側の話です。並べて選ぶ二択ではありません。
順番としては、特定調停のほうが先に置ける段階の手続です。特定調停法2条1項が想定しているのは「支払不能に陥るおそれのあるもの」であり、まだ支払不能そのものには至っていない段階です。滞納が始まる前や、始まって間もない時期に手が届く。一方、任意売却が問題になるのは、代位弁済のあと、売却代金が残債に届かないと分かった段階です。任意売却以外の選択肢に並べたとおり、当社は任意売却を率先して勧めません。
住宅を残す方向で、条文の側に住宅の定義を置いているのは民事再生法です。196条3号が「住宅資金貸付債権」を定義し、198条が住宅資金特別条項を定めることができる場合を、197条1項が抵当権の実行手続の中止命令を定めています。特定調停法には無い、住宅専用の設計がここにはあります。要件の詳細は個人再生の住宅資金特別条項に条文の位置から書きました6。
図7 住宅について条文が何を持っているかの違い。出典:特定調停法、民事再生法196条3号・197条1項・198条。どちらを選ぶべきかを示す図ではない。
ここからは私の考えです。この場面に当たる相談の記録が手元にないので、体験としてではなく意見として書きます。特定調停を自分で申し立てるかどうかの前に、決めておいたほうがよいことが一つあると私は思っています。家を持ち続ける前提で話をするのか、手放す前提も含めて話をするのか。そこが決まっていないまま裁判所へ行くと、調停の席で示せる返済の形が作れません。返済を続ける約束をするには、続けられる根拠が要るからです。
だから当社が申し上げるのは、いつもこの順番です。まず残債と滞納の月数を紙に書き出す。次に、借入先に返済方法の変更が使えるかを聞く。そのうえで、家がいくらで売れそうかという数字を持っておく。三つ目まで揃うと、続ける道と手放す道のどちらを選んでも、話の材料が同じになります。今日、結論を出す必要はありません。材料が一つ増えた状態で今日を終えれば、それで足ります。
図8 手続を選ぶ前に置いておける三つの確認。出典:本稿の整理による。順番を変えても差し支えないが、三つ目だけを先に済ませる形は当社では勧めていない。
特定調停を申し立てるべきかどうかについて、当社は判断を申し上げません7。どの手続が向くかは債務の内訳と滞納の深さで変わり、その見立ては法律の専門家の仕事だからです。当社ができるのは、家の側の数字を先にお出しして、判断の材料を一つ増やすところまでです。その線を越えないことが、この仕事の形だと考えています。
- 特定調停法1条は、この手続を民事調停法の特例と定めている
- 本則に「住宅」「競売」の語は置かれていない(全24条)
- 費用は相手方1人(1社)につき印紙・切手が各500円分
- 抵当権の内容は、抵当権者が同意しなければ変わらない
先に申し上げること
当社は宅地建物取引業者であり、債務整理の相談・受任、債務の減免についての法律判断、裁判所の手続の代理を行いません。本稿は条文と裁判所の公表資料の記載を並べたものであって、特定調停を申し立てるべきかどうかの助言ではありません。停止命令が出るか、調停が成立するかというお尋ねにも、当社からお答えできる立場にありません。法律の判断を要する段階になった時点で、提携する弁護士・司法書士におつなぎします。提携先の事務所名は、ご相談された方のプライバシーに配慮して公開していません。当社の役割と限界は
私たちの立場に書いています。
小括
特定調停法1条は、この手続を民事調停法の特例と定めています。調整の対象には担保関係の変更も入り、抵当権者は関係権利者に含まれます。ただし内容を決めるのは合意であり、抵当権者の同意なしに抵当権を動かす条文上の根拠はありません。同法7条は民事執行の手続の停止を置いていますが、申立てと理由の疎明が要り、期間は特定調停が終了するまでです。住宅ローンの担保不動産競売について停止命令が実際にどれほど出ているかは、本稿では確かめきれておらず、断定していません。
注
- 特定調停法2条3項は「特定調停」を、特定債務者が民事調停法2条の規定により申し立てる特定債務等の調整に係る調停であって、申立ての際に3条1項の申述があったものと定義している。3条3項は、申立人が申立てと同時に「財産の状況を示すべき明細書その他特定債務者であることを明らかにする資料及び関係権利者の一覧表」を提出しなければならないとしている。↩
- 引用は東京簡易裁判所のページによる。全国の簡易裁判所で運用の細部が同じであるとは限らないため、申立てを考える場合は管轄の簡易裁判所の案内を確認する必要がある。同ページは合意の効力について「確定判決と同一の効力」と書いているが、民事調停法16条の文言は「裁判上の和解と同一の効力」である。本稿では条文の文言をそのまま用いた。↩
- 特定調停法15条は、調停委員会が提示する調停条項案について「特定債務者の経済的再生に資するとの観点から、公正かつ妥当で経済的合理性を有する内容のものでなければならない」と定める。17条2項も同じ枠をはめている。内容に枠がかかっていることと、相手方の同意なしに成立することとは別である。↩
- 特定調停法18条1項は、当事者間に公正かつ妥当で経済的合理性を有する内容の合意が成立する見込みがない場合などにおいて、裁判所が民事調停法17条の決定をしないときは、特定調停が成立しないものとして事件を終了させることができると定める。決定に進むか不成立で終わるかは、裁判所の判断による。↩
- 民事執行法183条1項2号ホは、不動産担保権の実行の手続の一時の停止を命ずる旨を記載した裁判の謄本または記録事項証明書の提出があったときに、手続を停止しなければならないと定める。「一時の停止」であって、既にされた執行処分の取消しまでを当然に含むものではない。↩
- 民事再生法197条1項は、再生手続開始の申立てがあった場合において、住宅資金特別条項を定めた再生計画の認可の見込みがあると認めるときに、再生債務者の申立てにより、相当の期間を定めて抵当権の実行手続の中止を命ずることができると定める。31条にも担保権の実行手続の中止命令が置かれている。いずれも当社が扱う手続ではない。↩
- 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士または弁護士法人でない者に禁じている。当社が特定調停の見通しや申立ての要否を述べないのは、この線による。条文と公表資料の記載を並べて示すところまでが、宅地建物取引業者としての仕事の範囲だと考えている。↩
参考文献