要旨
民法419条3項は、金銭債務について不可抗力を抗弁とすることを認めていません。災害があっても返済の約束は動かないため、契約の外側に枠組みが置かれました。それが自然災害債務整理ガイドラインですが、法令ではなく、債権者の同意を前提とする私的整理の準則です。
地震や水害で家が壊れたとき、住宅ローンはどうなるのか。相談の場でこの問いを受けることがあります。答えの出発点は、あまり慰めになりません。建物が失われても、借りたお金を返すという約束はそのまま残ります。担保になっていた建物が滅失したことで債務が消える、という組み立てにはなっていないからです。
では、被災した方が返済を抱えたまま立ち止まるほかないのか。そうではない枠組みが置かれています。自然災害による被災者の債務整理に関するガイドラインです。ただし、これは法令ではありません。金融庁の資料は、これを民間の自主的なルールと説明しています。本稿は、その位置づけと入口の形を、条文と公表資料から確かめます1。
図1 手続の前後関係。出典:金融庁「自然災害等の被災者への対応」、全国銀行協会の説明。各段階の間隔は事案により異なり、期間の長短を表すものではない。
1. 災害があっても、返済の期日は動かない
災害が起きると、金融の側でも動きがあります。金融庁は、災害救助法の適用に伴い、管轄の財務局長と日本銀行支店長の連名で、関係する金融機関に対して金融上の措置を要請しています。令和6年能登半島地震では、石川県・富山県・福井県・新潟県への災害救助法の適用が1月1日、措置要請が1月2日でした。金融庁は同じ月に、相談ダイヤルの設置や、返済の条件を緩めた債権の判定についての取扱いの周知なども行っています。
ただし、これは金融機関に向けた要請です。個々の契約について、返済の期日が法律の力で自動的に先送りされるわけではありません。相談すれば話を聞いてもらえる態勢が整うということと、返す義務が変わるということは、別の事柄です。
この区別は、被災した直後にはつかみにくいものです。家が傾き、片づけに追われ、勤め先も動いていない。その状態でも、引落しの日は月末に来ます。災害という外側の事情は、返済の約束の内側に、そのままの形では入ってきません。その理由は、金銭債務についての民法の条文にはっきり書かれています。
図2 二つの枠組みの性質の違い。出典:金融庁「自然災害等の被災者への対応」。どちらが適するかを示す図ではなく、根拠と進め方の違いを示すもの。
2. 民法419条3項と、準則という言葉
金銭の支払いを目的とする債務について、民法は特則を置いています。
民法419条(金銭債務の特則)
金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
2 前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。
3 第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。
3項を読んでください。債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができません。地震も豪雨も、当事者の落ち度ではありません。それでも金銭債務の損害賠償の場面では、それを理由に責任を免れるという道が、条文の側で閉じられています2。
もっとも、この条文が扱っているのは損害賠償の額であって、支払いそのものを猶予するかどうかではありません。条文が語っていないところは、契約の定めと、当事者の話し合いに委ねられています。裏を返せば、災害のあとの債務をどう扱うかは、民法の条文の外側に別の枠組みを置かないと動かせないということです。ガイドラインが置かれたのは、その空いた場所です。
金融庁の資料によれば、このガイドラインは平成27年12月25日に策定され、平成28年4月1日から適用が開始されました。全国銀行協会を事務局とする研究会が取りまとめたもので、資料はこれを民間の自主的なルールと記しています。対象は、災害救助法の適用を受けた自然災害による個人の被災者です3。
準則という言葉が使われているのは、法令ではないからです。債権者を法律の力で拘束するものではありません。債務の免除などが行われるのは、あくまで債権者との合意にもとづく場合です。金融庁の資料は、この枠組みの利点として、破産などの手続と異なり債務整理をしたことが個人信用情報として登録されないこと、被災者生活再建支援金等に加えて財産の一部を手元に残せることを挙げています。ただしそれは、要件を満たし、合意が成り立った場合のことです。
図3 財産の位置づけ。出典:金融庁「自然災害等の被災者への対応」。帯の長さは順序の説明であり、金額や割合を示すものではない。
3. どこから始まり、誰につながるか
入口の形は決まっています。全国銀行協会の説明によれば、まず、最も多額の債権を有する借入先に、この枠組みで手続に着手したい旨を申し出ます。金融機関から同意が得られると、登録支援専門家の委嘱に進みます。登録支援専門家の支援を受けながら債権者と協議し、債務整理の内容を書いた調停条項案を作成して提出します。金融機関等は1か月以内に同意するか否かを回答し、すべての借入先から同意が得られたときに、簡易裁判所へ特定調停を申し立てる流れです。
費用について、金融庁は注意喚起を出しています。国の補助により、弁護士等の登録支援専門家による手続支援は無料で受けられ、利用者が登録支援専門家に報酬を支払うことはないとされています。同じ資料は、登録支援専門家以外の支援を受けて手続をする場合の費用は利用者の負担になる、とも記しています。手続の名前を出して費用を求められたときは、この区別を思い出す値打ちがあります。
どれくらい使われているのか。金融庁が示した2024年6月30日時点の運用状況では、登録支援専門家に手続支援を委嘱した件数は、自然災害分(2016年4月以降)が1,354件、新型コロナウイルス感染症の特則分(2020年12月以降)が2,473件、合計3,827件です。債務整理が成立した件数は、それぞれ596件と446件、合計1,042件でした。委嘱の件数と成立の件数には開きがあります。申し出れば必ず成立するとは限りません。
磐田市も袋井市も、南海トラフ巨大地震の震度分布が公表されている地域にあります。磐田市は、静岡県第4次地震被害想定にもとづく市内の被害の概要と推定震度図を公表しています。この枠組みの入口が災害救助法の適用に置かれている以上、災害が起きたときに何がどう適用されたかは、返済の話にも関わってきます。段階ごとの現在地は今どこにいるかに、返済が苦しいときの手の並びは任意売却以外の選択肢に整理しました。
図4 担い手の分かれ方。出典:弁護士法72条、宅地建物取引業法2条2号。どちらを選ぶかを示す図ではなく、誰の仕事かの区分を示すもの。
- 金銭債務では不可抗力が抗弁にならない(419条3項)
- ガイドラインは法令ではなく私的整理の準則
- 手続支援は登録支援専門家(弁護士等)が担う
先に申し上げること
当社は宅地建物取引業者であり、このガイドラインの手続を代理することも、要件に当たるかどうかを判断することもしていません。それは法律の判断であり、登録支援専門家である弁護士等の仕事です。当社にできるのは、不動産の売買の媒介と売却条件の調整、そして法律の判断を要する段階になった時点で提携する弁護士・司法書士におつなぐことまでです。また、この枠組みは債権者の同意を前提としており、申し出れば債務が減るというものではありません
4。
小括
民法419条3項は、金銭債務の損害賠償について、債務者が不可抗力を抗弁とすることを認めていません。災害という事情が返済の約束の内側に入ってこないため、契約の外側に別の枠組みが置かれました。それが自然災害による被災者の債務整理に関するガイドラインですが、これは法令ではなく、債権者の同意を前提とする私的整理の準則です。本稿は入口の形と担い手の区分を追ったにとどまり、どなたが要件に当たるかや、どう進めるべきかを示すものではありません。よくある問いは
よくあるご質問に、当社の役割と限界は
私たちの立場に書いています。
注
- 正式名称は「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」。金融庁の資料は、東日本大震災での経験を踏まえ、全国銀行協会を事務局とする研究会において平成27年12月に取りまとめられた民間の自主的なルールであると説明している。新型コロナウイルス感染症の影響を受けた個人・個人事業主を支援対象に加える特則が、令和2年10月30日に制定されている。↩
- 民法419条3項が定めているのは、1項の損害賠償、すなわち遅延損害金の場面である。履行そのものを猶予するか、期限を延ばすかは、この条文が扱う事柄ではない。返済の条件をどう変えるかは、契約上の合意や、この論考が扱う枠組みのような別の仕組みに委ねられている。↩
- 全国銀行協会の説明によれば、対象となるのは東日本大震災、および2015年9月2日以降に災害救助法が適用された自然災害の被災者のうち、その自然災害の影響によって住宅ローンや事業性ローンの返済ができなくなるなど、一定の要件を満たした個人である。災害救助法の適用は自然災害ごとに行われ、金融庁の資料には適用日と措置要請日の一覧が掲載されている。↩
- 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士でない者に禁じている。当社は宅地建物取引業者として売買の媒介と売却条件の調整を行い、法律の判断を要する事項は提携する弁護士・司法書士におつなぎしている。↩
参考文献