要旨
火災保険金が当然に抵当権者のものになる、とは条文に書かれていません。民法372条が準用する304条は、滅失または損傷によって債務者が受けるべき金銭にも権利を行使することができるとし、払渡しの前の差押えを条件とします。これとは別に、保険金請求権に質権が設定されている場合があります。証券と契約書のどちらに何が書いてあるかで、金銭の動き方が変わります。
住宅ローンの相談は、家が建っている前提で進みます。毎月の返済、残りの年数、売ったときの価格。どれも建物が無事であることを土台にした話です。ところが、火事や水害で建物が壊れたあとに、ローンだけが残るという形は現実に起こりえます。静岡県西部は台風の通り道にあたり、磐田市も袋井市も、川に近い場所に住宅地が広がっています。建物が残ることは、返済の前提ではあっても、約束ではありません。
そのとき、火災保険から支払われる保険金は誰のものか。深夜にこの問いを検索する方がいることは、想像がつきます。結論めいたことを先に書けば、条文は答えをひとつに定めていません。民法372条が準用する304条は、目的物の滅失または損傷によって債務者が受けるべき金銭に対しても権利を行使することができる、と書きます。ただし、払渡しまたは引渡しの前に差押えをしなければならない、という条件が付きます1。
本稿は、民法372条・304条と民事執行法193条、そして保険法の損害保険の規定を並べて、火災保険金という金銭が制度のどこに置かれているかを確かめます。何がいつ起きるかを予測する記事ではありません。個別の契約でどうなるかは、保険証券と金銭消費貸借契約書を読まないと分からないからです。
図1 火災保険金をめぐる三者の位置。出典:民法372条・304条・364条、民事執行法193条1項。矢印は手続が行われることを表すものではない。
1. 建物が失われても、債権は失われないということ
建物が焼けたり流されたりしても、住宅ローンの契約は消えません。金銭消費貸借契約は、借りた金銭を返す約束であって、家が建っていることを条件にしていないからです。担保として差し出した建物が無くなり、返す義務だけが残る。この非対称が、火災保険金という話の出発点になります。
もう一方の側では、抵当権者が担保を失います。民法369条1項は、抵当権者は、債務者または第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有すると定めます。その不動産が滅失すれば、先立って弁済を受ける対象が消えます。借りた側は義務を負ったまま、貸した側は担保を失う。どちらにとっても、家の代わりになる金銭がどこへ行くかは、他人事ではありません。
図2 建物の滅失で分かれるもの。出典:民法369条1項、保険法2条4号イ。損害の程度や金額の大小を表す図ではない。
火災保険は、保険法でいう損害保険契約にあたります。保険法2条6号は、損害保険契約を、保険者が一定の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補することを約するものと定義します。同条4号イは、損害保険契約の被保険者を、その契約によりてん補することとされる損害を受ける者としています。家を所有し、火事で損害を受けるのは所有者ですから、被保険者は通常その方です2。
火災保険には、読んでおくとよい特則があります。保険法16条は、火災を保険事故とする損害保険契約の保険者は、保険事故が発生していないときであっても、消火、避難その他の消防の活動のために必要な処置によって保険の目的物に生じた損害をてん補しなければならない、と定めます。隣家の火事で自分の家が焼けなくても、消火のために壊された部分は対象になります。条文がここまで書いているとは、私も改めて読むまで意識していませんでした。
次に、いくら支払われるのかです。保険法18条1項は、てん補すべき損害の額を、その損害が生じた地および時における価額によって算定するとします。2項は、約定保険価額があるときはその額によるとし、ただし約定保険価額が保険価額を著しく超えるときは保険価額によるとします。基準は、その時その場所での価額であって、住宅ローンの残高ではありません。残高と保険金が一致するという定めは、保険法のどこにもありません。
保険法19条は、さらに絞りをかけます。保険金額が保険価額に満たないときは、保険者が行うべき保険給付の額は、保険金額の保険価額に対する割合をてん補損害額に乗じて得た額とする。一部保険と呼ばれる規定です。保険料を抑えるために保険金額を下げていた場合、下りる額はその割合で減ります。保険金でローンが完済できる、と必ず言えるわけではありません。
支払われる時期についても、条文は日数を書いていません。保険法14条は、保険契約者または被保険者は、保険事故による損害が生じたことを知ったときは、遅滞なく保険者に通知を発しなければならないとします。保険法21条2項は、期限を定めなかったときは、保険者は、請求があった後、保険事故およびてん補損害額の確認をするために必要な期間を経過するまでは遅滞の責任を負わないとしています3。
図3 保険給付までの前後関係。出典:保険法2条1号・14条・21条2項。各段階の間隔は事案により異なるため示していない。
ここまでで分かるのは、保険金が家の値段そのままではないこと、そして手元に入る時期が条文で日数として定まってはいないことです。返済の側は、その事情と無関係に期日が来ます。売買の途中で建物が壊れた場合にどちらが負担するかは、別の条文の話になります。危険負担については引渡し前に家が壊れたらにまとめました。
2. 民法304条が用意した経路と、質権という別の経路
抵当権の章には、物上代位という見出しの条文がありません。代わりに、準用の規定が一本置かれています。民法372条が、296条・304条・351条を抵当権について準用すると定め、そのうちの304条が物上代位を書いています。
民法304条(物上代位)
先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。
2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。
並んでいる四つの語のうち、火災や水害にあたるのは「滅失」と「損傷」です。賃料についての物上代位を扱った貸している家の家賃はどうなるかでは「賃貸」の語を読みましたが、本稿が読むのは後ろの二つになります。条文が挙げているのは滅失と損傷という出来事であって、保険金という語ではありません。保険金は、火事そのものから生じる金銭ではなく、保険契約という別の契約から生じる金銭です。この距離を条文の文言だけで埋めきれるかどうか、私は説明しきれません4。
手続法の側は、もう少し踏み込んだ書き方をしています。民事執行法193条1項の後段は、担保権を有する者が、目的物の売却、賃貸、滅失もしくは損傷などにより債務者が受けるべき金銭その他の物に対して、民法その他の法律の規定によってする権利の行使についても、担保権の存在を証する文書が提出されたときに限り開始する、と定めます。滅失・損傷によって受けるべき金銭に向かう手続の入口が、条文として置かれているということです。
民事執行法193条1項(債権及びその他の財産権についての担保権の実行の要件等)
担保権を有する者が目的物の売却、賃貸、滅失若しくは損傷又は目的物に対する物権の設定若しくは土地収用法(昭和二十六年法律第二百十九号)による収用その他の行政処分により債務者が受けるべき金銭その他の物に対して民法その他の法律の規定によつてするその権利の行使についても、同様とする。
同条2項は、債権執行の規定の多くを準用します。準用される145条5項により、差押えの効力は差押命令が第三債務者に送達された時に生じます。この場面の第三債務者は保険会社です。145条1項は、債務者に対して債権の取立てその他の処分を禁じ、第三債務者に対して債務者への弁済を禁じます。155条1項は、債務者に差押命令が送達された日から一週間を経過したときに取立てができるとしています5。
図4 差押命令の送達を境にした違い。出典:民法304条1項ただし書、民事執行法145条1項・5項、155条1項。差押えが行われる時期を示す図ではない。
物上代位のほかに、もう一本の経路があります。保険金を請求する権利そのものに質権が設定されている場合です。民法362条1項は、質権は財産権をその目的とすることができるとします。364条は、債権を目的とする質権の設定は、467条の規定に従い、第三債務者に通知し、または第三債務者が承諾しなければ、これをもって第三債務者その他の第三者に対抗することができないとしています6。
質権が設定されている場合の効き方は、物上代位とかなり違います。民法366条1項は、質権者は、質権の目的である債権を直接に取り立てることができると定めます。2項は、債権の目的物が金銭であるときは、自己の債権額に対応する部分に限り取り立てることができるとします。裁判所を通す差押えではなく、質権者が保険会社から直接受け取る形です。3項は、質権者の債権の弁済期より先に保険金の支払期が来たときは、供託させることができるとしています。
図5 保険金に届く二つの経路。出典:民法304条・362条・364条・366条、民事執行法193条1項。どちらが用いられるかを示す図ではない。
ここで、隣の条文を見ておきます。保険法22条は、責任保険契約について、被保険者に対して損害賠償請求権を有する者が、保険給付を請求する権利について先取特権を有すると定めます。同条3項は、責任保険契約に基づき保険給付を請求する権利は、譲り渡し、質権の目的とし、または差し押さえることができないと書き、例外を二つだけ挙げています。
保険法22条3項(責任保険契約についての先取特権)
責任保険契約に基づき保険給付を請求する権利は、譲り渡し、質権の目的とし、又は差し押さえることができない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
この禁止が置かれているのは、責任保険契約についてです。火災保険のように物の損害をてん補する契約について、同じ禁止を定めた条文は保険法に見当たりません。条文が禁じている場所と、禁じていない場所がはっきり分かれています。火災保険金の請求権が質権の目的になりうるのは、この差の裏返しです。除外されている側を読むと、制度の輪郭がよく見えます。
図6 禁止規定が置かれている場所の違い。出典:保険法22条1項・3項、民事執行法193条1項。個別の約款の定めを示す図ではない。
保険法には、保険会社の側が権利を取得する規定もあります。24条の残存物代位は、保険の目的物の全部が滅失した場合に保険給付を行ったとき、給付額の保険価額に対する割合に応じて、目的物に関して被保険者が有する所有権その他の物権について当然に被保険者に代位するとします。25条の請求権代位は、保険給付を行ったときに、被保険者が取得する債権について当然に代位するとしています。焼け跡と、原因を作った相手への請求権の両方に、条文が触れているということです。自分がどの段階にいるかは今どこにいるかで確かめられます。
3. 保険金が動いたあとに、手元へ何が残るか
保険金の行き先が決まっても、住宅ローンの残高が自動的にゼロになるわけではありません。保険法18条が定めるてん補損害額は、損害が生じた地および時における価額です。残高との差は、そのまま残ります。差が出るかどうか、どちらに出るかは、建物の築年数と保険金額の決め方によって変わります。ここは、条文ではなく契約書と証券にしか答えがありません。
私はこう考えています。この場面で先に確かめるべきは、保険金の帰属という難しい問いではなく、手元の書面に何が書いてあるかです。質権が設定されているかどうかで、金銭の動き方はまるで変わります。設定されていれば、保険会社から質権者へ直接という形が条文上は用意されています。設定されていなければ、差押えという手続を経ることになります。順番としては、書面の確認が先で、法律の議論は後です。
図7 手元の書面で確かめる項目。出典:保険法2条4号イ・6条1項、民法364条。並びは確認の順序であって、重要度の順ではない。
保険法6条1項は、保険者が損害保険契約を締結したときに、遅滞なく保険契約者へ交付すべき書面の記載事項を列挙しています。被保険者を特定するために必要な事項、保険事故、保険金額、保険の目的物を特定するために必要な事項などです。確かめる材料は、法律上、手元へ届いている建前になっています。探して見つからないときは、保険会社に再発行を頼む先が一本あるということでもあります。
図8 一部保険の考え方。出典:保険法19条。幅は特定の事案の金額や割合を表すものではない。
- 条文は「行使することができる」と書く
- 質権の有無は証券と契約書で分かれる
- てん補損害額の基準は時価(保険法18条)
- 支払期は条文に日数で書かれていない
建物が壊れたあとの選び方は、壊れる前と同じではありません。土地だけが残る、建て直す、更地にして売る、返済の方法を変えて立て直す。どれが取りうるかは、保険金の額と、土地の値段と、家族がどこに住むかで変わります。返済方法の変更を含めて選択肢を並べたページは任意売却以外の選択肢です。この段階で結論を急いで得なものは、私の知る限りありません。
罹災した状態での返済については、自然災害による被災者の債務整理に関するガイドラインという私的整理の準則があります。これは法律の手続ではなく、当事者の合意によって進むものです。適用の可否や進め方は法律の判断を含むため、当社は見通しを申し上げません。相談の窓口としては、まず借入先と保険会社の二つが先に来ます7。
先に申し上げること
当社は保険金の請求代行を行いません。約款の解釈、保険金の額をめぐる交渉、保険金が誰に帰属するかの法律判断も、当社の仕事ではありません。これらは弁護士・司法書士、あるいは保険会社と代理店の領域です。当社にできるのは、建物が壊れたあとの不動産を売るかどうかの検討と、売却条件の整理、債権者との調整までです。法律の判断を要する段階になれば、提携する弁護士・司法書士におつなぎします。当社の線引きは
私たちの立場に書いています。
小括
民法372条は304条を抵当権に準用し、304条は、滅失または損傷によって債務者が受けるべき金銭に対しても権利を行使することができるとし、払渡しの前の差押えを条件とします。民事執行法193条1項は、その権利行使の手続の入口を定めています。これとは別に、保険金請求権に質権が設定されていれば、民法366条により直接の取立てという形になります。保険法22条3項が禁止を置いているのは責任保険契約についてであり、火災保険契約に同じ条文はありません。本稿は条文が用意している経路を並べたにとどまり、個別の契約でどちらが働くかを示すものではありません。
注
- 本稿は、抵当権が設定された建物に火災保険が付されている場合を前提とする。根抵当権(民法398条の2以下)の扱いには別の検討が要るため、本稿では扱わない。↩
- 保険法8条は、被保険者が損害保険契約の当事者以外の者であるときは、当該被保険者は当然に当該損害保険契約の利益を享受すると定める。保険契約者と被保険者が別人である契約の形が、条文上あらかじめ想定されている。↩
- 保険法26条は、15条、21条1項もしくは3項、24条・25条に反する特約で被保険者に不利なものを無効とする。18条と19条は、この列挙に入っていない。↩
- 民法304条1項の「滅失又は損傷によつて債務者が受けるべき金銭」に、保険契約から生ずる金銭が含まれるかは、条文の文言だけでは決まらない。この点は法律の解釈に属するため、本稿では立ち入らない。↩
- 民事執行法193条2項は「前章第二節第四款第一目(第百四十六条第二項、第百五十二条及び第百五十三条を除く。)」と書いている。超過差押えの禁止、差押禁止債権、その範囲の変更に関する三か条が、準用の外に置かれている。↩
- 民法364条が従うとする467条は、通知または承諾を対抗要件とし、2項で、確定日付のある証書によるものでなければ債務者以外の第三者に対抗することができないとしている。↩
- 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士でない者に禁じている。当社は宅地建物取引業者として売買の媒介と売却条件の調整を行い、法律の判断を要する事項は提携する弁護士・司法書士におつなぎしている。↩
参考文献