売っても住宅ローンが残る見込みです。財産分与はどうなりますか。
民法768条には、債務をどう扱うかについての文言がありません。分与の対象を積極財産に限る旨も、消極財産を含める旨も、条文には書かれていません。3項は、家庭裁判所が考慮する事項を列挙したうえで、分与をさせるべきかどうか、並びに分与の額および方法を定めるとしています。個別の事案でどう組み立てるかは法律の判断になりますので、当社が結論や見通しを申し上げることはしていません。
要旨
民法768条は財産分与の請求権を定め、協議が調わないときの家庭裁判所への請求を離婚から五年に限っています。ただし債務をどう扱うかについての文言は同条にありません。当事者間の取決めは債権者を拘束せず、抵当権は離婚によって動きません。
キーワード家族と家/財産分与
離婚の話と家の話は、たいてい同じ時期に来ます。そして順序が逆になりがちです。先に離婚の条件をひととおり決めてから、住宅ローンの残額を確かめて、そこではじめて数字が合わないことに気づく。相談の場でも、すでに取決めの案ができあがった状態で書面を持ってこられることがあります。
民法768条は、協議上の離婚をした者の一方が相手方に対して財産の分与を請求できると定めています。分与という語は、分けるものがあることを前提にしているように読めます。では、売っても残債が残る見込みのとき、この条文は何を扱っているのか。本稿は、768条が定めていることと定めていないことを条文の順に確かめ、家事事件手続法が用意している手続の枠まで追います1。
民法第四編第二章第四節は離婚を扱い、その第一款が協議上の離婚です。763条が協議による離婚を認め、766条が子の監護について定め、767条が氏の扱いを定め、そのあとに768条の財産分与が置かれています。769条は、婚姻によって氏を改めた側が祭祀に関する権利を承継していた場合の定めです2。771条により、766条から769条までの規定は裁判上の離婚にも準用されます。
並べてみると、離婚に際して決めることが節の中に列挙されている構造が見えます。財産分与は、そのうちの一項目です。子の監護と同じく、離婚そのものとは別に定めるべき事項として置かれています。この位置取りは、実務の順序とときどきずれます。離婚届の提出と財産分与の取決めは、同じ日に終わるとは限りません。
隣の条文と並べると、もう一つ差が見えます。766条3項は、家庭裁判所は必要があると認めるときは前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができるとしています。768条には、これに当たる変更の規定がありません。いったん定まった分与について、後から事情が変わったことを理由に定めを変える道筋を、条文はここに置いていないということです。置いていないことがどういう帰結になるかは解釈の問題であり、本稿は文言の有無を確かめるにとどめます。
もう一つ、離婚に際しての取決めには、性質の違うものが混ざっています。当事者どうしの合意だけで決まる事柄と、相手方の同意がなければ動かない事柄です。誰が住み続けるか、分与の額をいくらにするかは前者です。これに対して、住宅ローンの債務者を入れ替えることや、抵当権を外して売却することは、当事者以外の関与を必要とします。この線引きを先に置いておくと、後の議論が整理しやすくなります。
条文を読みます。
協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から五年を経過したときは、この限りでない。
1項は請求権の存在を定めます。2項は、協議が調わない場合の受け皿として家庭裁判所への請求を用意し、離婚の時から五年という期間の制限を置いています。この五年は、条文に書かれた数字です。起算点も条文にあり、「離婚の時から」と明記されています。他方、この期間の性質をどう見るかについては、条文が語を与えていません3。
そして3項が、家庭裁判所が何を考慮して何を定めるのかを書いています。
前項の場合には、家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。この場合において、婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。
読みどころが三つあります。第一に、冒頭に目的が置かれていること。「離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため」と書かれ、考慮事項はその手段として列挙されています。第二に、「分与をさせるべきかどうか」という文言。分与をしないという結論もあり得る前提で、条文が組まれています。第三に、末尾の一文です。寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとする、と書かれています。
他方、定めていないことがあります。この条文には、債務をどう扱うかについての文言がありません。分与の対象を積極財産に限る旨も、消極財産を含める旨も、書かれていません。残債が価格を上回る場合の扱いを、768条は名指しで扱っていないということです。3項が「財産の額」と書いていることをどう読むかも、条文の外に置かれています。ここから先は解釈であり、本稿は結論を置きません。
婚姻中の財産の扱いを定めた762条との関係も見ておきます。同条1項は、婚姻中自己の名で得た財産をその者の特有財産とし、夫婦の財産を原則として別のものとして扱っています。768条3項は、その状態を前提に「離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため」と書きます。婚姻中は帰属で切り、離婚後は衡平で切る。同じ夫婦の財産について、条文が二つの異なる物差しを用意しているということです。
手続の側も見ておきます。財産の分与に関する処分の審判事件は、家事事件手続法の別表第二の四の項に掲げる事項についての審判事件です(同法3条の12)。別表第二に掲げる事項については、家庭裁判所が審判をします(同法39条)。調停の申立てもでき(同法244条)、調停において合意が成立して調書に記載されたときは、その記載は確定した審判と同一の効力を持ちます(同法268条1項)。調停が成立せずに事件が終了した場合には、調停の申立ての時に審判の申立てがあったものとみなされます(同法272条4項)。
「先に調停を」という言い方の根拠も、条文の向きを見ておく値打ちがあります。257条1項は、244条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならないとしています。文言が向いているのは、訴えの提起です。これに対し、別表第二の事項である財産の分与に関する処分は審判の申立てによる事件であり、272条4項が調停の不成立から審判へつなぐ形を別に用意しています。同じ「先に調停」でも、条文の根拠が分かれています。
ここまでを踏まえると、確かめられることと確かめられないことが分かれます。まず、財産分与の取決めは、当事者の間の話です。抵当権を持つ債権者は、その協議の当事者ではありません。当事者間で「今後は一方が全額を返す」と決めても、それだけで他方の債務がなくなるわけではありません。免責的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によるか、債務者と引受人となる者の契約に債権者が承諾をすることによって効力を生じます(民法472条2項・3項)。
次に、抵当権はそのまま残ります。抵当権者は、担保に供された不動産について他の債権者に先立って弁済を受ける権利を持ちます(民法369条1項)。離婚を理由に所有権の登記を移しても、この権利は動きません。売却して抵当権を抹消するには、債権者の同意が要ります。競売との違いは任意売却と競売は、何が違うかにまとめました。
三つめに、手続の側には、財産の状況を明らかにするための条文が置かれています。
2 家庭裁判所は、財産の分与に関する処分の審判事件において、必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、当事者に対し、その財産の状況に関する情報を開示することを命ずることができる。
3 前二項の規定により情報の開示を命じられた当事者が、正当な理由なくその情報を開示せず、又は虚偽の情報を開示したときは、家庭裁判所は、十万円以下の過料に処する。
命令の主体は家庭裁判所であり、開示の相手方は裁判所です。当事者どうしが互いに開示を強いる仕組みではありません。過料の額は条文に書かれています。同法は、このほかにも財産分与の事件に固有の規定を置いています。153条は、相手方が本案について書面を提出し、または期日において陳述をした後の申立ての取下げには、相手方の同意が要るとします。154条2項4号は、財産の分与に関する処分の審判において、当事者に対し金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができるとしています4。
157条1項4号は、財産の分与に関する処分についての審判または調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、または急迫の危険を防止するため必要があるときは、申立てにより、仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができるとしています。156条1項5号は、この審判およびその申立てを却下する審判に対して、夫または妻であった者が即時抗告をすることができるとします。いずれも、申立てや不服の申立てが要る形で書かれています。裁判所が自ら動く仕組みとしては書かれていません。
書面の側から見ると、到達点は二つに分かれます。調停において合意が成立し、これを調書に記載したときは、その記載は確定した審判と同一の効力を持ちます(家事事件手続法268条1項)。審判に至った場合は審判書が残ります。いずれも家庭裁判所を通った書面であり、当事者だけで作った合意書とは、条文の上での位置づけが違います。もっとも、どちらの書面も債権者を当事者にするものではありません。抵当権の抹消や債務者の変更は、そことは別に債権者との間で調整する事柄として残ります。
四つめに、時間の制約が二重にかかります。財産分与の請求について、家庭裁判所への請求は離婚の時から五年です(民法768条2項ただし書)。他方、返済が滞っている場合の期限は、契約と債権者の手続によって別に進みます。二つの時計は連動していません。返済の側で今どの段階にいるかは今どこにいるかに、選べる手の並びは任意売却以外の選択肢に整理しました5。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民法768条には、債務をどう扱うかについての文言がありません。分与の対象を積極財産に限る旨も、消極財産を含める旨も、条文には書かれていません。3項は、家庭裁判所が考慮する事項を列挙したうえで、分与をさせるべきかどうか、並びに分与の額および方法を定めるとしています。個別の事案でどう組み立てるかは法律の判断になりますので、当社が結論や見通しを申し上げることはしていません。
消えません。財産分与の協議は当事者の間の話であり、債権者はその当事者ではないからです。債務者を入れ替える免責的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によるか、債務者と引受人となる者が契約をして債権者が引受人に承諾をすることによって効力を生じます(民法472条2項・3項)。いずれの形でも債権者の関与が要ります。まずは借入先に確認するところからになります。
民法768条2項は、協議が調わないときまたは協議をすることができないときに、当事者が家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求できるとしたうえで、ただし書で、離婚の時から五年を経過したときはこの限りでないと定めています。他方、返済が滞っている場合の期限は、契約の定めと債権者の手続によって別に進みます。二つの時計は連動していません。
財産の分与に関する処分は、家事事件手続法の別表第二の四の項に掲げる事項です(同法3条の12)。別表第二に掲げる事項について、家庭裁判所は審判をします(同法39条)。調停の申立てもでき、合意が成立して調書に記載されたときは確定した審判と同一の効力を持ちます(同法268条1項)。調停が成立しなかったときは、調停の申立ての時に審判の申立てがあったものとみなされます(同法272条4項)。
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