要旨
民法896条は一切の権利義務の承継を定め、898条は相続財産を共有とします。他方899条は、各共同相続人が相続分に応じて権利義務を承継すると書いています。家は分ける手続を要し、債務はその手続を待ちません。家の中で決めた分け方が、外の債権者にどこまで届くのかを条文から読みます。
実家に住宅ローンが残ったまま、親が亡くなる。相談の場で伺う話のなかで、この形はめずらしくありません。相続人が複数いれば、まず「誰が家を継ぐか」が話し合われ、そのあとに「では債務はどうなるのか」という問いが来ます。家族の中では、たいてい「家をもらう人が払う」という答えでいったん落ち着きます。
ところが民法は、家と債務を同じようには扱っていません。積極財産は共有になり、遺産分割という手続を経て分けられます。金銭債務については、条文が別の言葉づかいをしています。本稿は、相続によって債務がどう分かれるのかを条文で確かめ、家族の中で決めた分け方が債権者との関係でどこまで届くのかを整理します1。
順に三つを見ます。相続が開始した日に何が起きているか。899条と902条の2が、相続人の側の取り決めと債権者の側の権利をどう切り分けているか。そして、抵当権の付いた家が共有になっているあいだ、誰が何を決められるのか。二つ目がいちばん長くなります。家族の合意を債権者との関係に及ぼす条文が、相続編ではなく債権編に置かれているからです。
図1 積極財産と債務で条文の扱いが分かれること。出典:民法896条・898条・899条・907条。どちらの側にどれだけの額が置かれるかを示す図ではない。
1. 相続が始まった日に、家と債務のそれぞれに起きること
相続は、死亡によって開始します(民法882条)。そして相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(同法896条本文)。「一切の権利義務」ですから、預金や不動産だけでなく、借入金の返済義務もここに入ります。
もっとも、896条にはただし書が付いています。被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。では「一身に専属したもの」とは何か。条文は、その定義をここに置いていません。民法が続けて挙げているのは、897条で系譜・祭具・墳墓の所有権を祭祀の主宰者が承継するという別扱いだけです。ただし書の輪郭は、文言からは直接には出てきません2。
それでも、金銭を支払う義務がただし書に入らないことは、条文の構えから読めます。一身に専属するとは、その人でなければ果たせない性質を指す語です。三千万円を払う義務は、誰が払っても結果が同じになります。家族が引き継ぎたいかどうかは、この振り分けに関係していません。
図2 承継される範囲の包含関係。出典:民法369条1項・896条。箱の大きさは金額や重要度を表すものではない。
承継は、相続人の側の行為も待ちません。書類に署名した日でも、鍵を受け取った日でもなく、相続開始の時に起きます。承認するか放棄するかを考えている間も、条文の上ではこの状態が続いています3。
相続人が数人あるとき、相続財産はその共有に属します(898条1項)。共有の規定を適用するときの持分は、900条から902条までにより算定した相続分です(同条2項)。誰が住むのか、売るのかを決めるには、遺産の分割という別の手続が要ります。
債務の側には、これと対になる規定が置かれていません。899条は、各共同相続人がその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継すると定めるだけです。家は分ける手続を要し、債務は手続を待たない。この差が、のちの食い違いの出発点になります。
899条の言い回しは、債権編の分割債務の原則と並べると輪郭がはっきりします。427条は、数人の債務者がある場合に別段の意思表示がないときは各債務者がそれぞれ等しい割合で義務を負うとします。「等しい割合」と「相続分に応じて」は、同じではありません。配偶者と子二人であれば、900条により配偶者が二分の一、子がそれぞれ四分の一です。頭数で割った三分の一ずつにはなりません。
- 承継の起点は相続開始の時(896条本文)
- 基準は頭数ではなく相続分(899条・900条)
- 債務の側に「分割を待つ」規定はない
時間で切ると、もう一つ見えるものがあります。民法は、分割前の預貯金債権に例外を置いています。909条の2は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に自分の相続分を乗じた額について、各共同相続人が単独で権利を行使することができるとします。上限は預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額です4。
図3 分割前の預貯金債権に置かれた例外。出典:民法909条の2。三分の一という割合を図示したものではない。
条文は、行使した分を遺産の一部の分割により取得したものとみなすとしています。前借りに近い扱いです。そして、債務の側に、これと対になる規定はありません。「分割が終わるまで返済を待ってもらえる」という条文は、相続編に見あたらないということです。
図4 協議の位置と、債権者の位置。出典:民法899条・902条の2、907条1項。破線は話し合いを示すもので、その内容が債権者に及ぶことを表さない。
2. 民法899条と902条の2が置いている非対称
条文を順に読みます。まず共有の規定です。
民法898条(共同相続の効力)
相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
2 相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする。
続く899条は、見出しのない一文です。
民法899条
各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
権利だけでなく「権利義務」と書かれています。898条が「共有」という一つのかたまりを想定しているのに対し、899条は各人への割り付けを語っています。隣り合う二つの条文が、別のことを述べています。
そのうえで民法は、相続分が遺言で指定された場合について、債権者の側から見た規定を置いています。
民法902条の2(相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使)
被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、前条の規定による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、第九百条及び第九百一条の規定により算定した相続分に応じてその権利を行使することができる。ただし、その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない。
被相続人が遺言で相続分を指定していても、債権者は法定相続分に応じて権利を行使できます。指定は相続人の間では効きますが、それだけで債権者を縛るものとはされていません。縛られるのは、債権者の側が承認したときです。ただし書がそう書いています。債権者を巻き込む変更には、債権者の関与が要るという組み立てです。用語の対応は用語集に置きました。
図5 債権者から見た割り付けの向き。出典:民法899条・900条・902条の2。実際の相続分は相続人の顔ぶれによって異なるため、帯の比率は意味を持たない。
902条の2が直接に対象としているのは、遺言による指定です。相続人どうしの協議で債務の負担を決めた場合を定めた条文ではありません。それでも、規定の向きは読み取れます。家の中で決めたことは家の中で効き、外にいる債権者に及ぼすには別の要件が要る。
同じ向きは権利の側にもあります。899条の2第1項は、相続による権利の承継は遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、法定相続分を超える部分については登記その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないとします。権利については登記が、債務については債権者の承認が、内と外の境目に置かれています。
では、家族の中で決めた「家をもらう人が全部払う」という取り決めを、債権者との関係にまで及ぼす道はあるのか。民法は、それを相続編ではなく債権編に置いています。債務引受です。
民法472条(免責的債務引受の要件及び効果)
免責的債務引受の引受人は債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担し、債務者は自己の債務を免れる。
2 免責的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によってすることができる。この場合において、免責的債務引受は、債権者が債務者に対してその契約をした旨を通知した時に、その効力を生ずる。
3 免責的債務引受は、債務者と引受人となる者が契約をし、債権者が引受人となる者に対して承諾をすることによってもすることができる。
1項の後段を読んでください。引受人が同一の内容の債務を負担し、「債務者は自己の債務を免れる」。家を継がない相続人が義務から外れるのは、この形が成立したときです。2項と3項は成立の型を二つ挙げます。どちらの型にも債権者が出てきます。相続人だけで完結する型は、条文に置かれていません。
図6 472条2項と3項の二つの型。出典:民法472条2項・3項。どちらの型になるかは当事者の関係によるため、望ましさを示す図ではない。
472条の3は、免責的債務引受の引受人は債務者に対して求償権を取得しないと定めます。一言だけの条文です。肩代わりをした人が後から請求できる保証や代位の仕組みとは、ここが違います。引き受けた人は、引き受けた分を自分のものとして負う。家族の中で「あとで精算する」と考えていても、条文の側に受け皿は置かれていません。
472条の4は担保の扱いを定めます。債権者は、債務者が免れる債務の担保として設定された担保権を引受人の債務に移すことができる。ただし、引受人以外の者が設定した場合には、その承諾を得なければなりません5。抵当権も保証も、引受けに自動的に付いて回るものとしては書かれていません。親の家に子が抵当権を設定していた場合や、別の親族が保証人になっている場合、その人の承諾がなければ担保や保証は移らない。引受けは債務者を入れ替える仕組みであって、担保の配置まで一括して動かす仕組みではないということです。
3. 住宅ローンが残る家を承継するということ
ここまでを、住宅ローンが残る家に当てはめます。三つのものが、それぞれ別の理屈で動きます。
抵当権
不動産の上にあり、所有者が変わっても残る。
債務
相続分に応じて各相続人へ承継される。
家
共有になり、決め方が二段に分かれる。
第一に、抵当権です。抵当権者は、担保に供された不動産について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有します(民法369条1項)。この権利は不動産の上に置かれており、所有者が誰に変わっても、それだけで消えるものではありません。競売との違いは任意売却と競売は、何が違うかに整理しています。
第二に、債務です。899条により、相続分に応じて各共同相続人に承継されます。家を継がない相続人にも、条文の上では返済の義務が及びます。「家をもらう人が払う」という合意は相続人の間の取り決めとしては意味を持ちますが、それだけで債権者に対する義務がなくなるとは条文に書かれていません。
第三に、家そのものです。251条1項は、各共有者が他の共有者の同意を得なければ共有物に変更を加えることができないとします。252条1項は、共有物の管理に関する事項は各共有者の持分の価格に従いその過半数で決するとします。同じ家について、決め方が二段構えになっているということです。売却は変更を加える側にあたり、一人で進められる事柄ではありません。
図7 共有物について決め方が二段になっていること。出典:民法251条1項・252条1項・253条1項。どの行為がどちらに当たるかの判定を示す図ではない。
負担の側にも条文があります。253条1項は、各共有者がその持分に応じ、管理の費用を支払い、その他共有物に関する負担を負うとします。空き家になった実家の税や、雨漏りを止める費用は、住んでいる人だけの問題として書かれてはいません。
共有の状態を解く道も条文にあります。907条1項は、共同相続人がいつでもその協議で遺産の分割をすることができるとします。2項は、協議が調わないとき、または協議をすることができないときは、各共同相続人がその分割を家庭裁判所に請求することができるとします。受け皿は家庭裁判所です。その手続は当社の仕事ではありません。
書面で切ると、この時期に手元へ現れるものは四つの系統に分かれます。第一に、債権者から各相続人へ届く督促。第二に、相続人どうしで作る遺産分割協議書。第三に、登記の申請に関する書類。第四に、債権者が関与する債務引受の書面です。差出人も宛先も違い、一つに署名したことが別の一つの効力を生むようには組まれていません。
協議書に「Aが債務を負担する」と書いても、それは債権者に宛てた書面ではありません。登記を備えることは899条の2の対抗要件を満たす行為ですが、債務の負担者を債権者に対して変えるものではない。逆に、債権者と引受人が契約しても、登記が動くわけではありません。何がどの系統の書面かを分けて見ることは、専門家に渡す前の下ごしらえとして役に立ちます。
そして遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼって効力を生じます(909条本文)。ただし、第三者の権利を害することはできません(同条ただし書)。さかのぼるという言葉は強く響きますが、外側にいる第三者との関係では、こうして歯止めが置かれています。
図8 909条本文の遡及効と、ただし書の限界。出典:民法896条・909条。この図の間隔は期間を表さない。
この構造が姿を見せるのは、返済が止まったときです。家を継いだ相続人が払えなくなると、督促は法定相続分に応じて他の相続人にも向かい得ます。家に住んでいない人、鍵を持っていない人のところに書面が届く。制度がそう組まれているためであって、誰かが約束を破ったからとは限りません。
段階ごとに何が起きるかは今どこにいるかに、売る以外にどのような手が並んでいるかは任意売却以外の選択肢に整理しています。
- 家は共有になり、分ける手続を要する(898条)
- 債権者を縛るには債権者の関与が要る(902条の2・472条)
- 協議書は債権者に宛てた書面ではない
- 協議が調わないときの受け皿は家庭裁判所(907条2項)
先に申し上げること
当社は、誰が相続人にあたるか、相続分がいくつになるかを判定しません。遺産分割協議書の作成や、債務引受をはじめとする債権者との法律上の交渉も行いません。これらは弁護士・司法書士の領域です。相続の放棄や限定承認についても、当社が選び方を申し上げることはありません。それらの申述先は家庭裁判所であり、当社の仕事ではないからです。協議が調わないときの分割の請求も、家庭裁判所の手続です。当社にできるのは、登記の内容と債権者の名前を一緒に確かめ、売却を選ぶ場合の段取りを示すところまでです
6。
小括
民法896条は一切の権利義務の承継を定め、898条は相続財産を共有とし、899条は相続分に応じた承継を定めています。家は分ける手続を要し、債務についてはその手続を待つとは書かれていません。902条の2は、遺言による指定があっても債権者は法定相続分で権利を行使できるとし、債権者が承認した場合を例外とします。家族の合意を債権者との関係に及ぼす形として民法が用意しているのは債権編の債務引受であり、472条2項・3項のいずれの型にも債権者が登場します。本稿は条文の並びを追ったにとどまり、個別の事案で誰がいくら負うかを判定するものではありません。当社の役割と限界は
私たちの立場に書いています。
注
- 本稿でいう債務は、被相続人が相続開始の時において負っていた金銭債務を指す。祭祀に関する権利の承継(民法897条)のように、相続財産と別の扱いを受けるものはここでは扱わない。↩
- 民法896条ただし書の「一身に専属したもの」について、同条は定義を置いていない。何がこれに当たるかは条文の解釈の問題であり、本稿はその判断に立ち入らない。↩
- この期間の相続人には、相続財産の管理について規定が置かれている。民法918条は、相続人が固有財産におけるのと同一の注意をもって相続財産を管理しなければならないとし、承認または放棄をしたときはこの限りでないとする。↩
- 民法909条の2は、単独で行使できる額の上限を「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額」とする。金額は条文本体に書かれていないため、本稿では具体的な数字を挙げない。↩
- 民法472条の4第3項は、債務者が免れる債務の保証をした者がある場合に同条1項を準用し、4項はその承諾が書面でしなければ効力を生じないとする。5項は、内容を記録した電磁的記録による承諾を書面によるものとみなす。↩
- 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士でない者に禁じている。当社は宅地建物取引業者として売買の媒介と売却条件の調整を行い、法律の判断を要する事項は提携する弁護士・司法書士におつなぎしている。↩
参考文献