時効の期間が過ぎれば、債権は自動的に無くなるのですか。
民法145条は、時効は当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができないと定めています。期間が経過したという事実だけでは、裁判所は債権が無くなったものとしては扱いません。援用という意思の表明が置かれているところが、日常の言葉づかいとの違いです。援用ができるかどうか、いつすべきかは法律の判断にあたるため、当社では述べておらず、提携する弁護士・司法書士におつなぎしています。
要旨
民法166条1項は、知った時から5年と行使できる時から10年という二つの数え方を並べています。ただし期間の経過だけでは足りず、援用という一段階が要ります(145条)。抵当権は債務者と設定者に対しては被担保債権と同時でなければ時効消滅しません(396条)。
キーワード債権総論/消滅時効
滞納が長く続いた家の相談で、ときどき同じ問いを向けられます。「このまま何年か経てば、債権は消えるのですか」。問いの裏には、返せる見込みが立たないまま時間だけが過ぎていく、という状況があります。答えを急ぐ前に、まず民法が消滅時効という制度をどう組み立てているのかを確かめておく必要があります。組み立てが分かれば、待つという構えが何を前提にしているのかも見えてきます。
本稿は、債権の消滅時効について、期間がいつから数えられ、どれだけの長さで、何が起きたときに完成するのかを条文の順に読みます。あわせて、家に抵当権が設定されている場合に何が変わるのかを民法396条で確かめます。本稿は時効の援用を勧めるものではありません。援用するかどうかは法律の判断であり、弁護士・司法書士の領域です1。
順に三つを見ます。時効が働くために条文が要求している手順は何か。期間はどこから数え、どの規定が例外を置いているか。そして、家に抵当権があるとき、債権の話がどう変わるか。三つ目では、時間が進む間にも動いているものを並べます。
日常の言葉では、時効といえば「時間が経てば無くなる」ことを指します。民法の組み立ては、それより一段階多い手順を踏みます。
時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
援用とは、時効の利益を受けるという意思を相手に示すことです。この一段階が置かれていることには意味があります。期間が過ぎたという事実だけでは、裁判所は債権が無くなったものとして扱いません。援用する人がいて初めて、そのように扱われます。逆にいえば、援用しないという選択も残されています。時効の制度は、権利を消すために自動で作動する装置ではなく、時間の経過を主張として使えるようにしておく仕組みだと読めます。
括弧書きにも目を留めてください。消滅時効については、当事者に、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者が含まれます。債務者ひとりの話ではないということです。家を担保に出したが借りたのは自分ではない人、家を買い受けた人も、この括弧書きの中にいます。同じ債権について、立場の違う人が並んでいる場面を条文は想定しています2。
もうひとつ、時間で切ってみます。時効の利益は、あらかじめ放棄することができません。
時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。
一行の条文ですが、置かれている位置が効いています。契約を結ぶときに「時効は主張しません」と約束させることを、民法は認めていません。もし認めれば、貸す側が強い場面ではその条項が並び、145条の一段階は形だけのものになるからです。他方で、完成した後にどうするかについて、146条は何も書いていません。「あらかじめ」という一語が、前と後を分けているということです。
そして、援用があったときの効力は、その時点から先だけに働くのではありません。時効の効力は、その起算日にさかのぼります(民法144条)。時間をさかのぼって扱いが決まる、という書き方です。期間・援用・遡及という三つが組み合わさって、ひとつの制度になっています。
では、期間はいつから数えるのか。2017年の改正後の民法は、二つの起算点を並べています。
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
2 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。
一号は債権者の認識を起点にする主観的な起算点、二号は権利の行使が可能になった時を起点にする客観的な起算点です。二つは択一ではなく併存し、どちらかが満たされれば消滅時効が完成します。文言をもう少し細かく見ると、一号で「知った」のは債権者です。債務者が何を知っていたかを、この号は問うていません。銀行や保証会社のように貸付けの内容も期日も自ら管理している債権者では、一号と二号の起点がずれる場面は限られると考えられますが、そのずれをどう見るかは事案ごとの判断になります3。
期間には例外もあります。人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権については、二号の「十年間」が「二十年間」となります(民法167条)。また、確定判決または確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものでも、その時効期間は十年となります(同法169条1項)。訴訟や支払督促を経た債権は、この規定によって期間の扱いが変わります4。
もうひとつ、人や出来事の側から期間を切っている条文の並びがあります。民法158条から161条までは、時効の完成を待たせる特則です。相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時または破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間、時効は完成しません(同法160条)。夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については、婚姻の解消の時から六箇月です(同法159条)。天災その他避けることのできない事変のため手続を行うことができないときは、障害が消滅した時から三箇月です(同法161条)。家の名義人が亡くなった、離婚が成立した、災害があった——どれも住宅ローンの相談で実際に出てくる出来事です。条文は、そうした場面で時間の数え方に手当てをしています。
ここまでを、手元の書面に置き換えてみます。期間を数えるには、日付の分かる材料が要ります。いつ借り入れた債権か。約定の弁済期はいつだったか。期限の利益の喪失はいつと書かれているか。訴えや執行の書面が届いていないか。条文が求めているのは、この四つのような日付です。もっとも、これらがそろえば期間を判定できる、という意味ではありません。どの日を起点と見るかの評価が、そのあとに控えています。
住宅ローンに引き寄せると、注意すべきは起算点が一度動くことです。約定どおりに返済しているうちは、弁済期は毎月やってきます。期限の利益を失うと、残額の全部について弁済期が到来します。もっとも、その日をそのまま起算点と見てよいかは、契約の定めや喪失の態様によって考え方が分かれます。ここは制度の説明の外側であり、当社が判断を述べる場面ではありません。段階の並びは今どこにいるかに整理しています。
ここまでは債権の話でした。住宅ローンの場合、その債権には抵当権が付いています。抵当権については、民法が独立した規定を置いています。
抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。
読みどおり、債務者と抵当権設定者との関係では、抵当権が被担保債権より先に時効で消えることはありません。担保だけが先に落ちて債権が残る、という順序を条文が塞いでいます。一方、債務者でも抵当権設定者でもない者が抵当不動産について取得時効に必要な要件を備える占有をしたときは、抵当権は消滅します(同法397条)。家に住み続けている本人には、この条文は働きません。
396条の文言をもう一度読むと、書かれているのは「債務者及び抵当権設定者に対しては」という限定です。それ以外の者との関係で抵当権の時効消滅をどう扱うかを、条文はここに書いていません。後順位の抵当権者や一般債権者との関係については、条文の反対解釈をめぐって議論があります。本稿はどちらの読み方が正しいかを述べる立場にありません。条文が答えを置いていない箇所がある、という事実だけを書きとめておきます。
さらに、時効の進行そのものが止められる場面があります。強制執行、担保権の実行などの事由があるときは、その事由が終了するまでの間、時効は完成せず、事由の終了時から新たに進行を始めます(民法148条1項・2項)。裁判上の請求や支払督促も同様の扱いを受けます(同法147条)。競売の申立てや訴えの提起は、債権者の側から時間の数え方を組み替える行為だということです。
数え方の組み替えは、当事者の外にも及びます。民法153条は、147条・148条による完成猶予や更新の効力を、その事由が生じた当事者およびその承継人の間においてのみ有すると定めており、原則は相対的です。ところが保証については別の規定が置かれています。主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予および更新は、保証人に対してもその効力を生じます(同法457条1項)。保証人に情報が届く仕組みが限られていることを考えると、この非対称は覚えておいてよい点です。
これらを重ねると、待つという構えが置かれている場所が見えてきます。期間の間も抵当権は登記に残り、家は担保に入ったままです。債権者は請求もできますし、担保権の実行を申し立てることもできます。時間が一方向に進むだけの静かな期間ではない、ということです。
生活の側から見ると、この期間は「何もしないで済む時間」ではありません。住み続けながら数えるのか、売却を含めて別の道を並べるのかは、時効とは別の軸で考える材料になります。競売との違いは任意売却と競売は、何が違うかに、ほかの手は任意売却以外の選択肢にまとめました。用語の整理は用語集に置いています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民法145条は、時効は当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができないと定めています。期間が経過したという事実だけでは、裁判所は債権が無くなったものとしては扱いません。援用という意思の表明が置かれているところが、日常の言葉づかいとの違いです。援用ができるかどうか、いつすべきかは法律の判断にあたるため、当社では述べておらず、提携する弁護士・司法書士におつなぎしています。
民法166条1項は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間(一号)と、権利を行使することができる時から10年間(二号)の二つを並べており、どちらかが満たされれば消滅時効が完成します。人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権では二号が20年となり(167条)、確定判決などで確定した権利は10年となります(169条1項)。どの規定が当てはまるかは債権の発生時期にもよります。
民法396条は、抵当権は債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ時効によって消滅しないと定めています。担保だけが先に落ちて債権が残る、という順序は条文が塞いでいます。なお、債務者でも抵当権設定者でもない者が抵当不動産について取得時効に必要な要件を備える占有をしたときは抵当権が消滅しますが(397条)、その家に住み続けている本人にはこの規定は働きません。
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