親に判断能力がありません。家族が代わりに家を売ることはできますか。
民法9条は、成年被後見人の法律行為は取り消すことができるとし、日用品の購入その他日常生活に関する行為だけを例外としています。不動産の売買はこの例外に当たりません。また民法は、審判を経ずに本人に代わって財産を処分できる者として家族を挙げていません。家庭裁判所の後見開始の審判により成年後見人が付され(7条・8条)、その成年後見人が代表することになります(859条1項)。
要旨
所有者に判断能力がないとき、家族が代わりに売買契約を結ぶことはできません。民法は後見開始の審判を経た成年後見人に代表権を与え(859条1項)、さらに居住用の建物とその敷地の処分については家庭裁判所の許可を求めています(859条の3)。手続は二段構えです。
キーワード家族と家/成年後見
家の名義人が高齢で、判断能力が落ちている。返済は滞っていて、そのままにしておけない。相談の場でこの形に出会うと、ご家族はたいてい同じことを言われます。本人は分からなくなっているので、自分たちで手続きを進めたい、と。気持ちの上では自然な流れです。長く介護をしてきた家族が、家のことも引き受けるつもりでいます。
ところが民法は、家族という関係それ自体には処分の権限を与えていません。用意されているのは、家庭裁判所の審判を経て与えられる地位です。しかも、住んでいる家を売るという行為については、その地位を得たあとにもうひとつ関門が置かれています。859条の3の許可です。本稿は、この二段構えを条文から確かめ、売却の日程とどこで交わるのかまでを追います1。
順に、三つのことを見ます。判断能力が落ちた人の財産について、条文は誰に何を渡しているか。859条の3が「居住の用に供する建物又はその敷地」だけを取り出しているのはどういう書き方か、そして同じ規定がどこまで準用され、どこで止まっているか。最後に、二つの審判が手続の側でどういう性質を与えられているか。
まず、本人がした行為の扱いです。民法9条は、成年被後見人の法律行為は取り消すことができると定め、ただし日用品の購入その他日常生活に関する行為についてはこの限りでない、としています。不動産の売買は、日常生活に関する行為ではありません。
その前提となる審判が7条です。精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人または検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。審判を受けた者は成年被後見人とされ、これに成年後見人が付されます(8条)。逆に、7条に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は後見開始の審判を取り消さなければなりません(10条)。始まりにも終わりにも、審判が要る仕組みです。
ここに、制度が家族をどう扱っているかが表れています。7条の請求権者の列に、配偶者と四親等内の親族は入っています。家族は、審判を求める側としては条文に数えられています。ところが、審判を経ずに本人に代わって財産を処分できる者としては、どこにも書かれていません。家族という関係は、手続を起こす資格にはなっても、処分の権限にはならない。民法はそう組み立てています。
誰が成年後見人になるかも、条文が書いています。843条1項は、家庭裁判所は後見開始の審判をするときは職権で成年後見人を選任する、としています。申立てとは別に、選任は職権で行われるという書き方です。そのうえで4項が、選任にあたって考慮すべき事情を列挙します。成年被後見人の心身の状態、生活および財産の状況、成年後見人となる者の職業および経歴、成年被後見人との利害関係の有無、成年被後見人の意見、その他一切の事情2。
成年後見人は一人とは限りません。843条3項は、選任されている場合でも、家庭裁判所が必要と認めるときは更に選任することができるとしています。数人あるときは、共同して権限を行使するのか、事務を分掌するのかを、家庭裁判所が職権で定めることができます(859条の2第1項)。権限の割り方まで、条文は裁判所の側に置いています。
判断能力が完全には失われていない場合には、別の類型が置かれています。能力が著しく不十分な者については保佐開始の審判があり(11条)、被保佐人については同意を要する行為が列挙されています。
被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
一 元本を領収し、又は利用すること。
二 借財又は保証をすること。
三 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること。
三号に不動産が挙がっています。ここで注意しておきたいのは、行為をするのが被保佐人自身だという点です。保佐は同意という形をとり、後見は代表という形をとる。同意またはこれに代わる許可を得ないでした行為は、取り消すことができます(同条4項)。能力が不十分な者については補助の類型があります(15条・17条)。
成年後見人が付されると、権限の範囲は859条1項に書かれます。後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。同条2項は、824条ただし書の規定を準用しています。あわせて858条が、成年後見人は事務を行うに当たって成年被後見人の意思を尊重し、その心身の状態および生活の状況に配慮しなければならないと定めています。
そのうえで、居住用の不動産にだけ、別の条文が置かれています。
成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。
三つを読み取っておきます。第一に、対象が「その居住の用に供する建物又はその敷地」に限られています。すべての不動産ではありません。第二に、挙げられている行為が売却だけではないことです。賃貸、賃貸借の解除、抵当権の設定、そして「その他これらに準ずる処分」が並びます。住まいを失わせる方向に働く行為が、ひとまとめにされています3。
第三に、条文は「家庭裁判所の許可を得なければならない」と書いています。後見人の判断で足りるとはされていません。成年後見人が付いていること自体が、居住用不動産の処分を可能にするわけではないということです。
ここで条文の文言そのものを問うておきます。「居住の用に供する」が何を指すのかを、民法は定義していません。現に住んでいることが要るのか。入院や施設への入所が続いている場合はどうか。住民票の記載が基準になるのか。将来また住む見込みがあれば足りるのか。いずれも859条の3の側には書かれていません。条文はここに答えを置いていない、ということです。当たるかどうかの評価は、当社の判断できる事柄ではありません。
もうひとつ、条文が書いていないことがあります。許可を得ないで処分をしたときにその処分がどうなるかを、859条の3は定めていません。108条2項のように「代理権を有しない者がした行為とみなす」といった効果は、この条文には置かれていない。ここも、民法が答えを条文の側に書いていない箇所です。
次に、この許可がどこまで及ぶかを準用で追います。
2 第六百四十四条、第八百五十九条の二、第八百五十九条の三、第八百六十一条第二項、第八百六十二条及び第八百六十三条の規定は保佐の事務について、第八百二十四条ただし書の規定は保佐人が前条第一項の代理権を付与する旨の審判に基づき被保佐人を代表する場合について準用する。
859条の3が、保佐の事務について準用されています。同じ準用は補助にも置かれていて、876条の10第1項が同じ条文の並びを挙げています。居住用不動産についての許可は、後見だけの話ではないということです。
他方、準用が及んでいない先もあります。859条の3の文言は「成年後見人は、成年被後見人に代わって」です。859条1項の管理権と代表権は後見人一般に与えられているのに対し、859条の3は成年の側にだけ書かれている。未成年被後見人の居住用不動産について、民法は同じ許可の規定を置いていません。条文を並べたときに見える差です4。
この許可は、家庭裁判所の審判として行われます。家事事件手続法117条2項は、成年後見に関する審判事件を別表第一の一の項から十六の二の項までの事項についての審判事件と説明しています。そして同法244条は、家庭裁判所が調停を行う対象から別表第一に掲げる事項についての事件を除いています。話し合いで折り合いをつける枠組みが用意されていない類型です。用語の整理は用語集に置きました。
ここまでを手続の順に並べると、二段構えになっていることが分かります。まず後見開始の審判があり、成年後見人が付される。次に、居住用不動産の処分について家庭裁判所の許可を求める。前者がなければ後者に進めません。
前者にも時間の要素があります。家事事件手続法119条1項は、家庭裁判所は成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ後見開始の審判をすることができないとし、ただし明らかにその必要がないと認めるときはこの限りでない、としています。手続の中に、医学的な判断を挟む段階が条文で組み込まれています。
同じ手続に、本人へ向いた規定がいくつも置かれています。同法120条1項1号は、後見開始の審判をする場合には成年被後見人となるべき者の陳述を聴かなければならないとします(心身の障害により聴くことができないときを除く)。122条1項1号は、後見開始の審判を本人に通知しなければならないとしています。家族が申し立てた手続であっても、条文は本人の側に耳と口を用意しているという並びです。
できないことも条文にあります。同法121条1号は、後見開始の申立ては、審判がされる前であっても家庭裁判所の許可を得なければ取り下げることができない、としています。いったん申し立てたものを、申立人の都合だけで引っ込めることはできません。売却の話が動いたから取り下げる、という進め方は、条文の側で想定されていないということです。
審判の効力がいつ生じるかも、条文で追えます。同法74条2項は、審判は審判を受ける者に告知することによってその効力を生ずるとし、ただし即時抗告をすることができる審判は確定しなければその効力を生じないとしています。そして85条1項は、審判に対しては特別の定めがある場合に限り即時抗告をすることができると書いています。成年後見に関する審判のうち即時抗告ができるものは123条1項が列挙していて、後見開始の審判やその申立てを却下する審判などが並びます。居住用不動産の処分についての許可の審判は、この列挙に挙がっていません。条文の並びから言えるのはここまでです5。
売却の側は、これとは別に進みます。価格の調整、債権者への説明、契約、引渡し。そして返済の滞りが続けば、抵当権者は担保不動産競売を申し立てることができる状態になり(民事執行法180条)、そちらにも別の日程が生まれます。三本の線は、互いの速度を知りません。ご自身がどの段階にいるかは今どこにいるかに、競売との違いは任意売却と競売は、何が違うかに整理しています。
最後に、858条に戻っておきます。成年後見人は本人の意思を尊重し、心身の状態と生活の状況に配慮しなければならない。この義務は、家を売る局面でも消えません。859条の3が居住用の不動産だけを取り出しているのも、住まいが本人の生活の基盤であることを制度が前提にしているからだと読めます。制度は、家族の都合ではなく本人の生活を軸にして条文を並べています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民法9条は、成年被後見人の法律行為は取り消すことができるとし、日用品の購入その他日常生活に関する行為だけを例外としています。不動産の売買はこの例外に当たりません。また民法は、審判を経ずに本人に代わって財産を処分できる者として家族を挙げていません。家庭裁判所の後見開始の審判により成年後見人が付され(7条・8条)、その成年後見人が代表することになります(859条1項)。
民法859条の3は、成年後見人が成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物またはその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除または抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならないと定めています。成年後見人が付いていること自体が処分を可能にするわけではありません。許可が得られるかどうかは家庭裁判所の判断であり、当社が判定することはできません。
民法は三つの類型を置いています。事理を弁識する能力を欠く常況にある者は後見(7条)、能力が著しく不十分な者は保佐(11条)、能力が不十分な者は補助(15条)です。被保佐人が不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をするには保佐人の同意が要り(13条1項3号)、同意またはこれに代わる許可を得ないでした行為は取り消すことができます(同条4項)。どの類型に当たるかは家庭裁判所が判断します。
当社は所要期間の見通しを申し上げていません。後見開始の審判については、家事事件手続法119条1項が、精神の状況につき鑑定をしなければ審判をすることができないとし、明らかに必要がないと認めるときを例外としています。手続は後見開始の審判と居住用不動産の処分の許可の二段構えで、いずれも同法の別表第一に属し、244条により調停の対象から除かれています。返済の滞りが続く場合の日程は、これとは別に進みます。
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