売ったあとで、買戻しの特約を付けることはできますか。
民法579条は、買戻しの特約を「売買契約と同時にした」ものと書いています。同時性が条文の文言に現れているため、売買が済んだ後に結ばれた合意を民法の買戻しとして扱えるかは、この条文の外側の問題になります。その合意が別の制度(たとえば再売買の予約)にあたるかどうかの判断は法律の判断であり、当社は述べていません。弁護士・司法書士にご確認ください。
要旨
民法の買戻しは、売買と同時にした特約により、代金と契約の費用を返還して売買を解除する制度です。期間は10年が上限で、あとから伸長できません(580条)。第三者に対しては登記が足場になります(581条1項)。再売買の予約はこれとは別の合意で、条文の枠がありません。
キーワード契約と登記/買戻し/再売買の予約
売却の相談でいちばん切実に出てくる問いのひとつが、「いったん売って、あとで買い戻すことはできますか」というものです。今の住まいを離れずに済ませたい。返済の見通しが立ったときに、また自分の名義へ戻したい。事情はそれぞれですが、問いの形はよく似ています。
民法には、この名前を持つ制度があります。579条から585条までの七か条が、買戻しに充てられています。ただし、実際の取引で「買い戻せます」と説明されているものが、民法の買戻しであるとは限りません。再売買の予約(556条)や、当事者の間の別の取り決めであることもあります。本稿は、この二つを条文の側から分けて並べます1。
順に三つを見ます。買戻しが条文の上でどういう形をとっているか。期間・対抗・実行の三つの場面で、条文が何を要求しているか。そして、再売買の予約との違いが手元の書面のどこに現れるか。買戻しの七か条は、当事者が決めてよい部分と法律が枠をはめる部分とを分けて置いています。
売った家に住み続ける形の取引では、買戻しの取り決めが併せて置かれることがあります。当社はこの形を率先して行っていません。買う側に回らないこと、売却後の賃料を払い続けられるかという問題が残ること、契約の中身しだいで結果が変わることの三つが理由です。詳しくは任意売却以外の選択肢に書きました。
本稿が扱うのは三つ目です。「買い戻せます」という言葉は、何を根拠にしているのか。民法の側の出発点は次の条文です。
不動産の売主は、売買契約と同時にした買戻しの特約により、買主が支払った代金(別段の合意をした場合にあっては、その合意により定めた金額。第五百八十三条第一項において同じ。)及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。この場合において、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす。
読むべき語が三つあります。第一に「売買契約と同時にした」。買戻しの特約は、売買と同時にするものとされています。売って半年たってから買戻しの特約を付ける、という形は、この条文が想定しているものではありません。
第二に「買主が支払った代金……及び契約の費用を返還して」。返すべき額の枠が、条文の側で示されています。別段の合意という括弧書きがあるため、金額を当事者で定めることもできますが、その場合も返還が前提になります。
第三に「売買の解除をすることができる」。買戻しは、新しく買い直すことではなく、いったん成立した売買を解除する形をとります。解除である以上、これは売買の当事者の間の話として組み立てられています。買主がすでに第三者へ転売していたらどうなるのか、という問いが、そこから出てきます。
解除の一般規定は、545条1項で、解除権を行使したときは各当事者はその相手方を原状に復させる義務を負うと定め、但書で「第三者の権利を害することはできない」と置いています。解除で巻き戻せるのは、原則として当事者の間までです。買主から不動産を取得した第三者は、この但書の側に立ちます。
ところが買戻しには、この原則を越える仕掛けがあります。581条1項は、売買契約と同時に買戻しの特約を登記したときは、買戻しを第三者に対抗することができると定めます。解除の効力が第三者に及ぶかどうかを、登記の有無で分けているということです。裏返せば、登記のされていない特約は、当事者の間の約束にとどまります2。
579条の後段も、読み飛ばしにくい一文です。当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす、とあります。買戻しがされるまでの間、買主は不動産を持ち、売主は代金を手元に置いている。その二つを個別に清算せずに済ませる処理が、あらかじめ置かれているわけです。
ここで使われている語が「推定する」ではなく「みなす」であることにも、意味があります。136条1項が期限の利益について「推定する」と書き、反対の証明を許しているのに対して、579条後段は、別段の意思表示がない限り相殺されたものとして扱います。清算の当否を後から争う道を、条文の側でふさいでいる形です。売却後も住み続ける取引では、売主が買主に賃料を払っています。その賃料をこの枠組みのどこに置くのかは、契約の書き方によります3。
買戻しには、期間の枠が法律の側で置かれています。
買戻しの期間は、十年を超えることができない。特約でこれより長い期間を定めたときは、その期間は、十年とする。
2 買戻しについて期間を定めたときは、その後にこれを伸長することができない。
3 買戻しについて期間を定めなかったときは、五年以内に買戻しをしなければならない。
1項は上限を定めます。特約で長く書いても、10年に切り詰められます。2項は伸長を封じます。いったん定めた期間を、あとから延ばすことはできません。3項は、期間を定めなかった場合を5年以内としています。返済の見通しが立つまでの時間を、この枠の内側で考えることになります。
1項と3項を並べると、少し意外な形が見えます。定めた場合の上限は10年、定めなかった場合は5年。定めなかったほうが短い。期間を書かずにおけば長く粘れる、という読み方は成り立ちません4。
次に、第三者との関係です。581条1項が登記を対抗の条件としていることは、さきに見ました。では、その登記に何が載るのか。書いているのは不動産登記法96条です。買戻しの特約の登記の登記事項は、59条各号に掲げるもののほか、買主が支払った代金(579条の別段の合意をした場合にあってはその金額)および契約の費用、買戻しの期間の定めがあるときはその定めとされています。59条各号は、登記の目的、受付の年月日および受付番号、登記原因およびその日付など、権利に関する登記に共通する事項です。買戻しでは、それに金額と期間が加わります。いくらで、いつまでに買い戻せるのかが、誰にでも読める場所に置かれます。
同条2項には、賃借人についての定めが置かれています。1項の登記がされた後に対抗要件を備えた賃借人の権利は、その残存期間中1年を超えない期間に限り、売主に対抗することができる。ただし売主を害する目的で賃貸借をしたときは、この限りでないとされています。
条文が見ているのは、売主と買主の二人だけではありません。581条2項の賃借人、582条の売主の債権者、583条2項の転得者、584条の他の共有者。買戻しの特約が付いた不動産のまわりには、当事者以外の人が並びます。
そのうち582条は、売主の債権者が423条により売主に代わって買戻しをしようとする場合を扱います。このとき買主は、裁判所が選任した鑑定人の評価に従い、不動産の現在の価額から売主が返還すべき金額を控除した残額に達するまで売主の債務を弁済し、なお残余があればこれを売主に返還して、買戻権を消滅させることができます。買戻しの権利は、売主の財産として、売主の債権者から見られる位置にあります。
最後に実行です。
売主は、第五百八十条に規定する期間内に代金及び契約の費用を提供しなければ、買戻しをすることができない。
2 買主又は転得者が不動産について費用を支出したときは、売主は、第百九十六条の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、有益費については、裁判所は、売主の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
1項が求めているのは提供です。期間内に意思を伝えるだけでは足りません。資金の準備が間に合うかどうかが、そのまま結果に直結する組み立てになっています。
2項も見ておく値打ちがあります。196条は占有者による費用の償還請求の規定で、有益費については、価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、支出した金額または増価額を償還させることができるとされています。返す側が用意する金額は、代金と契約の費用だけで終わらない場合があります。語の整理は用語集に置きました。
期間が過ぎたあとのことも、条文の側にあります。不動産登記法69条の2は、買戻しの特約に関する登記がされている場合において、契約の日から十年を経過したときは、60条の規定にかかわらず、登記権利者が単独で当該登記の抹消を申請することができると定めます。60条は権利に関する登記を共同申請とする原則規定ですから、その例外です。買戻しの特約の登記は、十年を経過すれば売主の関与なしに消せる形になっています5。
もうひとつの経路が、再売買の予約です。根拠は売買の一方の予約を定めた556条で、相手方が売買を完結する意思を表示した時から売買の効力を生ずる、とされています。同条2項は、意思表示について期間を定めなかったときの扱いを置きます。予約者は相当の期間を定めて確答すべき旨を催告でき、その期間内に確答がないときは、予約は効力を失います。
この2項の催告は、時間の切り方が買戻しと反対を向いています。買戻しでは、期間の上限を法律が決め、伸長を禁じました。予約では、期間を定めなかったときに、予約者の側から相当の期間を定めて確答を求めることができます。確答がなければ予約は効力を失う。待つ側に、待つのをやめる手段が置かれているということです。580条3項が期間そのものを切っているのとは、仕組みが違います。
買戻しとの違いは、枠のあり方にあります。予約は独立した合意ですから、10年という上限も、返還額についての条文の指示もありません。価格も期間も、当事者が定めた内容によります。自由に決められるということは、条文が守ってくれる部分がないということでもあります。予約にもとづく請求権は、権利の設定・移転・変更・消滅に関する請求権を保全するための仮登記(不動産登記法105条2号)によって公示することが考えられます。
登記の面では、記録される中身も違います。買戻しの特約の登記には、96条により代金と契約の費用と期間が載ります。請求権保全の仮登記には、96条のような登記事項の定めがありません。仮登記の効き目は、106条が定める順位の保全にあります。仮登記に基づいて本登記をした場合、その本登記の順位は仮登記の順位による。買戻しの登記は中身を見せる登記、仮登記は順番を取っておく登記、と言い分けることができます6。
提示された契約書を前にしたとき、少なくとも三つは書面で確かめられます。第一に期間。いつまでに買い戻すのか。第二に金額。用意する額がどう決まるのか、代金以外に何を負担するのか。第三に登記。買戻しの特約または請求権保全の仮登記がされるのか。この三つは、条文が問題にしている点そのものです。段階ごとに何が選べるかは今どこにいるかに整理しました。
もっとも、この三つを確かめても残る部分があります。買い戻せるだけの資金を、その時期までに用意できるかどうか。583条1項が求めているのは提供ですから、期間の末日に意思を伝えても、手元に金銭がなければ買戻しはできない。条文が用意しているのは枠であって、資金ではありません。買戻しの取り決めがあることと、実際に買い戻せることは、別のことです。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民法579条は、買戻しの特約を「売買契約と同時にした」ものと書いています。同時性が条文の文言に現れているため、売買が済んだ後に結ばれた合意を民法の買戻しとして扱えるかは、この条文の外側の問題になります。その合意が別の制度(たとえば再売買の予約)にあたるかどうかの判断は法律の判断であり、当社は述べていません。弁護士・司法書士にご確認ください。
民法580条2項は「買戻しについて期間を定めたときは、その後にこれを伸長することができない」と定めています。また1項は、買戻しの期間は十年を超えることができず、特約でこれより長い期間を定めたときはその期間を十年とするとしています。期間を定めなかったときは、五年以内に買戻しをしなければなりません(同条3項)。時間の枠が、当事者の合意より先に置かれている形です。
民法579条は、買主が支払った代金(別段の合意をした場合にはその合意により定めた金額)および契約の費用を返還して売買を解除できると定めています。さらに583条2項は、買主または転得者が不動産について費用を支出したときは、売主が196条に従って償還しなければならないとしています。用意する額が代金と契約の費用だけで終わらない場合があるということです。具体的な金額の見通しを当社が申し上げることはしていません。
買戻しができるかどうかと、住み続けられるかどうかは別の問題です。住み続ける根拠は、売却後に結ぶ賃貸借契約にあります。借地借家法38条1項は、期間の定めがある建物の賃貸借について、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、更新がないこととする定めを置けるとしています。契約の種類によって、いつまで住めるかが変わります。当社はこの形の取引を率先して行っていません。
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