要旨
公表資料ごとに「住宅ローン」の切り分け方は違います。日本銀行の欄は住宅と消費を合算し、金融庁の分析は債務者区分の移動でデフォルトを測ります。数字の意味は、その定義まで戻らないと決まりません。
返済が苦しいと感じたとき、多くの方がまず思うのは「自分だけがこうなっているのではないか」ということです。相談の場でも、金額の話より先に、この孤立の感覚が語られます。公表資料を開くと、住宅ローンは何百万件という単位で存在し、その一部に延滞が生じていることが分かります。ただし、その数字が自分の位置を教えてくれるかというと、そう単純ではありません。
本稿は、住宅ローンの残高と延滞について、日本銀行と金融庁が公表している資料を開き、そこに何が書かれ、何が書かれていないかを確かめます1。数字を安心の材料にすることも、不安の材料にすることも、本稿の目的ではありません。公表資料が測っている範囲を知ることが目的です。以下の数値は、いずれも2026年8月24日に取得したものです。
見るのは三つです。「住宅ローン残高」という言葉が、資料ごとに違うものを指していること。統計が使う「延滞」と、民法が使う「遅滞」が別の言葉であること。そして、公表された率が届いていない範囲がどこまで広いかということ。三つ目は、資料自身が書いている留保をたどる作業になります。
図1 国内銀行の貸出金に占める個人向け貸出。出典:日本銀行「貸出先別貸出金」2026年3月末、国内銀行3勘定合算。個人向けの内訳や、銀行以外の貸手を含まない点に注意。
1. 「住宅ローン残高」という数字が指しているもの
日本銀行は四半期ごとに「貸出先別貸出金」を公表しています。国内銀行の3勘定合算でみると、2026年3月末の貸出金の総額は666兆3,897億円でした。このうち「個人(住宅・消費・納税資金等)」の欄は残高173兆1,997億円、貸出件数1,960万9,909件です。貸出件数が数えられているのは3月末と9月末だけであることが、表の注に書かれています。
この欄はさらに二つに分かれます。「住宅・消費(割賦返済分)」が残高164兆6,177億円で1,092万6,387件、「カードローン等」が残高5兆3,450億円で796万9,341件です。件数でみるとカードローン等が四割近くを占めますが、残高では三十分の一ほどにとどまります。一件あたりの重さが違うということです。
図2 個人向け貸出の二つの欄。出典:日本銀行「貸出先別貸出金」2026年3月末、国内銀行3勘定合算。左の欄は住宅と消費を合算したもので、住宅ローンだけの数字ではない。
ここで一度立ち止まる値打ちがあります。この表の「住宅・消費(割賦返済分)」は、住宅ローンだけを取り出した数字ではありません。表の注は、割賦返済を「2か月以上にわたり、かつ3回以上に分割して返済されるもの」と定義し、住宅ローンには宅地のみの購入資金も含まれると書いています。消費者ローンも同じ欄に入ります。日常語の「住宅ローン残高」と、この欄の数字は、同じものを指していません2。
図3 欄の入れ子の関係。出典:日本銀行「貸出先別貸出金」の分類および表の注。箱の大きさは残高の比率を表すものではない。
件数の欄にも同じ注意が要ります。表が数えているのは貸出の件数であって、借りている人の数ではありません。同じ人が二本の貸出を持つとき、あるいは夫婦がそれぞれ借りているとき、この欄にどう現れるかを、表は書いていません3。1,092万6,387件という数字を、そのまま「返済中の世帯の数」として読むことはできません。
金融庁が2025年1月に公表した分析では、2023年9月末時点の地域銀行の住宅ローン残高が76.3兆円、債権数が436万件と集計されています。同じ資料の注は、国内銀行全体の住宅ローン残高を約144兆円としています。日本銀行の欄の数字と一致しないのは、どちらかが誤っているからではなく、切り分け方が違うからです。
これで「住宅ローン残高」という一つの言葉の下に、三つの数字が並びました。164.6兆円、約144兆円、76.3兆円です。どれが正しいかを問う場面ではありません。それぞれが何を数えた結果なのかを見て、目的に合うものを選ぶ場面です。三つを比べたり、引き算したりする使い方には向いていません。
2. 「延滞」という言葉と、民法の「遅滞」
統計の側は延滞を、公表基準にしたがって区分します。法律の側は同じ状態を別の言葉で呼びます。民法は履行期の到来と遅滞の責任を、次のように結びつけています。
民法412条(履行期と履行遅滞)
債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。
2 債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。
遅滞の責任は、期限が来た時から生じます。金融機関が何日目にどう扱うかとは別に、条文の上では期限の到来が起点です。そして金銭債務の損害賠償額は、遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率により、約定利率がこれを超えるときは約定利率によります(民法419条1項)。債権者は損害の証明を要しません(同条2項)。
「最初の時点」という書き方に、条文の時間の切り方が出ています。基準になる日は、人ごとに違います。統計が四半期末や年度末で全体を切るのに対し、条文はその人が遅滞に陥った日で切ります。同じ一年を扱っていても、目盛の置き方が違うということです。
民法404条(法定利率)
利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。
2 法定利率は、年三パーセントとする。
3 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、三年を一期とし、一期ごとに、次項の規定により変動するものとする。
(4項・5項略)
法定利率は固定された数字ではなく、三年を一期として動く仕組みです。それでも、金銭債務の損害賠償に用いられるのは、遅滞の責任を負った最初の時点のものです4。その後に期が変わっても、いったん定まった利率が追いかけて変わるわけではありません。統計の年度区分と、この起算の仕組みは、どこにも接していません。
もうひとつ、言葉そのものを見ておきます。民法の条文で「延滞」の語が現れるのは、次の一箇所だけです。
民法405条(利息の元本への組入れ)
利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。
ここでの延滞は、利息の支払が一年分以上たまった状態を指し、しかも催告を経ることが条件になっています。統計が「延滞」と呼んでいるものとは、対象も期間も違います。日常語で一つに見える言葉が、条文と統計で別の意味を持って使われている。この重なりのなさは、覚えておく値打ちがあります。
その統計の側の定義も、日数ではありません。金融庁が2025年10月に公表した地方銀行の住宅ローンに関する分析は、この点を明示しています。同分析はデフォルトを、債務者区分が正常先または要注意先であった債務者が要管理先以下へ下方遷移した場合、と定義しています。延滞の日数そのものではなく、金融機関が付けた区分の移動で測っているということです。
図4 二つの言葉の違い。出典:民法412条1項、金融庁「FSA Analytical Notes(2025.10)」のデフォルトの定め方。どちらが正しいかを示す図ではなく、測っているものが違うことを示すもの。
図5 金融庁の分析におけるデフォルトの定め方。出典:金融庁「FSA Analytical Notes(2025.10)地方銀行の住宅ローンのデフォルト状況に関する分析」。区分の移動を示す図であり、延滞の日数を表すものではない。
3. 公表された率が届いているところ、届いていないところ
その分析によれば、2024年3月末から2025年3月末までの1年間でみた地方銀行の住宅ローンのデフォルト率は、全体で0.163%でした。本店所在地域別では、北海道・東北が0.226%、関東が0.128%、中部が0.163%、近畿が0.162%、中国・四国が0.177%、九州・沖縄が0.169%です。
数字はこれだけです。ここから先は、同じ資料が自ら述べている限界を並べる番になります。
図6 分析の射程。出典:金融庁「FSA Analytical Notes(2025.10)」。同資料は、延滞や保証履行を直接参照できないためデフォルト率が低く見積もられる可能性があると述べている。
同資料は、延滞、保証会社の保証履行、法的破綻を貸出明細データから直接参照することが難しく、債務者区分への反映には時間差が生じるため、デフォルト率が低く見積もられる可能性に留意が必要であると書いています。また分析の対象は地方銀行に絞られており、国内の住宅ローンに占める割合は約4割とされています。地域間の比較についても、地域ごとに地方銀行のシェアが異なるため、得られた率がその地域の平均と一致しない可能性がある、と同資料は述べています5。
この留保は、日本銀行の表の側にも跳ね返ります。保証会社が本人に代わって弁済すると、債権は保証会社の求償権に姿を変えます。その債権が「貸出先別貸出金」のどの欄に現れるのか、あるいは欄から消えるのかを、表の注は書いていません。返済方法の変更を受けた債権が、どの欄でどう扱われるかも同じです。返済に詰まった人がたどる道筋そのものを、この表は追いかける作りになっていません。
図7 本稿が開いた二つの資料に欄がない項目。出典:日本銀行「貸出先別貸出金」、金融庁「FSA Analytical Notes(2025.10)」。他の資料に答えがないことを示す図ではない。
そのうえで、統計そのものの性質として言えることがあります。0.163%という率は、母数のなかで区分が下がった人の割合です。この率は、いま返済に詰まっている一人の状況について、何も述べていません。低い率は「珍しい」ことを意味しますが、珍しさは当事者にとっての救いではありません。逆に、率が低いことを理由に「自分は例外だ」と考える必要もありません。統計は分布を描くもので、個人を位置づけるものではないからです。
自分の位置を統計に探しに行っても、そこには欄がありません。手元の書面には、代わりに日付が書かれています。何月分から引き落とせていないのか、いつまでに何を求められているのか。統計より粗い情報に見えて、こちらは自分の事案の記録です。ご自身の段階は今どこにいるかに、言葉の意味は用語集に置きました。
- 公表資料ごとに「住宅ローン」の切り方が違う
- 統計の「延滞」と民法の「遅滞」は別の言葉
- 率は分布を描くもので、個人を位置づけない
先に申し上げること
当社は、統計を根拠にご自身の返済がどうなるかを申し上げることをしていません。全国や地域の集計は、個別の見通しの材料になりません。また当社は金融機関ではなく、返済方法の変更が認められるかどうかを判断する立場にもありません。その窓口は借入先です
6。債務の減免や法的な整理が問題になる段階からは、弁護士・司法書士の仕事になります。いま選べる手の並びは
任意売却以外の選択肢に置きました。
小括
日本銀行「貸出先別貸出金」の2026年3月末の数字では、国内銀行の個人向け貸出の残高は173兆1,997億円、うち割賦返済分は164兆6,177億円です。ただしこの欄は住宅と消費を合算しており、住宅ローンだけの数字ではありません。金融庁の分析による地方銀行のデフォルト率は2024年度で0.163%ですが、同資料自身が低く見積もられる可能性を挙げています。あわせて確かめたのは、統計の「延滞」と民法412条の「遅滞」、民法405条の「延滞」が、それぞれ別の事柄を指しているということです。本稿は公表資料が測っている範囲を確かめたにとどまり、個別の返済の見通しを述べるものではありません。当社の立場は
私たちの立場に書いています。
注
- 本稿が引いたのは、日本銀行「貸出先別貸出金」(四半期調査)と、金融庁の分析事例集である FSA Analytical Notes の2本である。前者は業種別の貸出残高を集計した統計、後者は金融庁と日本銀行が共同で運用するデータ基盤の貸出明細を用いた分析であり、性格が異なる。↩
- 「貸出先別貸出金」の注は、個人向け貸出のうち事業用資金に分類できるものはそれぞれの業種に分類すると述べている。したがって個人が営む貸家業への貸出は、個人の欄ではなく不動産業の側に入る。「個人向け」という言葉の範囲も、日常語とは異なる。↩
- 同表の件数欄は、集計の対象が3月末と9月末に限られる。残高が四半期ごとに並ぶのに対し、件数は半年ごとにしか並ばない。二つの欄を割り算して一件あたりの平均を出す使い方には、時点のずれと、件数と人の関係が書かれていないことの両方が影を落とす。↩
- 民法404条4項・5項は、法定利率の変動の計算方法と、その基礎になる基準割合の定め方を置いている。変動の仕組みが働くのは各期の初日であり、個々の債務の遅延損害金は419条1項により遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率で定まる。住宅ローンのように約定利率が定められている場合の扱いも、同項ただし書が書いている。↩
- 同分析は、貸出明細データに2024年3月末以前に繰上返済等で完済した債権が含まれないため、実行年度別のデフォルト率を単純に比較することは難しいとも述べている。数字の並びを時系列の変化として読むことには、資料の側から留保が付されている。↩
- 住宅金融支援機構は、返済方法の変更のメニューを類型別に公表している。民間金融機関の取扱いは各社の定めによる。いずれの場合も申出の窓口は借入先であり、当社が代わって交渉することはしていない(弁護士法72条)。↩
参考文献