完成猶予と更新は、何が違うのですか。
完成猶予は、一定の事由があるときにその事由が終わるまで(またはその後の一定期間まで)は時効が完成しない、という扱いです。それまで数えた期間は残り、満了の予定日が後ろへずれます。これに対して更新は、時効が新たにその進行を始めることをいい、これまで数えた分は使えなくなります(民法147条2項、148条2項、152条1項)。猶予は待たせるもの、更新はやり直させるものと整理できます。
要旨
民法147条から152条までは、時効の数え方が変わる場面を列挙しています。猶予は満了を後ろへずらし、更新は数えた期間を使えなくします。152条の承認は要式も分量も定めがない一方で更新を生じますが、何が承認にあたるかを条文は定義していません。
キーワード債権総論/時効の更新
滞納が続いている家の相談で、しばしば同じ迷いを伺います。「今月は全額は無理だけれど、少しだけでも入れておいたほうがいいのでしょうか」。生活の側からは、誠意を見せるかどうかという問いに見えます。ところが民法の側から見ると、支払いという行為は、時間の数え方に触れる行為でもあります。同じ振込みが、二つの別々の意味を同時に持つことになります。
本稿は、その二つ目の意味——時効の完成猶予と更新——を条文の順に読みます。民法147条から152条までは、時効の進行に何が起こると数え方が変わるのかを列挙した部分です。先に断っておくと、本稿はどう振る舞うべきかを勧めるものではありません。何が「承認」にあたるかの評価は法律の判断であり、弁護士・司法書士の領域です1。制度がどう組まれているかまでを書きます。
順に三つを見ます。猶予と更新という二つの言葉が、条文のどこに、どういう効果として置かれているか。承認という語について、条文が書いていることと書いていないこと。そして、手元の一回の振込みが、どの物差しの上に載っているのか。
時効の完成猶予とは、一定の事由があるとき、その事由が終わるまでの間(またはその後の一定期間まで)は時効が完成しない、という扱いです。数えてきた期間が消えるわけではありません。満了の予定日が後ろへずれる、という言い方が近いでしょう。
これに対して更新は、時効が「新たにその進行を始める」ことをいいます(民法147条2項、148条2項、152条1項)。これまで数えた分は使えなくなり、起点が動きます。二つは効果の大きさが違うだけでなく、性質が違います。猶予は待たせるもの、更新はやり直させるものです2。
次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。
条文の並びを見ると、事由によって持たせている効果が違うことが分かります。裁判上の請求等(147条)と強制執行等(148条)は、猶予と更新の両方を規定します。仮差押え・仮処分(149条)、催告(150条)、協議を行う旨の合意(151条)は、猶予だけです。そして承認(152条)は、猶予を経ずに更新だけを生じさせます。
147条1項の柱書には、長い括弧書きが入っています。確定判決または確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合には、その終了の時から六箇月を経過するまでが猶予の範囲になる、という定めです。訴えを起こしたことが、それだけで期間を数え直させるわけではありません。訴えの結末によって、猶予にとどまるか更新まで進むかが分かれます3。
148条も同じ形をしています。強制執行、担保権の実行などの事由があるときは、その事由が終了するまでの間は時効が完成せず(1項)、終了した時から新たに進行を始めます(2項)。ただし2項にはただし書があり、申立ての取下げまたは法律の規定に従わないことによる取消しによって終了した場合は、更新の効果が生じません。手続が始まれば当然に数え直しになる、という読み方はできないということです。
本稿の中心は152条です。全文を引きます。
時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
2 前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。
短い条文です。読んで気づくのは、「権利の承認」が何を指すのかを、条文が定義していないことです。書面が要るとも、金額の下限があるとも書かれていません。他方で2項は、承認をするのに処分の権限までは要らないと定めています。承認が、権利を処分する行為ではなく、権利があると認めるだけの行為として位置づけられていることの表れです。
この二つを重ねると、条文の構えが見えます。承認は、要式も分量も定められていない一方で、生じる効果は更新——これまで数えた期間がすべて使えなくなる——という大きなものです。何が承認にあたるかの評価は、そのつど個別の事情に照らして行われることになります。当社がその評価を述べる立場にないのは、このためです。
周辺の規定も見ておきます。催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間、時効は完成しません(150条1項)。ただし、猶予されている間にされた再度の催告には、その効力がありません(同条2項)。督促の書面が繰り返し届いても、猶予が積み上がっていくわけではないということです。
もうひとつ、話し合いのための規定があります。こちらは要式が定められています。
権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
一 その合意があった時から一年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時
2 前項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた再度の同項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有する。ただし、その効力は、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて五年を超えることができない。
一号から三号のいずれか早い時までが猶予の範囲です。再度の合意も効力を持ちますが、通じて五年を超えることはできません(2項)。合意も、協議の続行を拒絶する通知も、書面でされたときと書かれています。電磁的記録によってされたときは書面によってされたものとみなされます(同条4項・5項)4。
151条と152条を並べると、書面という物差しで条文が分かれていることが分かります。協議の合意は、書面でされなければ猶予の効力を持ちません。承認には、そうした定めがありません。効果の小さいほうに要式があり、効果の大きいほうに要式がないという組み合わせです。ここは、条文を読んで意外に思われるところかもしれません。
ここまでを踏まえると、冒頭の迷いがどこに位置しているかが分かります。振込みという行為は、生活の側では家計の配分の問題であり、契約の側では一部の履行であり、時効の側では評価の対象になりうる行為です。三つは別々の物差しで、同じ日に重なっています。
次に、効力が誰まで届くかを見ます。民法153条は、147条・148条による完成猶予・更新も、149条から151条までによる完成猶予も、152条による更新も、その事由が生じた当事者およびその承継人の間においてのみ効力を有すると定めます。原則は相対的です。ところが保証については別の規定が置かれており、主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予および更新は、保証人に対してもその効力を生じます(同法457条1項)。
手続の名宛人になっていない人に関わる規定もあります。民法154条は、148条1項各号または149条各号の事由に係る手続を時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、148条・149条による完成猶予または更新の効力を生じないと定めます。自分の家に抵当権を設定したが債務者ではない、という立場の人がいる場合、手続が動いていることが当然にその人へ及ぶわけではない、という書き方です。時効をめぐる時間は、当事者ごとに別々に流れうるということでもあります。
人や出来事の側から時間を止める規定も、同じ章に並んでいます。相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時または破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまで、時効は完成しません(同法160条)。夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については、婚姻の解消の時から六箇月です(同法159条)。天災その他避けることのできない事変のため手続を行うことができないときは、障害が消滅した時から三箇月です(同法161条)5。
相談の場で当社にできるのは、この重なりがあること自体をお伝えするところまでです。ある振込みが承認にあたるかどうか、いつの時点で時効が完成するのかは、条文の当てはめであり法律の判断です。宅地建物取引業者である当社がこれを述べれば、弁護士法72条に触れます6。判断が要る段階だと分かった時点で、提携する弁護士・司法書士におつなぎしています。
実務の側で申し上げられることは、書面と記録の扱いです。いつ、いくら、どの口座へ払ったのか。どの書面が、いつ届いたのか。これらは後から復元しにくく、しかも判断のときに要る材料です。
相談の順序としては、書面を並べて現在地を確かめるところから始まります。段階ごとの整理は今どこにいるか、手続の流れは相談から引渡しまでの流れ、用語は用語集に置いています。
もうひとつ。時効に関する話は、返済を続けるか、返済方法の変更を申し出るか、売却を検討するかという判断とは、別の軸にあります。どちらかを選べば他方が決まるという関係ではありません。並べて考えるための材料は任意売却以外の選択肢にまとめました。
注
参考文献
この記事のよくある質問
完成猶予は、一定の事由があるときにその事由が終わるまで(またはその後の一定期間まで)は時効が完成しない、という扱いです。それまで数えた期間は残り、満了の予定日が後ろへずれます。これに対して更新は、時効が新たにその進行を始めることをいい、これまで数えた分は使えなくなります(民法147条2項、148条2項、152条1項)。猶予は待たせるもの、更新はやり直させるものと整理できます。
民法152条1項は、時効は権利の承認があったときはその時から新たにその進行を始めると定めるだけで、何が承認にあたるかを定義していません。書面を要するとも、金額の下限があるとも書かれていません。したがって、ある支払いが承認と評価されるかどうかは個別の事情に照らした法律の判断になります。当社は宅地建物取引業者であり、この評価を述べる立場にありません。提携する弁護士・司法書士におつなぎしています。
民法150条1項は、催告があったときはその時から六箇月を経過するまでの間は時効が完成しないと定めます。ただし同条2項は、催告によって完成が猶予されている間にされた再度の催告には猶予の効力がないとしています。書面が繰り返し届いても、六箇月がそのつど積み上がるという構えにはなっていません。実際にどの書面が催告にあたるかの判断は、法律の領域に属します。
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