返済ノート

遺留分侵害額請求と不動産|民法1046条が金銭の支払と書いた意味

要旨

民法1046条1項が請求の対象として書いているのは、遺留分侵害額に相当する金銭です。不動産の持分ではありません。算定の基礎からは債務の全額が控除され(1043条1項)、家を継いだ側には金銭の債務が生じます。払えない場面のために、1047条5項は裁判所による支払の期限の許与を定めています。

キーワード家族と家/遺留分

親が遺言を残していて、家は子のうち一人が継いだ。ほかの子が「遺留分」という言葉を持ち出す。あるいは逆に、家を継がなかった側が、その言葉をあとから知る。相続の場面でよく出てくる展開です。住宅ローンの残っている家では、この話が返済とは別の債務として重なることがあります。

本稿は、遺留分の制度が不動産をどう扱っているのかを、民法1042条から1048条までの条文で確かめます。先に押さえておきたいのは、1046条1項が請求できるものとして書いているのが「遺留分侵害額に相当する金銭」だという一点です。不動産の持分ではありません。したがって登記が当然に動くのではなく、家を継いだ側に金銭の債務が生じます。なお本稿は制度の説明にとどめ、請求すべきかどうかには立ち入りません1

遺留分を算定するための財産の価額 相続開始時の財産 贈与 債務の全額(差し引く) 民法1043条1項 1044条が算入の範囲を定める ※ 帯の長さは金額の割合を表すものではない。
図1 算定の基礎となる価額の組み立て。出典:民法1043条1項・1044条。加える部分と差し引く部分を並べて示したもので、実際の金額の大小や、評価の時点の問題を表すものではない。

1. 遺留分という取り分が、どこから出てくるか

1042条1項は、兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、遺留分を算定するための財産の価額に一定の割合を乗じた額を受けると定めます。割合は、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1です。相続人が数人あるときは、この割合にさらに各自の法定相続分を乗じます(同条2項)。兄弟姉妹には遺留分がない、という区分がまず条文に置かれています。

その基礎になる価額を定めるのが1043条1項です。被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に、その贈与した財産の価額を加えた額から、債務の全額を控除した額とされています。ここが住宅ローンの残る家では効いてきます。家という資産があっても、被相続人の債務が全額差し引かれたうえで基礎が定まる。資産の側だけを見て考えると、条文の組み立てから離れます。

贈与をどこまで算入するかは1044条が定めます。相続開始前の1年間にしたものに限るのが原則で、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、それより前のものも算入されます。相続人に対する贈与については、この「1年」が「10年」と読み替えられ、対象も婚姻・養子縁組のためまたは生計の資本として受けた贈与に限られます(同条3項)。

被相続人 遺言を残した人 受遺者 家を継いだ相続人 遺留分権利者 民法1042条 遺贈・特定財産承継遺言 金銭の支払請求 相続の開始
図2 請求が向かう先。出典:民法1042条・1046条1項。矢印は権利の向きを示すもので、金額や時間の前後を表すものではない。受遺者が複数ある場合の負担の分け方は示していない。

2. 民法1046条が「金銭の支払」と書いていること

請求の中身を定めるのが1046条です。

民法1046条(遺留分侵害額の請求)

遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

条文が挙げているのは金銭の支払です。家の共有持分を戻せ、という形の請求としては書かれていません。したがって、請求がされても登記が当然に動くわけではなく、受遺者の側に金銭の債務が生じる、という組み立てになります。家を継いだ人にとっては、住宅ローンとは別に払う相手が増えるということでもあります。

侵害額の計算方法も同条2項が定めています。1042条による遺留分から、遺留分権利者が受けた遺贈や贈与の価額と、相続分に応じて取得すべき遺産の価額を控除し、そこに「被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務」の額を加算します(同項3号)。債務を承継する側にその分を戻して数える、という作りです2

条文が書いていない形 不動産そのものの請求 持分の返還 登記の巻き戻し 共有への復帰 条文が書いている形 民法1046条1項 金銭の支払の請求 相手は受遺者・受贈者 1047条1項の限度あり
図3 条文が請求の中身として置いたものと、置かなかったもの。出典:民法1046条1項・1047条1項。左の各項目は条文に定めのない形を並べたものであり、当事者の合意で不動産を渡す取り決めができるかどうかを示す図ではない。

払う側の限度も定められています。1047条1項は、受遺者または受贈者は、遺贈または贈与の目的の価額を限度として遺留分侵害額を負担するとし、受遺者・受贈者が相続人である場合には、そこから自身の遺留分として受けるべき額を控除した額が限度になるとします。受遺者と受贈者があるときは受遺者が先に負担し(同項1号)、複数あるときは目的の価額の割合に応じて負担します(同項2号)。同条4項は、受遺者または受贈者の無資力によって生じた損失は遺留分権利者の負担に帰する、と書いています。

3. 払えないときのために置かれた条文と、時間

金銭の債務である以上、手元に現金がなければ払えません。この場面のために、1047条には二つの規定が置かれています。

民法1047条(受遺者又は受贈者の負担額)3項から5項

3 前条第一項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。

4 受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。

5 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。

ひとつは3項です。請求を受けた受遺者または受贈者が、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって自身の負担する債務を消滅させることができます。この場合、その行為によって取得した求償権も、同じ額の限度で消滅します。住宅ローンのように、遺留分権利者の側も相続分に応じて承継している債務があるとき、この規定が働く余地があります。

もうひとつが5項です。裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができると定めています。金銭債権として構成した以上、直ちに払えない人が出てくる。そのことを前提に、支払の時期を動かす道を条文の側に用意した、と読めます。ただしこれは請求により裁判所が判断する事柄です。

相続の開始 知った時から1年 開始から10年 民法882条 時効で消滅 1048条後段 支払の期限の許与は裁判所が定める(1047条5項)
図4 期間の前後関係。出典:民法882条・1047条5項・1048条。目盛りの間隔は実際の年数の比を表すものではなく、起算点が二つあることだけを示している。

時間の制限は1048条です。遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。相続開始の時から10年を経過したときも同様とされます。起算点が二つ置かれている点は、条文を読むときに落とさないほうがよいところです3

返済が続かない家について当社が媒介を検討するとき、この話は売却の段取りに直接ぶつかります。抵当権者との配分の話と、相続人の間の金銭の話は、別の軸で進みます。どちらも同じ家の売却代金を見ているのに、根拠になる条文が違うのです。ご自身の段階の確かめ方は今どこにいるかに、売却以外の道を含めた並びは任意売却以外の選択肢に整理しました。

負担の順序は、誰が家を使っているかでは決まりません。1047条1項1号は受遺者と受贈者が並ぶときに受遺者を先に置き、2号は受遺者が複数なら目的の価額の割合で負担させます。贈与が同時なら受贈者にも同じ割合の考え方を用います。時期の異なる贈与が複数あるときは、3号により後の贈与から前へさかのぼります。家を取得した人だけを見て計算を始めるのではなく、遺贈と贈与の全体を時間順に並べる必要がある構造です。

受遺者 先に負担 後の受贈者 後の贈与から 前の受贈者 順次さかのぼる
図5 受遺者と受贈者の負担の順序。出典:民法1047条1項1号から3号。同時の遺贈・贈与における価額割合や、遺言による別段の意思表示は省略している。

限度という語も見落とせません。負担の上限は遺贈または贈与の目的の価額で、取得した人が相続人なら、その人自身の遺留分として受けるべき額を控除します。しかも4項は、受遺者または受贈者が無資力であるため回収できない損失を遺留分権利者の側に帰属させています。請求額が算定できることと、その全額を現実に受け取れることは同じではありません4

侵害額の算定 基礎財産を求める 遺留分率を乗じる 承継債務を加える 1043条・1046条2項 負担の限度 目的の価額まで 自身の遺留分を控除 無資力の損失は別 1047条1項・4項
図6 侵害額の算定と受遺者・受贈者の負担限度の区別。出典:民法1043条・1046条2項・1047条1項4項。具体的な評価額や回収可能額を示す図ではない。

家を売る場面では、三つの金額を混ぜないことが要ります。第一は不動産の売却価額、第二は抵当権者が抹消の条件として扱う残債と配分、第三は遺留分侵害額です。遺留分の請求があるから抵当権が消えるわけではなく、抵当権者が抹消に同意したから遺留分の金銭債務が消えるわけでもありません。売却の決済日を決める前に、誰がどの根拠で金銭を受け取るのかを分けておかなければ、同じ代金を二重に見込むことになります。

期限の許与も、返済条件の変更と同じものではありません。1047条5項の主語は裁判所で、入口は受遺者または受贈者の請求です。条文は「相当の期限」とだけ書き、日数や分割回数を数字で定めていません。どのような期限になるかを宅地建物取引業者が予測することはできません。売却の予定がある場合でも、その予定だけで期限が認められると読むことはできず、法律の判断として士業へ渡す必要があります5

売却の系統 売買価額を定める 抵当権者と配分 抹消と決済を組む 媒介として扱う範囲 遺留分の系統 侵害額を算定する 負担者を定める 支払期限を扱う 法律判断を要する範囲
図7 売却手続と遺留分侵害額請求の系統の区別。出典:民法369条・1046条・1047条、宅地建物取引業法2条2号。具体的な配分や請求の当否を示す図ではない。

売却の意思を持つ人と、遺留分侵害額を請求する人が別であることにも注意が要ります。家を取得した受遺者が単独所有者なら、その人が売主になります。共有で取得していれば、共有物の変更について民法251条1項が他の共有者の同意を求めるため、共有者ごとの意思を確かめる必要があります。これに対し、遺留分権利者が1046条に基づいて持つのは金銭の支払を求める権利です。その人が売主になるとは限りません。請求する人の同意だけで家を売れるとも、所有者の署名だけで金銭請求の問題が終わるともいえません。

登記簿、遺言書、遺産分割の書面、届いた請求書面は、それぞれ別の問いに答えます。登記簿は現在の登記名義と担保を、遺言書は財産を取得させる意思を、分割の書面は共同相続人間の合意を、請求書面は1046条の権利行使の内容を示します。一枚の書面で全体を判断しないことが、売却の準備では重要です。当社が確認するのは売主になり得る人と抵当権の状態までで、遺言の効力、請求が期間内か、侵害額がいくらかについて結論を出すことはありません。

時間の順序も二本あります。1048条の一年と十年は請求権の期間の制限であり、1047条5項の相当の期限は、負担する債務の支払時期です。請求するまでの期間と、請求を受けた後の支払時期を同じ時計で考えると、まだ請求できるかという問いと、いつ払うかという問いが混ざります。どちらも売却日から数えるとは条文に書かれていません。手元の書面の日付を並べたうえで、法律の判断を要する部分は弁護士・司法書士へ渡し、売却の工程だけを別に組むのが当社の役割です。

  • 請求できるのは金銭(1046条1項)
  • 算定の基礎から債務の全額を控除(1043条1項)
  • 起算点は二つある(1048条)
先に申し上げること 遺留分侵害額の請求をするかどうか、されたときにどう応じるか——当社はこれらについて助言をしていません。金額の算定も、期限の許与を求めるかどうかも、法律の判断です。当社は宅地建物取引業者として、家を売るとすれば誰の意思が要るかを一緒に確かめるところまでを行い、法律の判断を要する事項は提携する弁護士・司法書士におつなぎしています。相続税や贈与税の扱いについては、税務署または税理士にお確かめください。
小括 民法1046条1項が請求の対象として書いているのは金銭であり、不動産の持分ではありません。算定の基礎からは債務の全額が控除され(1043条1項)、侵害額には遺留分権利者が承継する債務が加算されます(1046条2項3号)。払えない場面のために1047条3項と5項が置かれ、期間は1048条が二つの起算点で区切っています。本稿は条文の並びを確かめたにとどまり、個別の事案の金額や見通しを示すものではありません。当社の立場は私たちの立場に、任意売却という手続そのものの説明は任意売却とはに書いています。

  1. 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを弁護士でない者に禁じている。請求の当否や金額の算定は法律事務にあたるため、本稿は条文が置いている仕組みの記述にとどめている。
  2. 1046条2項3号にいう遺留分権利者承継債務は、899条により遺留分権利者が相続分に応じて承継する債務を指す。1047条3項は、この語をそのまま用いて受遺者側の消滅の主張を定めている。
  3. 1049条1項は、相続の開始前における遺留分の放棄は家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生ずると定める。同条2項は、共同相続人の一人がした放棄が他の共同相続人の遺留分に影響を及ぼさないとしている。
  4. 1047条4項は無資力による損失の帰属を定める規定であり、受遺者または受贈者の負担額そのものは同条1項各号の順序と限度に従って定まる。回収の見込みを示す規定ではない。
  5. 1047条5項は期限を許与することができる主体を裁判所とし、その期間を条文中の数字では定めていない。申立ての方法や見通しは法律の判断になるため、本稿は制度の入口だけを示す。

参考文献

一次情報:https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

遺留分侵害額請求をすると、家の持分が戻ってくるのですか。

民法1046条1項は、遺留分権利者およびその承継人は、受遺者または受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができると定めています。条文が挙げているのは金銭の支払です。不動産の持分の返還として書かれてはいません。したがって請求によって登記が当然に動くという組み立てにはなっておらず、受遺者の側に金銭の債務が生じる形になります。個別の事案の扱いは法律の判断ですので、当社が結論を申し上げることはしていません。

住宅ローンが残っている家でも、遺留分の計算は同じですか。

民法1043条1項は、遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から、債務の全額を控除した額とすると定めています。債務は全額が差し引かれます。さらに1046条2項3号は、899条により遺留分権利者が承継する債務の額を侵害額に加算するとしています。資産の側だけを見て計算すると、条文の組み立てから離れます。金額の算定は法律の判断になります。

請求された金額を、すぐには払えません。条文に何か定めはありますか。

民法1047条5項は、裁判所は、受遺者または受贈者の請求により、負担する債務の全部または一部の支払につき相当の期限を許与することができると定めています。また同条3項は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、その額の限度で遺留分権利者に対する意思表示によって自身の債務を消滅させられるとしています。どちらも制度の説明にとどめます。手続をとるかどうかは弁護士・司法書士にご相談ください。

遺留分の請求に期限はありますか。

民法1048条は、遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは時効によって消滅するとし、相続開始の時から10年を経過したときも同様とすると定めています。起算点が二つ置かれている点が、この条文の形です。なお1049条1項により、相続の開始前における遺留分の放棄は家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生じます。

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