要旨
配偶者居住権の対抗要件は登記です。民法1031条2項が605条を準用しています。したがって抵当権の登記が先にされていれば、その抵当権者に配偶者居住権を対抗することはできません。競売で売却されたとき、対抗できない権利の取得は効力を失うと定められています(民事執行法59条2項)。
相続の話をしていると、配偶者居住権という言葉が出てくることがあります。住み続ける権利を配偶者に、所有権を子に。そう分けておけば、残された配偶者は家を出なくてよい——そういう設計の道具として語られます。民法第五編第八章の第一節に置かれた権利で、1028条から1036条までが充てられています。
ところが、住宅ローンが残っている家では、この設計が思ったとおりに働かない場合があります。先に不利なことを書きます。配偶者居住権の対抗要件は登記です(1031条2項が605条を準用)。そして抵当権の登記のほうが先にされていれば、その抵当権者に対して配偶者居住権を主張することはできません。担保不動産競売で売却されたとき、抵当権者に対抗できない権利の取得は効力を失うと定められています(民事執行法59条2項・188条)1。
本稿は、この順序の問題を条文にさかのぼって確かめます。見るのは三つの角度です。取得の入口に何が置かれ、何が除かれているか。対抗要件として1031条2項が引いてくるのが605条だけであること。そして、この権利がどういう事由で終わるのかを、1036条の準用先から読むこと。
図1 三つの登記・出来事の前後関係。出典:民法1028条・1031条、不動産登記法81条の2。すべての事案がこの順になることを表すものではない。
1. 配偶者居住権が配偶者に与えているもの
まず、この権利が何であるかを条文で確かめます。1028条1項は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた配偶者が、遺産の分割によって取得するものとされたとき、または遺贈の目的とされたときに、その建物の全部について無償で使用および収益をする権利を取得すると定めています。取得の入口は、この二つに限られています。
同項にはただし書が付いています。被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合には、この限りでない。つまり、亡くなった方が他人と共有していた建物では、配偶者居住権は成立しません。実家を兄弟の名義と分け合っていた、二世帯住宅の持分が子に入っていた——そうした家は、入口の段階で外れます。
当事者の合意が調わないときは、1029条により家庭裁判所が遺産の分割の審判で定めることができます。これも二つの場合に限られ、二号は、配偶者が取得を希望する旨を申し出た場合において「居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお」配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるときとしています。配偶者の側の必要だけで決まる書き方に、条文はなっていません。
存続期間は、1030条本文により配偶者の終身の間が原則です。遺産の分割の協議や遺言、家庭裁判所の審判で別段の定めをすることもできます。そして1032条2項は「配偶者居住権は、譲渡することができない」と書いています2。
図2 二つの権利の性質の違い。出典:民法1030条・1031条2項・1032条2項、不動産登記法81条の2。評価額の高低や税の扱いを表すものではない。
譲渡できない、という一行は重いものです。返済に詰まった局面で財産を数えるとき、配偶者居住権は現金に換えることができません。所有権を持つ人が家を売っても、この権利そのものが売却代金に変わるわけではないのです。制度は、配偶者に住まいを残すためにこの権利を用意しました。住まいを残す形をとる以上、換価する形はとらない——制度の側から見れば、その二つは表裏の関係にあります。
1032条は、譲渡の禁止のほかにも制限を並べています。1項は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって使用および収益をしなければならないとします。3項は、改築や増築、第三者に使用または収益をさせることについて、所有者の承諾を要求します。4項は、これらに違反した場合に、所有者が相当の期間を定めて是正の催告をし、期間内に是正がされないときは、意思表示によって配偶者居住権を消滅させることができるとしています。
図3 民法1032条が並べている制限。出典:民法1032条1項から4項。個別の行為が違反にあたるかどうかの判定を示す図ではなく、条文が置いている項目の並びを示すもの。
費用の面も条文が分けています。1033条1項は、配偶者が居住建物の使用および収益に必要な修繕をすることができるとします。そして1034条1項は、配偶者が居住建物の通常の必要費を負担すると定めています。無償で使えるという言葉から、費用が一切かからないと読むことはできません。住み続けることに向けて絞り込まれた権利だ、ということです。用語の対応は用語集に置きました。
2. 1031条2項が準用している605条
では、この権利は誰に対して主張できるのか。ここが本稿の中心です。
民法1031条(配偶者居住権の登記等)
居住建物の所有者は、配偶者(配偶者居住権を取得した配偶者に限る。以下この節において同じ。)に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う。
2 第六百五条の規定は配偶者居住権について、第六百五条の四の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。
1項は、登記が自動的にされるものではないことを示しています。所有者が義務を負い、その義務が果たされてはじめて登記が備わります。権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者および登記義務者が共同してしなければなりません(不動産登記法60条)。配偶者が一人で登記を入れる形を、条文は用意していません。所有者が子であれば、その子と一緒に申請することになります3。
そして2項が引いてくるのが605条です。
民法605条(不動産賃貸借の対抗力)
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。
「登記したときは」と書かれています。裏を返せば、登記していなければ第三者に対抗できません。不動産に関する物権の得喪および変更が登記なしに第三者に対抗できないという177条の考え方が、この権利にも及んでいる形です。
2項の後半にも目を留めておく値打ちがあります。605条の4は、対抗要件を備えた賃借人が、占有を妨害する第三者に妨害の停止を、占有する第三者に返還を請求できるとする規定です。1031条2項は、これを「配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について」準用すると書いています。登記がなければ、この請求の道も開きません4。
ここで、隣の制度を並べてみます。借地借家法31条は、建物の賃貸借について、その登記がなくても建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し効力を生じるとします。賃借人は、住み始めることで対抗力を得られるという組み立てです。ところが1031条2項が引いているのは民法605条であって、借地借家法31条を配偶者居住権に準用する規定は置かれていません。この差をどう評価するかは法律の解釈の問題です。
図4 対抗要件の置かれ方の違い。出典:民法605条・1031条2項、借地借家法31条。どちらが手厚いかを示す図ではなく、条文が要求している事実が異なることを示すもの。
そこで先後が問題になります。住宅ローンを組んで買った家には、借入れのときに抵当権の設定登記がされています。相続が開始し、遺産の分割で配偶者居住権を取得して登記をしたとしても、その登記は抵当権の登記より後のものです。先に登記された抵当権者に対しては、配偶者居住権を対抗できません。
図5 登記の先後が効いてくる関係。出典:民法177条・1031条、民事執行法59条2項。破線は権利の順位関係を示すもので、契約や請求の関係を表すものではない。
この結論は、競売の場面で具体的な形をとります。民事執行法59条1項は、不動産の上に存する先取特権、使用および収益をしない旨の定めのある質権ならびに抵当権は、売却により消滅すると定めます。続く2項は、消滅する権利を有する者、差押債権者または仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は、売却によりその効力を失うと定めています。担保不動産競売にはこの規定が準用されます(同法188条)。抵当権に対抗できない配偶者居住権は、この条文の射程に入ります。
同条5項も読んでおく値打ちがあります。利害関係を有する者が売却基準価額の定められる時までに1項・2項と異なる合意をした旨の届出をしたときは、権利の変動はその合意に従う。合意の道が条文に置かれている一方、その期限が売却基準価額の決定の時までに切られているということです5。手続がどの段階にあるかは今どこにいるかで確かめられます。
3. 売る場面で、何を先に確かめるか
返済が続かなくなった家について当社が媒介を検討するとき、登記事項証明書を拝見します。乙区に何がどの順で入っているかを見ます。抵当権の設定登記の受付年月日と受付番号、そして配偶者居住権の設定登記があればその受付年月日と受付番号。順序はここに書いてあります。
書面で切ると、もう少し細かいことが見えます。配偶者居住権の登記の登記事項は不動産登記法81条の2が定めており、存続期間と、第三者に使用または収益をさせることを許す旨の定めがあるときはその定めが挙げられています。存続期間が登記事項とされている以上、終身なのか年数が定められているのかは、証明書の上で読み取れます。
任意売却で家を売るには、買主に負担のない所有権を渡すことになります。売主は買主に対し、登記その他の対抗要件を備えさせる義務を負います(民法560条)。抵当権の抹消と同じように、配偶者居住権の登記も抹消する合意が要ります。所有権を持つ人と配偶者が別の人であれば、売却には二人の意思が要るということです。相続で権利を分けた設計が、売却の場面では合意すべき相手を増やす方向に働きます。任意売却と競売は、何が違うかもあわせてご覧ください。
もうひとつ、条文の文言を確かめておきます。民法395条は、抵当権者に対抗することができない賃貸借により建物を使用収益する者について、買受けの時から6か月を経過するまでは引き渡すことを要しないと定めています。配偶者居住権は賃貸借ではありません。そして1036条が配偶者居住権に準用する規定の列挙に、395条は入っていません6。条文の並びから読めるのはここまでで、実際にどう扱われるかは法律の解釈の問題です。当社は結論を述べません。
その1036条が何を準用しているかも、読んでおく値打ちがあります。準用されるのは、597条1項および3項、600条、613条、616条の2です。597条3項は「使用貸借は、借主の死亡によって終了する」と定めており、これが準用される結果、配偶者の死亡で権利が終わることが条文の側から裏づけられます。616条の2は、賃借物の全部が滅失その他の事由により使用および収益をすることができなくなった場合に賃貸借が終了するとする規定です。建物が失われれば、住み続ける権利も残りません。
終わり方を並べると、条文が置いている事由は四つになります。存続期間の満了(1030条)、配偶者の死亡(597条3項)、建物の全部の滅失(616条の2)、用法違反に対する所有者の意思表示(1032条4項)。そして1035条1項は、消滅したときは居住建物の返還をしなければならないとしています。
相続開始の直後については、別の条文があります。1037条1項の配偶者短期居住権です。無償で居住していた配偶者は、遺産の分割をすべき場合には、居住建物の帰属が確定した日か相続開始の時から6か月を経過する日の、いずれか遅い日まで無償で使用する権利を有します。ただし条文は、この権利を「居住建物取得者に対し」有するものとして書いています。相手方が誰であるかは、読むときに落とさないほうがよい一語です。
二つの権利は、中身も違います。1028条1項が与えるのは「無償で使用及び収益をする権利」であるのに対し、1037条1項が与えるのは「無償で使用する権利」です。収益という語が、短期のほうには置かれていません。そして1039条により、配偶者居住権を取得したときは配偶者短期居住権のほうが消滅します。
図6 二つの居住の権利の対比。出典:民法1028条1項・1030条・1031条2項・1037条1項。期間の長短や価値の大小を表すものではない。
売る場面で先に確かめるのは、登記の順序と、存続期間の記載と、抹消に同意できる人がそろっているかどうかです。ほかにどのような手が並んでいるかは任意売却以外の選択肢に整理しています。
図7 分岐の形。出典:民事執行法59条1項・2項・188条、民法1031条2項。手続の進み方や期間を示す図ではなく、権利の先後による扱いの違いだけを示している。
- 対抗要件は登記(1031条2項・605条準用)
- 譲渡できない(1032条2項)
- 共有の建物では成立しない(1028条1項ただし書)
- 先後は登記事項証明書に書いてある
先に申し上げること
配偶者居住権を設定すべきかどうかを、当社が申し上げることはしていません。取得の可否も、抵当権者に対抗できるかどうかも、1032条の制限に触れるかどうかも、法律の判断です。当社は宅地建物取引業者として、登記の先後を一緒に確かめ、売るとすればどの合意が要るかを並べるところまでを行っています
7。
小括
配偶者居住権は登記が対抗要件であり(民法1031条2項・605条)、抵当権の登記が先にあれば、その抵当権者に対して主張することはできません。取得の入口は遺産の分割と遺贈に限られ、被相続人が配偶者以外の者と共有していた建物では成立しません(1028条1項ただし書)。譲渡はできず(1032条2項)、配偶者の死亡や建物の全部の滅失で終わります(1036条・597条3項・616条の2)。相続で住まいを守る設計は、住宅ローンが残る家では登記の先後という別の軸に当たります。本稿は条文の並びを確かめたにとどまります。当社の立場とできないことは
私たちの立場に書いています。
注
- 民事執行法59条2項にいう「消滅する権利を有する者」には、同条1項により売却で消滅する抵当権を有する者が含まれる。同法188条は、担保不動産競売について前章第二節第一款第二目(81条を除く)の規定を準用する。↩
- 民法1028条3項は、配偶者居住権の遺贈について903条4項を準用する。903条4項は、婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方による居住用建物等の遺贈・贈与について、903条1項を適用しない旨の意思表示があったものと推定する規定である。↩
- 不動産登記法60条は、権利に関する登記の申請を登記権利者および登記義務者の共同申請とする。民法1031条1項が居住建物の所有者に登記を備えさせる義務を課しているのは、この共同申請の構造を前提とした定めと読める。↩
- 民法605条の4は、賃借人が605条の2第1項に規定する対抗要件を備えた場合に、占有を妨害する第三者への妨害停止の請求と、占有する第三者への返還の請求を認める規定である。1031条2項は、これを「配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について」準用すると書いている。↩
- 民事執行法59条5項の届出の期限は、同法60条1項の売却基準価額が定められる時までとされている。↩
- 民法1036条が配偶者居住権について準用するのは、597条1項・3項、600条、613条、616条の2である。1031条2項が準用するのは605条および605条の4である。↩
- 弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを、弁護士でない者に禁じている。当社は宅地建物取引業者として売買の媒介と売却条件の調整を行い、法律の判断を要する事項は提携する弁護士・司法書士におつなぎしている。↩
参考文献