抵当権が付いている家に、そのまま住み続けられるのですか。
民法369条1項は、抵当権を「債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産」について優先弁済を受ける権利と定めています。占有を移さないことが定義そのものに含まれているため、抵当権が設定されていること自体は、住むこと(使用)や貸すこと(収益)を止めません。動くのは、実行の段階に入ってからです。ただし、いつどの段階に入るかは契約の条項と債権者の判断によりますので、個別の事案について当社が見通しを申し上げることはできません。
要旨
「家を失う」という語は法令にありません。条文にあるのは所有権、抵当権、附合、差押え、代金の納付です。物としての家と住まいとしての家は別の系統に置かれ、所有権が移るより先に、いつ誰とどの順で決めるかという位置が外へ移ります。連載の小括です。
キーワード社会と地域/所有権/小括
「家を失う」という言い方を、相談の場で何度も聞いてきました。住宅ローンの返済が続かなくなった方が最初に口にするのは、たいていこの一語です。ところが、法令のどこを探してもこの言葉は出てきません。民法にあるのは所有権であり、抵当権であり、附合です。民事執行法にあるのは差押えであり、売却許可決定であり、代金の納付です。日常の一語と条文の言葉は、はじめから同じ縮尺で書かれていません1。
この連載は、住宅ローンの返済と任意売却を、債権総論・担保物権・民事執行・家族と家・契約と登記・倒産と再建・社会と地域の七つに分けて、九十九本にわたり条文から読んできました。本稿はその全体を一本にまとめ直します。新しい制度を紹介するものではありません。九十九本を通して見えてきたのは、「家」という一語が制度の上ではいくつもの対象に分かれていること、そして失われるものには順番がある、ということでした。
まず、家という一語が指しているものを条文の側から数え直します。出発点は物の定義です。
土地及びその定着物は、不動産とする。
2 不動産以外の物は、すべて動産とする。
建物は土地の定着物でありながら、日本法では土地とは別個の不動産として扱われます。登記記録も土地と建物で別に作られます。「家」と言うとき、すでに二つの物を同時に指していることになります。この二つに別々の抵当権が付くこともあり、所有者が違うこともある。連載で扱った法定地上権(民法388条)や共同抵当(392条)は、いずれもこの分離から生まれる問題でした2。
土地と建物が分かれていることは、土地を使う権利の書き方にも表れています。
この法律は、建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権の存続期間、効力等並びに建物の賃貸借の契約の更新、効力等に関し特別の定めをするとともに、借地条件の変更等の裁判手続に関し必要な事項を定めるものとする。
借地権は、この法律の2条1号でも「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」と定義されています3。ここを読み飛ばさずにおきたいところです。土地を使う権利が、そこに住むためではなく、建物という物を所有するためにと書かれている。住むという事実は、条文の側では建物の所有を通してしか土地に届いていません。
次に、その物に対して持っている権利の側を見ます。
所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
三つ並んでいます。使用、収益、処分。住むことは使用にあたり、貸すことは収益にあたり、売ることは処分にあたります。所有権という一語の中に、性質の違う三つの権能が束ねられているわけです。「家を失う」と言うとき、この三つのどれが動いているのかは、まだ決まっていません。
抵当権は、この三つのうち何も取り上げません。民法369条1項は「債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について」と書いており、占有を移さないことが抵当権の定義そのものに含まれています。抵当権が設定されていても住み続けられ、貸すこともできる。連載で見た物上代位(民法372条・304条)が家賃に及ぶのは、この収益の側からでした。担保に入っているという事実は、平時の生活の外側に置かれています。
そして、家に手を入れたことは所有権の別枠になりません。
不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
増築した部分も、据え付けた設備も、従として付合すれば建物の所有者のものになります。ただし書は権原によって附属させた他人の権利を留保していますが、原則は吸収です。二十年住んで手を入れてきたという事実は、条文の上では所有権の量を増やしません。手を入れた分は、所有権の内側に溶けて見えなくなります。
他方で、住んでいるという事実に効果を与えている条文もあります。借地借家法31条は、建物の賃貸借は登記がなくても引渡しがあれば、その後その建物について物権を取得した者に対し効力を生ずるとします。ここでは引渡しという事実が対抗力になります。民法395条1項の明渡猶予も、対抗できない賃借人に買受けの時から六箇月を当てており、住んでいることを起点に組まれています。ただし同条2項は、使用の対価の不払いによってこの猶予が外れることを定めています。
物としての家と、住まいとしての家。前者は所有権と登記の系統に置かれ、後者は引渡しと占有の系統に置かれています。条文はこの二つを分けて書いており、「家を失う」という一語のほうが、二つを一緒にしているのです。
連載の債権総論・担保物権・民事執行・倒産と再建は、家を担保として、また手続の対象として見る側からの話でした。四つに束ね直します。
第一に、時間です。期限の利益とは債務の額の話ではなく、いつ払うかという時間の割り付けの話でした(民法135条・136条)。これを失っても、額そのものは変わりません。変わるのは、残額の全部について履行期が今日に寄るという一点です。三十五年に割ってあったものが、一日に畳まれる。
第二に、担保です。抵当権は平時には何も起こしません。登記されたまま、生活の外側で眠っています。実行の段になって初めて、家が引き当てとして差し出されていたことが表に出ます。担保物権の十四本は、この眠っているものの輪郭を測る作業でした。
第三に、相手です。保証会社が代わって弁済すると債権者に代位し(民法499条)、代位した者は債権の効力および担保として債権者が有していた一切の権利を行使できます(501条1項)。債権が譲渡されれば、請求元はさらに動きます。誰と話すかを、自分では選べなくなります。
第四に、日程です。開始決定(民事執行法45条1項)、現況調査(57条)、期間入札(64条)、売却決定期日(69条)と続き、79条は「買受人は、代金を納付した時に不動産を取得する」と定めます。所有権が移るのは、この列のいちばん後ろです。
四つを並べると、順番が見えてきます。所有権が移るのは最後です。それより前に失われているのは、いつ動くか、誰と話すか、どの順で決めるかという決定の位置のほうです。民事執行法76条1項は、買受けの申出があった後の取下げに最高価買受申出人らの同意を要求します4。破産法65条1項は、別除権は破産手続によらないで行使することができるとします。いずれも、自分の側で動かせる範囲が外から区切られていることを、条文の形で示しています。
お金の行き先も、決められる事柄ではありません。競売では、代金の納付があったとき執行裁判所が配当表に基づいて配当を実施し(民事執行法84条1項)、配当を受けるべき債権者の範囲は87条1項に列挙されています。売却により消滅する抵当権を持つ債権者は、そこに並びます5。手続の外で売る場合も、抵当権を消してもらうために売却代金をどう充てるかを債権者と詰めることになり、順序の考え方は変わりません。そして、売却代金が債務に届かなければ、届かなかった分は債務として残ります。
段階ごとに何がどこまで動かせるかは今どこにいるかに、手続の外で売る場合との違いは任意売却と競売は、何が違うかに整理しました。並んでいる手そのものは任意売却以外の選択肢にあります。
連載の家族と家の二十本は、別の角度からの話でした。制度は、家族という関係をそのままの形では扱いません。扱えるようにするために、名を付けます。連帯債務者、保証人、相続人、共有者。この四つが、住宅ローンをめぐって家族に与えられる主な名です。
名が付くのは、自分で契約を結んだか、地位を承継したかのいずれかです。保証は契約であり、書面でしなければ効力を生じません(民法446条2項)。連帯債務も契約から生まれます。相続は死亡によって始まり、各共同相続人は相続分に応じて権利義務を承継します(899条)。共有は、権利の側を持分という形で分けます。親子であること、夫婦であることだけを理由に住宅ローンの請求が及ぶ条文は、九十九本を通して見当たりませんでした。民法877条の扶養義務も、親族に対する義務であって、債権者に対する義務としては書かれていません。
そして、名が付いた家族の内側には、条文が請求の関係を置きます。
連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、その免責を得た額が自己の負担部分を超えるかどうかにかかわらず、他の連帯債務者に対し、その免責を得るために支出した財産の額(その財産の額が共同の免責を得た額を超える場合にあっては、その免責を得た額)のうち各自の負担部分に応じた額の求償権を有する。
委託を受けた保証人にも、支出した財産の額についての求償権が与えられます(民法459条1項)。債権者に対しては全部を負い、内側では負担部分に応じて清算する。この折り返しが、家族の間に「請求する側」と「請求される側」を作ります。
同じ形は、共有と相続にも置かれています。民法249条2項は、持分を超えて共有物を使用する共有者に、他の共有者への対価の償還義務を負わせます。251条1項は変更に他の共有者の同意を要求し、252条1項は管理を持分の価格の過半数で決するとします。頭数ではなく持分です。相続では、899条が相続分に応じた承継を定め、内側の分け方は遺産分割に委ねられます。いずれも、家族の間を持分と負担部分という数字に置き換えたうえで、清算の道具を渡す構えになっています。
ここに、制度が扱える範囲の線があります。誰が誰にいくら請求できるかは条文に書かれている。けれども、なぜ二人で借りたのか、誰がその家で何をしてきたのかは、条文の対象になっていません。手を入れた事実を建物に吸収してしまう民法242条の附合と、同じ形をしています。制度は家族の関係を債権と債務の言葉に翻訳して初めて扱えるようになり、翻訳しきれない部分は条文の外に置かれたままになります。失われるものを数えたあとに残るのは、この翻訳されなかった部分です。
本稿はここで止めます。家族がどうあるべきかは条文が答えを置いていない領域であり、当社が述べる事柄でもありません。連載で使った語の対応関係は用語集に置いています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
民法369条1項は、抵当権を「債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産」について優先弁済を受ける権利と定めています。占有を移さないことが定義そのものに含まれているため、抵当権が設定されていること自体は、住むこと(使用)や貸すこと(収益)を止めません。動くのは、実行の段階に入ってからです。ただし、いつどの段階に入るかは契約の条項と債権者の判断によりますので、個別の事案について当社が見通しを申し上げることはできません。
条文の側から見ると、家族に請求が届くのは、その方に制度上の名が付いている場合です。保証人(民法446条)、連帯債務者(436条)、相続人(896条・899条)、共有者といった形です。保証は契約であり、書面でしなければ効力を生じません(446条2項)。親子・夫婦であることだけを理由に住宅ローンの請求が及ぶ条文は見当たりませんでした。民法877条の扶養義務も、親族に対する義務であって債権者に対するものではありません。ご自身に名が付いているかどうかの判断は、契約書と法律の判断を要するため、弁護士・司法書士の領域です。
競売の場合、民事執行法79条は「買受人は、代金を納付した時に不動産を取得する」と定めています。開始決定でも、現況調査でも、売却許可決定でもなく、代金の納付の時です。つまり所有権が移るのは手続の列のいちばん後ろで、それより前の段階で先に動いているのは、いつ売るか、誰と話すか、どの順で決めるかという決定の位置のほうです。実際の日程は事案により異なるため、期間の目安は申し上げていません。
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