親の住宅ローンを、子が返す義務はありますか。
この問いに条文は直接答えていません。民法877条1項は直系血族および兄弟姉妹が互いに扶養をする義務を負うと定めていますが、これは親族に対する義務であって、親の債権者に対する弁済の義務として書かれてはいないからです。条文が子に責任を負わせる経路は、保証契約を結んだ場合(446条)と相続によって承継した場合(896条)という別の系統にあります。個別の判断は弁護士・司法書士の領域になります。
要旨
民法877条は直系血族および兄弟姉妹に扶養の義務を定めています。ただしその義務は親族に対するもので、親の債権者に対する弁済の義務としては書かれていません。扶養の中身も条文になく、協議か家庭裁判所に委ねられます。子が返済を負う経路は、保証と相続という別の系統にあります。
キーワード家族と家/扶養義務
「親の家のローンを、私が払わないといけないのでしょうか」。相談の場で、この問いを受けることがあります。多くは、親の滞納を知って間もない方からです。声の調子から、義務があるかどうかを知りたいというより、逃げてよいのかどうかを確かめたいのだと伝わってくることがあります。
先に書いておきます。この問いに、条文は直接答えていません。民法877条は直系血族および兄弟姉妹に扶養の義務があると定めていますが、その義務は親族に対するものとして書かれており、親の債権者に対するものとしては書かれていないからです。本稿は、扶養義務という言葉が民法でどこまでを指しているのかを確かめ、子が現に返済を負うことになる経路が別のところにあることを整理します1。
順に三つを見ます。民法が扶養の中身をどこまで書き、どこから先を家庭裁判所に送っているか。子が責任を負う経路として条文が用意しているものは何か。そして、扶養義務者という同じ語が、民法の外の法律ではどう働いているか。
条文から読みます。
直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
誰が義務を負うかは、ここに書かれています。1項が挙げるのは直系血族と兄弟姉妹です。2項は、家庭裁判所が特別の事情があるときに三親等内の親族へ広げられるとし、3項は、その審判を後から取り消せるとしています。広げるのも取り消すのも家庭裁判所の判断だ、という組み立てです。
では、いくらをどうやって、という中身はどこにあるのか。878条は二つの場面を書き分けています。扶養をする義務のある者が数人ある場合の順序と、扶養を受ける権利のある者が数人あって扶養義務者の資力が全員を扶養するのに足りないときの順序です。いずれも、当事者間に協議が調わないとき、または協議をすることができないときは家庭裁判所が定めるとされています。879条は、扶養の程度または方法について、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して家庭裁判所が定めるとします。
時間で切ると、880条が見えてきます。順序についても程度・方法についても、協議または審判があった後に事情の変更を生じたときは、家庭裁判所がその協議または審判の変更または取消しをすることができる。一度決めたら固定される、という書き方にはなっていません。この規定の存在は、扶養が長い時間にわたって続きうるものとして条文に置かれていることを示しています。
つまり民法は、扶養の中身を条文で決めていません。誰がどれだけ負うかという答えは条文にはなく、当事者の協議か、調わなければ家庭裁判所の判断に委ねられています。金額の目安も、割合も、条文には書かれていないのです2。
ここまで読んでも、親の住宅ローンは出てきません。扶養は、生活を維持できない親族の需要に向けられた親族の間の関係であって、特定の債権者に対する弁済の義務ではないからです。881条が「扶養を受ける権利は、処分することができない」と定めているのも、この権利が本人の生活に結びついていることの表れと読めます。譲ることも担保に入れることもできない権利は、債権者から見れば引き当てにならないということでもあります。金融機関が民法877条を根拠に子へ請求するという道筋は、条文からは出てきません。
では、子が親の債務について現に責任を負う場面は無いのかというと、そうではありません。条文がそれを定めている経路は二つあり、いずれも扶養義務とは別の系統にあります。
一つは保証です。
保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。
2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。
保証は契約です。親族だから当然に負うものではなく、保証人になるという契約を結んだから負う。しかも書面でしなければ効力を生じません3。保証債務の範囲は、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものを包含します(447条1項)。他方で448条2項は、保証契約の締結後に主たる債務が加重されても保証人の負担は加重されないとしています。署名した覚えがあるかどうかが、ここでは決定的です。
保証には、隣り合う二つの条文が用意されています。452条の催告の抗弁は、債権者が保証人に履行を請求したときに、まず主たる債務者に催告をすべき旨を請求できるとするものです。453条の検索の抗弁は、主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ執行が容易であることを証明したときに、債権者はまず主たる債務者の財産について執行しなければならないとするものです。
ところが454条が、この二つを外しています。「保証人は、主たる債務者と連帯して債務を負担したときは、前二条の権利を有しない。」連帯保証であれば、まず親に請求してくださいと言う道が条文の上で閉じられているということです。住宅ローンの保証がどちらの型かは、契約書に書いてあります4。
もう一つは相続です。民法896条は、相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めます。単純承認をしたときは無限に承継します(920条)。相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、単純もしくは限定の承認または放棄をしなければなりません(915条1項)。放棄をした者は、その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされます(939条)。相続によって得た財産の限度で弁済することを留保する限定承認という形もあります(922条)。
ここで押さえておきたいのは、相続が親が亡くなったあとの話だということです。親が存命のうちの返済とは、時点が違います。今この時点で子が請求を受けるかどうかと、将来どうなるかは、分けて考える材料が条文の側に用意されています。段階ごとの整理は今どこにいるかに置きました。
三つ目の場面も、条文には書かれています。義務ではなく、選べる行為としてです。
債務の弁済は、第三者もすることができる。
2 弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。
3 前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。(ただし書は省略)
1項は、第三者も弁済できると書いています。義務があるから払うのではなく、払うことができる、という規定です。ただし2項と3項が条件を置いています。正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反しては弁済できず、債権者の意思に反しても弁済できない。払う側の意思だけで完結する仕組みにはなっていません5。
払った後についても条文があります。債務者のために弁済をした者は債権者に代位し(499条)、代位した者は債権の効力および担保として債権者が有していた一切の権利を行使できます(501条1項)。ただし2項により、その行使は自己の権利に基づいて債務者に求償できる範囲内に限られます。つまり、子が親のローンを払った場合、条文の上ではそこで関係が終わるのではなく、親に対する求償という別の関係が始まる形になります。用語の対応は用語集に置きました。
扶養義務者という言葉は、民法の外でも使われています。そこでの働き方を見ておくと、この言葉の輪郭がはっきりします。
保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法(明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3 前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。
2項は、扶養が保護に優先すると書いています。ただし、優先するとあるだけで、扶養義務者が被保護者の借入れを返す義務を負うとは書かれていません。3項が急迫した事由がある場合を妨げないとしている点も、あわせて読む値打ちがあります。
同法77条1項は、被保護者に対して民法の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した都道府県または市町村の長がその費用の全部または一部をその者から徴収できるとします。2項は、負担すべき額について協議が調わないときは、保護の実施機関の申立てにより家庭裁判所が定めるとします。ここでも家庭裁判所が間に入り、対象は保護費であって親の住宅ローンではありません。
相続税法にも、この語が繰り返し出てきます。まず1条の2第1号が定義を置いており、同法にいう扶養義務者は「配偶者及び民法第八百七十七条に規定する親族」です。民法877条を引きつつ、配偶者を加えている書き方です6。同じ語が、法律をまたいだ瞬間に範囲を変えています。
その語が働く場面も、税法のほうが具体的です。同法8条本文は、対価を支払わないで債務の免除や引受け、第三者のためにする弁済による利益を受けた場合に、その債務の金額に相当する金額を贈与により取得したものとみなすとします。そのうえでただし書2号が、債務者が資力を喪失して弁済することが困難である場合において、その債務者の扶養義務者によって引受けまたは弁済がなされたときは、弁済することが困難である部分の金額についてはこの限りでないとしています。
21条の3第1項2号は、扶養義務者相互間において生活費または教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものを、贈与税の課税価格に算入しないとしています。税の場面では、扶養義務者という語が課税を外す側で働く条文が並んでいるということです。ただし当社は税の判断をしていません。実際の扱いは税務署または税理士にお確かめください。
もう一つ、逆の向きに働く例があります。民事執行法151条の2は、民法877条から880条までの規定による扶養の義務などに係る確定期限の定めのある定期金債権について、その一部に不履行があるときは、確定期限が到来していないものについても債権執行を開始できるとします。そして152条3項は、これらの義務に係る金銭債権を請求する場合について、給料などの差押禁止の範囲を「四分の三」から「二分の一」に読み替えるとしています。
四つの法律を並べて見えてくるのは、扶養義務者という語がどこでも同じ働きをしているわけではないということです。生活保護法では保護に優先するものとして、相続税法では課税を外す側で、民事執行法では執行を強める側で使われています。そしていずれの条文も、扶養義務者と親の債権者との間に直接の請求の関係を作ってはいません。ほかにどのような手が並んでいるかは任意売却以外の選択肢に置いています。
注
参考文献
この記事のよくある質問
この問いに条文は直接答えていません。民法877条1項は直系血族および兄弟姉妹が互いに扶養をする義務を負うと定めていますが、これは親族に対する義務であって、親の債権者に対する弁済の義務として書かれてはいないからです。条文が子に責任を負わせる経路は、保証契約を結んだ場合(446条)と相続によって承継した場合(896条)という別の系統にあります。個別の判断は弁護士・司法書士の領域になります。
民法878条は扶養をする義務のある者が数人ある場合の順序について、879条は扶養の程度または方法について、いずれも当事者間に協議が調わないときは家庭裁判所が定めると規定しています。879条は扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮するとしており、金額や割合は条文に書かれていません。したがって一般的な目安を当社が申し上げることはできません。
民法446条2項は、保証契約は書面でしなければその効力を生じないと定めています。まずは契約書の写しを取り寄せ、署名や記名の有無を確かめるところからになります。保証債務の範囲は主たる債務に関する利息や損害賠償その他従たるものを包含します(447条1項)。契約の効力についての判断は法律の判断ですので、当社は結論を述べず、提携する弁護士・司法書士におつなぎしています。
生活保護法4条2項は、民法に定める扶養義務者の扶養および他の法律に定める扶助が、すべて保護に優先して行われるものとすると定めています。ただし優先するとあるだけで、扶養義務者が被保護者の借入れを返す義務を負うとは書かれていません。3項は急迫した事由がある場合に必要な保護を行うことを妨げないとしています。制度の適用については、お住まいの自治体の窓口にご確認ください。
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