公示価格を見れば、自宅がいくらで売れるか分かりますか。
分かりません。地価公示法2条1項が公示するのは標準地の価格であって、ご自宅の土地の価格ではないからです。同条2項の「正常な価格」は、土地に建物その他の定着物がある場合や、地上権その他の使用収益を制限する権利が存する場合には、それらが存しないものとして考えた価格とされています。住まいを売る場面では、建物も居住も抵当権の登記も現に存在します。公示価格は地域の方向を知る手がかりであって、個別の土地の売却価格を導く計算式ではありません。
要旨
公示価格は、一年に一度、ある一日の時点について、自由な取引を仮定して判定された価格です(地価公示法2条)。建物や使用収益を制限する権利は、存しないものとして考えます。期限のある売却は、この仮定のどれとも一致しません。
キーワード社会と地域/地価公示
売却のご相談で、価格の話を避けて通ることはできません。「この辺りは坪いくらになりますか」と聞かれ、続けて「公示価格ではどうなっていますか」と伺うことがあります。公表されている価格があるのだから、それを見れば手元の家がいくらで売れるか分かるはずだ、という順序です。返済の期限が迫っているときほど、この問いは切実になります。
本稿は、その公示価格が何を測ったものなのかを、地価公示法の条文にさかのぼって確かめます。先に結論を書けば、公示価格は一年に一度、ある一日の時点について、自由な取引を想定して判定された価格です。売るのにかかる時間は、この想定の外側に置かれています1。
順に、三つのことを見ます。公示という手続が、どの土地を、いつ、どういう順序で測っているか。判定される「正常な価格」という語に、条文がどれだけの仮定を積んでいるか。そして、その仮定と実際の売却との間に何が挟まっているか。三つ目で、条文が答えを置いていない部分がはっきりします。
地価公示法2条1項は、公示の手続をひとつの文で書いています。土地鑑定委員会が、公示区域内の標準地について、毎年一回、二人以上の不動産鑑定士の鑑定評価を求め、その結果を審査し、必要な調整を行って、一定の基準日における単位面積当たりの正常な価格を判定し、これを公示する。押さえておきたいのは「毎年一回」と「一定の基準日」の二つです。
その基準日は毎年1月1日とされています(国土交通省「地価公示制度の概要」、2026年8月24日取得)。公表は同じ年の3月です。令和8年地価公示は、令和8年1月1日を価格時点として、令和8年3月に公表されました。同省「令和8年地価公示の概要」(令和8年3月)によれば、全国26,000地点の標準地のうち、隔年で調査を行う430地点、福島第一原子力発電所の事故の影響による4地点、令和6年能登半島地震の影響による1地点の計435地点は調査を休止しており、調査実施地点数は25,565地点です。
ここで、測られている対象を確かめておきます。2条1項が対象としているのは「公示区域内の標準地」です。公示区域とは、都市計画法4条2項に規定する都市計画区域その他の土地取引が相当程度見込まれるものとして国土交通省令で定める区域をいい、国土利用計画法12条1項により指定された規制区域は除かれます。日本の土地の全部が公示区域なのではありません。公示区域の中でも、測られるのは標準地に選ばれた地点だけです。
標準地の選び方は3条に書かれています。
前条第一項の標準地は、土地鑑定委員会が、国土交通省令で定めるところにより、自然的及び社会的条件からみて類似の利用価値を有すると認められる地域において、土地の利用状況、環境等が通常と認められる一団の土地について選定するものとする。
「通常と認められる」という語に目を留めてください。標準地は、その地域の中で通常と認められる土地から選ばれます。裏返せば、通常でない土地は選ばれていません。間口が狭い、接道の条件が特殊、傾斜がある、越境がある。そうした事情を持つ土地は、標準地としてではなく、標準地と比べられる側に置かれます。もっとも、条文は「通常」が何を指すかを定義していません2。
鑑定評価の側にも基準があります。4条は、近傍類地の取引価格から算定される推定の価格、近傍類地の地代等から算定される推定の価格、同等の効用を有する土地の造成に要する推定の費用の額を勘案して行わなければならないと定めます。三つとも「推定の」価格または費用です。実際に成立した一件の取引の金額を、そのまま価格とする仕組みではありません。
公示される中身も条文に列挙されています。6条は、官報で公示すべき事項として、標準地の所在(郡、市、区、町村及び字並びに地番)、単位面積当たりの価格及び価格判定の基準日、地積及び形状、標準地及びその周辺の土地の利用の現況、その他国土交通省令で定める事項の五つを挙げます。価格と基準日が同じ号に並んでいることに目を留めてください。公示価格は、基準日と一体で示される情報です3。
7条は、公示のあとに土地鑑定委員会が関係市町村の長へ書面と図面を送付し、市町村の長がそれを事務所で一般の閲覧に供すると定めます。判定、公示、送付、閲覧。順に進む手続として組まれています。
1月1日のほかに、もうひとつ時点があります。都道府県地価調査です。国土利用計画法施行令9条に基づき、都道府県知事が毎年7月1日時点の基準地の価格を判定します(国土交通省「都道府県地価調査」、2026年8月24日取得)。公的に地点の価格が示される時点は、一年のうちこの二つだけです。言い換えれば、残りの三百六十三日について、公的に判定された価格はありません。
判定される価格そのものは、どう定義されているのか。2条2項が定義を置いています。
前項の「正常な価格」とは、土地について、自由な取引が行なわれるとした場合におけるその取引(農地、採草放牧地又は森林の取引(農地、採草放牧地及び森林以外のものとするための取引を除く。)を除く。)において通常成立すると認められる価格(当該土地に建物その他の定着物がある場合又は当該土地に関して地上権その他当該土地の使用若しくは収益を制限する権利が存する場合には、これらの定着物又は権利が存しないものとして通常成立すると認められる価格)をいう。
限定が三つ重ねられています。第一に「自由な取引が行なわれるとした場合」という仮定です。売主が期限に追われている、買主のほうが急いでいる、といった事情は、この仮定の中に入っていません。第二に、農地・採草放牧地・森林の取引が除かれます。第三に、土地に建物その他の定着物がある場合や、地上権その他の使用収益を制限する権利が存する場合には、それらが存しないものとして価格を考えます。
三つ目は、住まいを売る場面でとくに効いてきます。手元にあるのは土地だけではありません。建物が建っていて、人が住んでいて、抵当権の登記が付いています。公示価格は、そうしたものが付いていない状態の土地について、1平方メートル当たりで示された数字です。
もっとも、条文が「存しないものとして」と書いているのは、定着物と、使用または収益を制限する権利についてです。抵当権はどうか。抵当権は、目的物の使用収益を設定者に留めたまま設定される担保物権です。2条2項の括弧書きが抵当権を名指ししているわけではありません。条文はここに、抵当権付きの土地をどう扱うかという答えを置いていません。本稿はこの点に立ち入らず、括弧書きが名指ししている範囲を示すにとどめます4。
この価格に、法律はどれだけの効力を与えているか。1条は、標準地の正常な価格を公示することにより、一般の土地の取引価格に対して指標を与えることを目的に挙げます。1条の2は、土地の取引を行う者は、対象土地に類似する利用価値を有すると認められる標準地について公示された価格を指標として取引を行うよう努めなければならないと定めます。努力義務です。取引価格をこの数字に合わせる義務は、条文のどこにも書かれていません。
他方で8条は、不動産鑑定士が公示区域内の土地について正常な価格を求めるときは、公示価格を規準としなければならないと定めます。9条は、土地を収用することができる事業を行う者が公示区域内の土地を取得する場合の取得価格についても、公示価格を規準としなければならないとします。10条は、土地収用法71条により相当な価格を算定するときに、公示価格を規準として算定した価格を考慮しなければならないと定めます。相手と場面によって、義務の強さが書き分けられています5。
では「規準とする」とは、具体的に何をすることか。この語には条文上の定義があります。
前三条の場合において、公示価格を規準とするとは、対象土地の価格(当該土地に建物その他の定着物がある場合又は当該土地に関して地上権その他当該土地の使用若しくは収益を制限する権利が存する場合には、これらの定着物又は権利が存しないものとして成立すると認められる価格)を求めるに際して、当該対象土地とこれに類似する利用価値を有すると認められる一又は二以上の標準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する諸要因についての比較を行ない、その結果に基づき、当該標準地の公示価格と当該対象土地の価格との間に均衡を保たせることをいう。
読み取れることが三つあります。規準とするとは、公示価格をそのまま当てはめることではなく、比較を行い、均衡を保たせるという作業であること。比較の材料は位置、地積、環境等であり、条文がこれを「客観的価値に作用する諸要因」と呼んでいること。そして、ここでも括弧書きが繰り返されていること。対象土地の価格もまた、定着物や使用収益を制限する権利が存しないものとして求められます。仮定は、標準地の側と対象土地の側で二重にかかっています。
そして条文は、「類似の利用価値」がどの程度似ていればよいのか、「客観的価値に作用する諸要因」に何が含まれるのかを、いずれも定義していません。3条の「通常」も同じでした。地価公示法は、判定の枠組みを定め、判定そのものは不動産鑑定士と土地鑑定委員会に委ねる構造をとっています。数字の作り方が条文に書き切られているわけではありません。
ここまでを踏まえると、公示価格と実際の売却の間に何が挟まっているかが見えてきます。挟まっているのは、条件と時間です。
条件のほうから見ます。任意売却では、抵当権の付いた不動産を、登記を抹消できる見込みを立てたうえで売ります。建物があり、人が住んでいます。債権者の同意も要ります。2条2項と11条が「存しないものとして」と書いた事情が、そのまま残っている状態です。競売との違いは任意売却と競売は何が違うかに整理しました。
時間のほうは、もっと単純です。基準日は1月1日、公表は3月。ご相談を受けるのは、そのあとのどこかの日です。媒介契約を結び、買主を探し、条件を詰め、決済に至るまでにも日数がかかります。公示価格が測った一日と、売買が成立する日は、同じ日ではありません。その間に市場が動いていれば、動いたぶんは公示価格に入っていません。
この点について、地価公示法は何も定めていません。同法が定めているのは、標準地を選び、価格を判定し、公示し、閲覧に供するところまでです。売却に要する日数や、期限のある売主の状況をどう扱うかという規定は置かれていません。制度が沈黙している場所を、こちらが数字で埋めることはできません。
それでも公示価格を見る値打ちはあります。地域ごとの方向と、その大きさが分かるからです。ただし、どの単位で平均された数字なのかは、そのつど確かめる必要があります。
令和8年地価公示では、全国の全用途平均が前年比2.8%、住宅地が2.1%、商業地が4.3%の上昇で、いずれも5年連続の上昇とされています。同じ資料で住宅地の変動率を単位ごとに見ると、地方圏は0.9%、静岡県は0.0%、静岡市は0.8%です(国土交通省「令和8年地価公示の概要」令和8年3月、2026年8月24日取得)。全国の数字と県の数字は、同じ年の同じ調査でも別の値になります。まして特定の一筆の土地について、これらの数字が何かを述べているわけではありません6。
当社が価格の見当をお伝えするときも、公示価格から機械的に導くことはしていません。近隣の売出しと成約の様子、建物の状態、境界と接道の条件を見たうえで、幅のある言い方をします。手取りの考え方は費用|誰が、いつ、いくら払うのかに置きました。
注
参考文献
この記事のよくある質問
分かりません。地価公示法2条1項が公示するのは標準地の価格であって、ご自宅の土地の価格ではないからです。同条2項の「正常な価格」は、土地に建物その他の定着物がある場合や、地上権その他の使用収益を制限する権利が存する場合には、それらが存しないものとして考えた価格とされています。住まいを売る場面では、建物も居住も抵当権の登記も現に存在します。公示価格は地域の方向を知る手がかりであって、個別の土地の売却価格を導く計算式ではありません。
ありません。地価公示法1条の2は、土地の取引を行う者は、対象土地に類似する利用価値を有すると認められる標準地について公示された価格を指標として取引を行うよう努めなければならない、と定めています。努力義務として書かれており、取引価格を公示価格に一致させる義務は条文にありません。他方で同法8条は、不動産鑑定士が公示区域内の土地の正常な価格を求めるときは公示価格を規準としなければならないとしています。相手によって義務の強さが書き分けられています。
地価公示法2条1項は「一定の基準日」における価格を判定すると定めており、その基準日は毎年1月1日とされています(国土交通省「地価公示制度の概要」)。令和8年地価公示は令和8年1月1日を価格時点として、令和8年3月に公表されました。このほか、国土利用計画法施行令9条に基づき都道府県知事が毎年7月1日時点の基準地の価格を判定する都道府県地価調査があります。公的に地点の価格が示される時点は、一年のうちこの二つです。
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